
2025.12.23
日立ソリューションズが運営するコミュニティ「ハロみん」は、2025年11月4日にオンラインイベント『GLOBAL TREND NOW ~現地からライブ配信! 欧州の最新スタートアップトレンド × サステナビリティ動向~』を開催しました。
今回のGLOBAL TREND NOWでは、世界のサステナビリティをけん引する欧州に注目しました。サステナビリティとデジタル変革が融合する欧州域ではビッグデータやSaaSを中心としたSXへの革新的な取り組みが加速しており、世界中からの注目が集っているとともに、日立ソリューションズも英国・ロンドンに拠点を置き、新情報や新技術の収集と日本への適用を行っています。
本イベントでは、9月~10月に欧州各地で開催された主要カンファレンス「Big Data LDN」や「Sifted Summit」、「World Summit AI」、「SaaStock」の最新の情報や潮流を、今年からロンドンでテックスカウティング活動(新しい技術やスタートアップを積極的に発掘して連携や投資につなげるプロセス)を行うHitachi Solutions Europe Ltd.の小尾 隆行が現地からライブで報告。また、日本からはグローバルテクノロジーの潮流を14年間見つめ続けてきた日立ソリューションズの市川 博一も参加し、グローバルのサステナビリティやテクノロジー、スタートアップの動向をリアルタイムでお伝えしました。
以下にその内容をダイジェストでお伝えします。最新のグローバル/欧州のテックやサステナビリティのトレンドにご興味のある方、世界の最新技術をキャッチアップされている方、新規事業立ち上げのために情報収集をしている方は必見です。ぜひご覧ください。
<登壇者>

小尾 隆行
Hitachi Solutions Europe Ltd
Director Innovation Sourcing.
2007年 日立ソフトウェアエンジニアリング (現日立ソリューションズ) に入社し、ソフトウェアエンジニアとして文書管理システム等の製品開発・運用に従事。その後、新規事業部門にてビジネス開発を担当し、海外パートナー企業との協業を通じた新規ソリューション創出を推進。
2021年より海外アライアンス事業推進を担当し、スタートアップ、VC、CVC、インキュベーター等との関係構築をリード。日本市場向けの商用化や契約交渉・管理を通じ、海外テクノロジーの事業化を推進。
2025年1月よりロンドンを拠点とするHitachi Solutions Europeに赴任し、欧州イノベーションエコシステムにおけるテックスカウティングチームを立ち上げ。欧州のスタートアップやVC、CVCとの連携を通じて、自社の戦略に合致する先進技術の発掘とシナジー創出を推進している。

市川 博一
株式会社日立ソリューションズ
グローバルビジネス推進本部
チーフイノベーションストラテジスト
入社後、製造業向けSI、大手商社・サービス企業向け企画業務を担当。2010年からアメリカ・シリコンバレーへ赴任し、新規商材発掘業務を担当。2017年に帰国し、アメリカでの活動支援や、スタートアップ創出制度の設計・運用を担当。
現在でも年に10回ほど渡米し、現地でのトレンドをウォッチしている。
セッションの冒頭で小尾は、テックスカウティング活動について説明しました。日立ソリューションズでは海外アライアンス推進活動スキームとして、米国・シリコンバレー、英国・ロンドンにテックスカウティングチームを配置し、2007年頃から国内チームと連携してアライアンスを推進しています。現地の有力ベンチャーキャピタル(VC)に出資することで、スタートアップコミュニティとの強固な関係を構築。これまで80社以上の企業と契約し、自社の事業拡大に貢献してきました。

日立ソリューションズの海外アライアンス推進活動スキーム
欧州VCの投資状況について、小尾は「欧州VCにおけるスタートアップへの投資は2017年頃からからは右肩上がりに伸び、2021年ピークに近年は横ばいになっていますが、ディール1件あたりの投資額の推移は、2015年に100万ユーロ未満が6割であったのに対し、2025年は100万ユーロ以上が7割以上となるなど、1件あたりのラウンドサイズ(資金調達額)は増加傾向にあります」と述べました。
欧州VCの分野別投資額ランキングでは、昨年からAIや機械学習が上位を占め、SaaS、モバイル、フィンテック、クリーンテック(エネルギーや環境問題の解決策となる技術やサービス)が続く状況です。欧州と米国のエコシステムの違いについて、小尾は「資金調達では米国が大きく、投資家も米国に対してはリスク許容傾向にある一方で、欧州には収益性や健全性を重視する傾向があります。また米国は利益よりも成長を重視し、赤字でも投資に積極的ですが、欧州では黒字化した後に他国へのスケールに向けて資金調達するといった違いもあります」と述べました。
続いて、小尾はカテゴリ別の概況とスタートアップ企業の紹介を行いました。
第1のカテゴリは、欧州のサステナビリティです。欧州はサステナビリティの取り組みが進んでおり、2019年12月の欧州グリーンディールにより英国とEU加盟国は2050年までにカーボンニュートラルをめざして取り組んでいます。また、エネルギー面では、欧州は脱炭素戦略の中核として水素エネルギーを推進し、ドイツで毎年開催される世界最大級の製造業向け国際展示会ハノーバーメッセでも1ホール全体が水素にフォーカスした展示に当てられていたといいます。「CSRD(サステナビリティレポート指令)の緩和法案が発表されるとともに、自動車メーカーのCO2排出目標達成時期も2027年まで猶予されるなど、規制を緩和・変更する動きもあります。だたし、サステナビリティ関連投資はトランプ政権の影響で鈍化傾向にあり、2年連続で前年を下回る見通しです」と小尾は述べました。
次にサステナビリティに関連するスタートアップ企業の事例を紹介しました。
Octopus Energyは、2015年創業、英国発のエネルギー企業です。2024年には英国全体の約4分の1世帯に電気供給するまでに事業を拡大。100%再生可能エネルギーにより電力提供しているのが特徴で、家庭向けにソーラーパネル・蓄電池を設置し、余剰電力の買い取りや蓄電による供給最適化、最新の暖房用ヒートポンプ導入、EV向け充電プラットフォーム販売も行い、エネルギー関連の広範囲をカバーするテック企業という位置づけになりました。
Climeworksは、2009年にスイスで設立したCO2を直接回収して永久に除去または貯留する技術「DAC」(Direct Air Capture)のリーダー企業です。アイスランドにDACプラントを建設し、2024年からは第3世代の技術を採用することで、回収能力やエネルギー効率を改善しています。2025年7月に$162Mの資金調達とIT大手SAPとの提携を発表、SAPの脱炭素ソフトウェアとClimateworksのカーボン除去技術を組み合わせたサステナビリティソリューションを協創しています。
水素関連のスタートアップ企業についてもいくつか紹介されました。
ITM Powerは、2000年に英国で創業。PEM(プロトン交換膜)型電解装置の世界的パイオニアで、再生可能エネルギー電力によって水から高効率に水素を生成。シェルやLindeなどとも提携し、欧州各地でグリーン水素プロジェクト推進しています。
Stegra(旧H2 Green Steel)は、2020年創業スウェーデン発の製鉄スタートアップで、脱炭素鉄鋼(グリーンスチール)の製造を行っています。創業4年で100億ドル 以上調達し、Microsoft、Siemens、日立エナジーなども出資。環境負荷が高い鉄鋼にフォーカスし、再生可能エネルギーとグリーン水素を用いているのが特徴で、従来の石炭高炉と異なり、水素と鉄鉱石の酸素と反応させることで鉄を生成。工程全体を通して環境負荷を従来の95%低減するなど脱炭素に貢献しています。
小尾は、「ハノーバーメッセにはこうした水素を生成する企業が数多く出展していました。欧州では核融合よりも水素に力を入れる企業が多い印象です」と述べました。
第2のカテゴリは、欧州におけるAIです。AIは、2024年と2025年の欧州VC投資カテゴリ1位の分野です。英国・フランスをはじめとするAIスタートアップが短期間での巨額資金の調達や、$100Mを超えるARR(Annual Recurring Revenue:年間経常収益)を実現しています。規制面では、EU AI Act(欧州AI規制法)が2024年8月に発効され、2030年末までに段階的に施行される予定です。AIシステムに情報の透明性・説明可能性や、EUの価値観遵守などの義務を定めています。米中依存からの脱却やEU AI Act / GDPR(EU一般データ保護規則)規制対応のため、ソブリンAI(自国の価値観に基づいてAIの開発、運用、制御を行う運用形態)の考え方が広く浸透し、それに対応したスタートアップも多数登場している状況です。
欧州でAIの開発に取り組む注目企業をいくつか紹介しました。
Mistral AIは、フランス発のヨーロッパを代表するAIのリーダー企業です。オープンソース戦略により、多くのモデルをオープンソースライセンスで提供しているのが特徴で、ChatGPT対抗のチャットアプリ「Le Chat」も有名です。ヨーロッパ資本の調達や、オランダの半導体製造装置メーカーASMLやSAPなど欧州企業との提携を進めることで、米国の巨大テック企業からの技術的・政治的な独立性を維持し、自国の規制や倫理観に沿ったAI利用をめざしています。
Nscaleは英国発の欧州域内のデータ、インフラにフォーカスするソブリン AI クラウドです。自社運営のデータセンター、GPUクラスタ、ソフトウェアによる、AIの実行・運用をサーバレスで効率的に行う独自技術により、2024年5月に欧州企業のSeries B(スタートアップが市場で製品やサービスが受け入れられはじめた段階の投資ラウンド)として過去最大の$1.1B調達するなど、急成長する注目企業となっています。同社のデータセンターは北極圏のノルウェーに設立し、寒冷気候を活用した自然冷却と再生可能エネルギーを活用することで、欧州主権と持続可能性を実現しているのも特徴です。
Synthesiaは、2017年に設立した英国発のAI動画生成プラットフォームを提供する企業です。入力した文章からAIアバターと音声が自動生成され、自然なナレーション付き動画が作成可能となっています。アバターは実際の俳優やAIが生成した人物ベースで240以上の種類、140以上の言語にも対応しているのが特徴。B2Bにフォーカスし、eラーニング動画やマーケティング素材、製品デモなど多様なユースケースで利用されています。
第3のカテゴリは、欧州におけるフィンテックです。小尾は「世界有数の金融ハブであるロンドンを始め、フランクフルト、ベルリン、パリも金融ビジネスが発展しており、投資家や金融関連人材が豊富です。フィンテック投資も継続的に盛んで、60社以上のユニコーンを輩出しています」と述べました。EUで2018年に施行されたオープンバンキングに関わるPSD2(決済サービス指令第2版)や、2025年施行の即時決済規則により、銀行のオープン化や国を跨いだ決済の即時化も進展。また、デジタルユーロ、デジタルポンドの導入も議論されており、暗号資産への資金流出やAML(マネーロンダリング対策)、デジタル人民元への対抗として2026年以降に導入予定だといいます。
小尾は「欧州で生活して特に感じるのはキャッシュレスの浸透です。キャッシュレス決済(タッチ決済)が進んでおり、2023年のデータでは英国では全トランザクションの12%のみが現金決済となっており、日本のキャッシュレス決済比率39.3%(経産省データ)と比較するとかなり進んでいる印象です」と述べました。小売店舗やレストラン等の店舗だけでなく、路上のマーケットやストリートパフォーマーへのチップもタッチ決済で行われ、現金を持たずに生活することも可能だといいます。
欧州ではネオバンクも普及しています。Revolut、Monzo、Starling Bank、N26、bunq、Qontoなどは店舗を持たずスマホ・アプリで利用が可能なため、若者を中心にシェアが拡大。オープンバンキングの浸透により、顧客側は銀行間のセキュアなサービスを利用可能になるとともに、銀行側はパーソナライズされたサービスやKYC(Know Your Customer:金融機関などがAMLやテロ資金供与防止を目的に顧客の本人性を確認する手続き)を強化しているといいます。また、BNPL (Buy Now Pay Later:クレジットカードを利用しない後払い決済)も一般化していると小尾は言及しました。
第4のカテゴリは、欧州におけるディフェンステック(防衛技術)です。この数年で一番盛り上がっている領域の一つで、ウクライナ情勢を受けてEU加盟国の防衛支出は急増しています。特に北欧、バルト三国、ポーランドなどロシアから距離が近い国ではディフェンステックへの投資も活発化しており、ドローン、ロボット、AI、サイバーセキュリティ、宇宙技術などの分野で資金調達が多数行われています。資金調達面や倫理的な背景から、多くの企業は防衛専門ではなく、デュアルユース(軍民両用)を狙った戦略を取っているようです。
小尾はディフェンステック企業をいくつか紹介しました。
Helsingは2021年創業のドイツ発ディフェンスAI企業で、防衛領域に特化したソブリンAIを開発しています。無人機の管理システムや戦闘機・無人機のAIエージェントなどのソフトウェアのみならず、ドローンや水中監視無人機などハードウェアも開発。AIを活用しながら人間の指揮統制を残すHITL(Human-in-the-loop)の手法を取り入れ、人間中心のAI防衛にフォーカスしています。2025年6月にSeries D(数十億円規模の資金が調達される投資ラウンド)で€680Mを調達し、€13.6Bの評価額に達しています。
ARX Roboticsは2021年設立のドイツ・ミュンヘンを拠点とする、無人の地上走行する小型ロボット(UGV:Unmanned Ground Vehicles)、および制御ソフトウェア・センサー技術を開発するスタートアップです。コンパクトな車体に500kgまで機器を搭載できるほか、通信不能な状態でも自律判断による動作が可能で、人が入れない場所でも任務を遂行するのが強みです。軍事用途のみならず、災害救助や障害物撤去、物資輸送などの民間ユースも多く見込んでいます。
Adargaは2016年創業の英国企業で、大量の非構造化データを分析するデータインテリジェンスを提供しているのが特徴です。世界中のニュース、報告書、衛星データ、インテリジェンスログを同時に分析して、新たな脅威の兆候や敵の動きなどを迅速に発見。英国防相とも複数年契約を締結し、軍の供給網・運用環境における脅威・リスクの早期把握に活用されています。
セッションの最後に小尾は、欧州スタートアップエコシステムを総括し、「英仏独や北欧中心に西ヨーロッパ経済圏が継続して欧州エコシステムを牽引し、AIが主要トレンドで、フィンテック・サステナビリティも継続して強みを持っています。米国より比較的堅実な成長・収益性を重視している傾向がある一方で、米国型で急成長・急拡大する企業も登場しています」と分析しました。
続くQ&Aセッションでは、市川も参加して事前に寄せられた意見や質問について活発な論考が行われました。

米国で最新技術動向をウォッチし続ける市川(左)と、
英国・ロンドンでテックスカウティング活動を行う小尾が、
それぞれの知見でグローバルトレンドを論考
まず、「欧州を代表するクライメイトテック(気候テック)ファンドの直近の動きや関心セクターに興味があります」という意見に対し、小尾は、1つの企業事例を紹介しました。英国のCarbon Reという企業は、セメントなどの基礎材料の脱炭素化を加速するために重工業向けCO2排出削減AIを開発しています。セメント製造プラントにデジタルツイン(現実の物体やシステムをサイバー空間上に再現する技術)を適用することで、リアルタイムに燃料使用量・温室効果ガス排出量を最小化する制御パラメータ(燃料消費、ファン回転数、窯温度など)を自動生成します。小尾は、「セメントのキルン炉(回転窯)はパラメータが多く最適化が難しいのですが、Carbon Reは複雑な相互作用のモデル化が可能で、非線形・多目的な最適化に強い特徴を持っています。これによりセメントプラントでは燃料消費10%削減、燃料由来CO2排出量で最大20%削減の実績を持ち、1プラントあたり年に約5万トンのCO2削減と、£2M程度の燃料コスト削減を見込んでいます」と述べました。
次の質問は、「欧州の方々のサステナビリティに関する思いや取り組みの進み具合と、日本との違いに関心があります。何が違いを生み出しているのでしょうか」というものでした。これについて小尾は、核融合とグリーンマイニングを挙げ、特にグリーンマイニングについてはフランス企業のGenominesを紹介。「同社は、特定の金属を通常の植物の数百~千倍の濃度で蓄積する特殊な植物(Hyperaccumulator)を利用する技術を開発しています。Hyperaccumulatorを適した土壌に植えて栽培・収穫することで金属を回収するのですが、従来の鉱山作業より環境負荷が非常に少ない上に、土壌の金属汚染浄化の効果も期待できるとのことです」と述べました。
また小尾は、「欧州では第二次世界大戦後に、今後大規模な戦争が起きないようにするにはどうするかを議論する中で、環境も大切にしようという動きがありました。一方、日本は経済復興にリソースを集中していたため、環境保護にまでは意識が向かなかったという事情もあるのでしょう。しかし、私の感想では日本の方がサステナビリティ意識の高い方が多い印象を持っています。例えば、欧州のレストランでは食べ残しが多く見受けられますが、日本では残すのはもったいないとか、料理人に失礼という意識が働きます。個人レベルのマインドでは日本も遅れていないと感じています」と述べました。
他にも、ソブリンAIを開発する企業の技術レベルや、ウクライナ情勢におけるディフェンステックの動き、量子コンピュータ関連のスタートアップなど、多くの質問がチャットでも寄せられました。小尾と市川は時間いっぱいまで意見を交わすなど、活況のうちにイベントは終了しました。
日立ソリューションズでは、協創で未来をつくっていくオープンなコミュニティ「ハロみん」を、2024年4月より運営しています。「ワクワクする未来へ 一歩踏み出す、協創の出発点」を掲げ、「繋がる」「探索する」「深める」「創る」をコンセプトにイベントや参加者同士の交流等の活動を行っています。サステナビリティ、モビリティ、セキュリティ・建設テック・先進技術などを幅広いテーマを取り上げております。その一環で、今回のようなイベントもオウンドメディア「未来へのアクション」でご紹介していますので、皆さんのご参加もお待ちしています。今後のイベント予定はこちらをご参照ください。
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