2025.08.07
株式会社日立ソリューションズ(以下、日立ソリューションズ)が運営するコミュニティ「ハロみん」は、2025年6月27日に『GLOBAL TREND NOW ~ヨーロッパ最大級のスタートアップイベントからみるサステナビリティがアップデートする未来~』を開催しました。
本イベントでは、欧州最大級のスタートアップイベント「Viva Technology 2025」の注目分野のトレンドを取り上げました。登壇者は、グローバルの技術潮流を14年にわたり追ってきた日立ソリューションズの市川博一が務めました。
サステナビリティを"成長戦略"と捉える欧州の視点や、米国依存に対する自国ファーストの姿勢など、現地で得た気づきを共有。参加者同士の対話も交えた濃密な時間となりました。
本レポートでは、イベント当日に発表したViva Technologyの特徴やセッションのポイント、注目スタートアップなどを一部抜粋してご紹介します。
市川 博一
株式会社日立ソリューションズ
グローバルビジネス推進本部
チーフイノベーションストラテジスト
入社後、製造業向けSI、大手商社・サービス企業向け企画業務を担当。2010年からアメリカ・シリコンバレーへ赴任し、新規商材発掘業務を担当。2017年に帰国し、アメリカでの活動支援や、スタートアップ創出制度の設計・運用を担当。現在でも年に10回ほど渡米し、現地でのトレンドをウォッチしている。
2025年6月、フランス・パリで開催されたヨーロッパ最大級のスタートアップイベント「Viva Technology 2025」。現地でイベントに参加した日立ソリューションズの市川博一が、テクノロジーとサステナビリティの最前線を紹介しました。
Viva Technologyは2016年に始まり、今や来場者数18万人超を誇る欧州最大規模の展示会です。市川は「東京ビッグサイトのホール1〜6をすべて使ったくらいの規模感」と例え、ピッチイベントにも熱気があふれていたと振り返ります。
2017年から同イベントに継続的に参加している市川は、年々会場の混雑や注目度が増していることから、「CES(ラスベガスで開催されている世界最大級テックイベント)を超えたと感じる」と話し、特徴を紹介しました。
Viva Technologyの大きな特徴のひとつが、「大企業とスタートアップの協業が前提となっている点」です。LVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)やAir Franceといった大手企業のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)が、今年求める技術分野を掲示し、それに応じたスタートアップが集まる形で出展し、テーマに沿ったピッチやビジネスマッチングが活発に行われていたと市川は話しました。
もうひとつの特徴として、市川は「政治との距離の近さ」を挙げます。過去にはフランスのマクロン大統領がキーノートに登壇しており、今回も各国の首脳・閣僚クラスが多数来場していたとのこと。特に今年は、各地での戦争や関税問題など、国際情勢の影響がイベント全体にも及んでいたといいます。
続いて、今年のViva Technologyで目立ったキーワードを紹介しました。
注目の一つが、フランス発のユニコーン企業「Mistral AI」。キーノートの登壇内容を紹介し、市川は「良し悪しは別として、やはり今はNVIDIAを中心に世界が動いている」と振り返りました。
また、中国ブースの存在感も印象的でした。近年アメリカの展示会には出展しない傾向にあるテンセントやファーウェイなどが出展し、市川は「フランスは中国とのビジネス距離が近く、むしろ歓迎ムードのようにみえる」と語りました。中国企業側も欧州での展開に積極的な様子が伝わってきたといいます。
さらに、今年は「Sovereign Tech(ソブリンテック)」という言葉が繰り返し登場。米国テクノロジーへの依存から脱し、自国での技術保有をめざす"自国ファースト"の姿勢が浮き彫りになったとのことです。陸続きで政治的リスクの高いヨーロッパにおいては、テクノロジーの主権確保が重要な課題となっていると実感したといいます。
そのほか、AI、ESG、サステナビリティといった分野への関心も引き続き高く、Viva Technologyならではの特徴として「南アフリカをマーケットとして強く意識している点」も印象的だったと市川は述べました。
市川は、サステナビリティがコストではなく「成長戦略」として語られていた点に注目。「エコ=社会的責任」ではなく、「環境対応で各国が競争することが、かえってイノベーションを生む」という考え方がアピールされていたと振り返りました。
また、責任あるテクノロジーが展示される「IMPACT BRIDGE」エリアでは、単に高度な技術をもつ商材よりも環境課題への対応ができる商材が評価されていると話しました。
毎年注目国を選出する「カントリー・オブ・ザ・イヤー」には、今年はAIの標準化や大学などに大きく関与したカナダが選ばれました。「ヨーロッパのVCとのマッチングもかなりできているという話があり、今回600人規模で人を送り込むなど、カナダ側の力の入れようが伝わってきた」と市川は話しました。
一方、昨年選出された日本は"フォローアップイヤー"という位置付けに。「やりっぱなしで終わらず、成果を見せる姿勢が求められていた」と市川は話します。
ただ、現地では「日本のスタートアップは似たような企業が多い」「自然災害が多い日本だからこそ、防災などの特色をもっと打ち出してはどうか」といった声も聞かれたそう。製造業の強みも評価されている一方で、展示では十分に活かせていなかったという課題も浮かび上がりました。
Viva Technologyでは多くのセッションが開催されており、市川はその中からいくつかのテーマをピックアップし、印象に残ったキーワードを紹介しました。
欧州ではESG投資がすでに法律で義務化され、各社で取り組みが進む一方で、「短期ではROIが見えにくい」「長期視点が必要」といった課題も共有されているそうです。市川は、「先進の欧州企業であってもESGは難しいと改めて実感した」と話しました。
また、サステナビリティが「成長戦略」として位置付けられるなか、企業におけるCSO(Chief Sustainability Officer)の設置も当たり前となっていると市川は紹介しました。非財務情報を財務諸表に反映する動きが進んでおり、「CSOがいないのは企業としておかしい」という認識が広がっているようです。経営レベルでの責任体制がより強く求められている状況が浮き彫りになっていました。
展示では「CO2排出量削減」といったサステナビリティを前提とした出展訴求が重視され、技術力だけでなく、社会課題への貢献が強く問われていました。ESG担当者がピッチ審査員を務めるケースも増えており、「評価軸の変化を感じた」と市川は話します。
また、エネルギー問題に関連して、電力需要の増加により、AI普及がもたらす電力逼迫も課題に。再生可能エネルギーでは賄いきれず、「原子力の再評価」が注目を集めており、ドイツなどでは小型原子炉への関心も高まっているそうです。
さらに、Scope3排出量の測定については、各社が独自の定義や計算方法でレポートを出しているため、投資家からは「同じ基準で比較できない」という声が上がっているそうです。市川は、「日本でも非財務情報開示の制度化が進むなかで、数年内に同じ課題に直面するかもしれない」との懸念を口にしました。
Web3という言葉は以前ほど聞かれなくなったものの、ブロックチェーン技術においては、PoC(実証実験)にとどまらず、実運用の事例が数多く紹介されていました。
トレーサビリティや認証、改ざん防止といった目的での実装が進んでおり、フランス政府がこれらの技術に大規模な資金を投じ、公共セクターでの活用を推進していることも、ヨーロッパならではの動きとして印象に残ったと述べました。
Viva Technologyでは「AFRICA TECH」の展示も大きく扱われていました。市川は、「若年層人口の多さやフランス語圏とのつながりから、アフリカは非常に注目されていた」と話します。
先進国の技術をアフリカに導入するという発想ではなく、アフリカ発のイノベーションを生み出していくという視点が強く出ていたとのことです。例えば、Amazonのクラウドサービス「AWS EC2」が南アフリカの現地エンジニア主導で開発され、そこで育った人財がスタートアップとして独立しているという事例を紹介しました。
さらに、アフリカ諸国の通貨不安を背景に、「ビットコインのようなクロスボーダー通貨の開発」が活発に進んでいる点にも触れました。
最後に市川が紹介したのは、ベンチャーキャピタルによる「リバースピッチ」の試みです。VCが自らステージに立ち、自社の支援内容や得意分野をアピールする姿が印象的だったといいます。
登壇直後には、スタートアップの創業者たちが名刺片手にブースへ駆けつけ、熱気に包まれていた様子を「VCも選ばれる時代。Viva Technologyならではの風景だった」と語りました。
今年のViva Technologyでは、出展スタートアップの顔ぶれからも、社会課題への意識が色濃くにじんでいました。市川は、「電力、サステナビリティ、人手不足といったテーマが多く語られていた」としたうえで、「何のための技術なのかを明確に語らなければ評価されないという空気感があった」と述べました。
【市川が紹介した注目スタートアップ・分野一覧】
● Tesla Cybercab(モビリティ・自動運転):完全自動運転タクシーによる高齢者支援・人手不足対策
● Physical AI(人型ロボット):単純作業を担うAIロボットによる労働代替
● 次世代モビリティサービス(モビリティ):遠隔操縦トラック・自動走行式バスによるスマート輸送・運転手不足対策
● Space, Aeronautics & Defense(宇宙・航空・防衛):気候変動・国家安全保障への対応を目的としたモニタリング用途
● EXO(ESG可視化):中小企業向けのESGダッシュボードSaaSによるCSR報告の簡易化
● Prewave(サプライチェーンリスク管理):140種のリスクを自動検知・下請け階層までモニタリング
● Circuli-ion(廃棄バッテリー再利用):EV廃棄バッテリーをAIロボットで自動分解・再利用
● UP & CHARGE(EVインフラ):ワイヤレス充電や自動バッテリー交換、パリの一部の自治体にてPoC中
● Mycelium(ドローン):森林衰退・伐採対策ソリューションの、山火事増加対策への活用
● BIRDIA(AI衛星解析):ドローン×AIで損傷家屋の自動解析→保険・工事連携
● Dryad(山火事検知):AI搭載ソーラーセンサーによる火災検知
● SKILLED MAPPING(環境モニタリング):モバイルマッピングとAIによるヒートアイランド現象分析
● AI社員・AI採用(サステナビリティハイアリング):生成AI時代の社員要件の再定義→AIエージェントの活用
● Scale AI(AIインフラ覇権):Meta社による巨額投資、データラベリング基盤を巡る懸念
市川がまず注目したのは、完全自動運転の「Tesla Cybercab」です。ハンドルすら存在せず、高齢化やドライバー不足といった社会課題の解決に向け、いよいよ実装段階に入ったと感じたといいます。
労働力補完の観点では、「Physical AI」の人型ロボットに関心が集まっていました。人の動きを模倣し、重労働や暗所、無人環境での作業代替が期待されています。
また、世界情勢と強くリンクしていたのが、宇宙・航空・防衛分野の展示です。農地や天候分析にとどまらず、環境監視や他国モニタリングといった安全保障の用途が強調されていました。戦争の影響による危機意識の高まりが背景にあると市川は見ています。
災害対応では、ドローンとAIを活用して家屋の損傷状況を自動判定し、保険申請や修繕手配までを支援する「BIRDIA」の取り組みが紹介されました。災害が頻発する地域で、行政・保険の負担軽減につながると期待されています。
こうした展示には共通して、「技術がどんな社会課題に貢献するのか」「なぜ今必要なのか」という文脈が丁寧に語られていた点が印象的だったと市川は語ります。
特に欧州では、こうした社会課題への向き合いが出資や協業の前提になっており、単なる"技術のすごさ"だけでは選ばれない傾向が強まっているといいます。市川は、「災害大国・日本こそ、防災や復旧に関するスタートアップの挑戦がもっと表に出てもよいのではないか」と示唆を込めて話しました。
最後に市川は、Viva Technology 2025で印象に残ったポイントを3つに整理しました。
まずは、「大企業とスタートアップの連携が、このイベントの中核にある」という点。そして、今年特に強調されていたのが「サステナビリティはもはやコストではなく、成長戦略である」という姿勢です。環境対応にとどまらず、人財育成や経営の持続可能性など広範なテーマが含まれ、「このテクノロジーは社会の連続性にどう資するか」が真に問われていると感じたといいます。
2点目は、「主権的技術(Sovereign Tech/ソブリンテック)」への注目です。生成AIなど先端領域が米国企業に偏るなか、欧州では技術の"自前化"が進んでおり、フランス発のMistral AIやAleiaといったLLM(大規模言語モデル)ベンチャーの存在感が増していると紹介しました。
3つ目は、「地政学リスクが企業の判断軸に大きく影響している」という点です。市川は「戦争が身近なヨーロッパでは危機意識が非常に強い」と話します。IT調達やサプライチェーンの構築においても、性能や価格だけでなく、信頼関係や価値観の一致といった"安定性"も重視されるようになってきているようです。
最後に、事前に寄せられた参加者からの質問にも市川が回答しました。ここでは回答内容を簡潔にまとめて紹介します。
① 他の展示会(CES、SXSW、GITEX)との相違点は? 欧州最大の特徴とは?
Viva Technologyは、CESを意識して立ち上がったイベントで、参加者は約18万人にのぼります。最大の特徴は「大企業とスタートアップの協業」を軸にしている点です。マッチングルームの設計や運営体制も充実しており、他イベントに比べて連携支援が本格的に行われているといいます。
CESは家電からスタートして現在は総合技術展示会のようになっており、SXSWは近年エンタメ色が強まり、GITEXは華やかさがある一方で展示の独自性はやや弱い印象があると、市川は比較しました。
※ CES(シー・イー・エス):毎年1月にアメリカのラスベガスで開催される、世界最大級のテクノロジー見本市
※ SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト):テキサス州オースティンで毎年開催される、音楽、映画、テクノロジーをテーマにした世界最大級の複合イベント
※ GITEX(ジーテックス):ドバイで毎年開催される、中東・アフリカ・南アジア最大の情報通信技術(ICT)展示会
② 欧州のテック・サステナビリティトレンドと、日本との課題意識の違いは?
欧州では、戦争という現実的リスクがあるからこそ、技術には常に安全保障や政治的安定といった文脈が常に求められています。CO2削減や再エネといったテーマに加え、「その技術が人や地域をどう守るのか」が問われている点が印象的だったといいます。
一方日本ではBtoB SaaSが多いため、大企業とのマッチングを前提とした展示会スタイルはむしろ導入の余地があると、市川は提言しました。
市川の講演後には、参加者同士で「VivaTechからのもっとも大きな学びは何か?」をテーマとして意見交換を行いました。その後の全体共有では、Viva Technologyの特徴や日本との違いについて、次のような感想が共有されました。
「CESのような展示会かと思ったが、政治色やESGへの注目度が想像以上に強く、新鮮だった」
「サステナビリティが"社会貢献"ではなく、"成長戦略"として語られていたのが印象的」
「日本のスタートアップが競り勝つには、何が必要なのかを考える機会になった」
最後に市川は、「サステナビリティをどう戦略に組み込むかが、今後ますます重要になります。日々の業務や会話の中でも、このテーマについて議論を深めていってほしい」と呼びかけ、講演を締めくくりました。
イベント終了後には、登壇者を囲んだ交流の場も設けられ、業界や立場を超えた活発な意見交換が行われました。
本レポートが、サステナビリティや技術戦略、国際潮流を捉える一助となり、皆さまの業務や今後のアクションに少しでもお役立ていただければ幸いです。
日立ソリューションズの協創で未来をつくっていくオープンなコミュニティ「ハロみん」では、ワクワクする未来へ一歩踏み出す協創の出発点を掲げ、心豊かに暮らすためのサステナブルな地球社会をめざしてサステナビリティをテーマにコミュニティを作って活動してまいります。その一環で、今回のようなイベントもオウンドメディア「未来へのアクション」でご紹介していますので、皆さんのご参加もお待ちしています。今後のイベント予定はこちらをご参照ください。