
2026.10.14
東京ガスグループのITを支える東京ガスiネット株式会社(以下、東京ガスiネット)では、ベテランのプロジェクトマネージャー(PM)の退職や人手不足が進む中、グループ内の各プロジェクトを担うベテランPMのノウハウや技術、暗黙知をどのように次世代へ継承するかが課題となっていました。さまざまなベンダーに相談した同社は、日立ソリューションズの「面談支援AIサービス」と「Alli LLM App Market」を組み合わせる提案を受け、両社で協創して、知見の継承という難しい課題の解決に取り組んでいます。


柴田 裕右
東京ガスiネット株式会社
プロジェクトマネージャー部
BtoC契約・請求ユニット
現在の担当は東京ガスのお客さま管理システムで、2018年の再構築プロジェクトから参画し2021年の本番稼働後はPMOとしてシステムの安定稼働に取り組んでいる。
兼務するプロジェクトマネージャー部では、システム構築や維持管理の運営で所属するPMが培ったノウハウ・暗黙知をAIの活用によって継承するワーキングをリーダーとして推進している。
2024年度より暗黙知の活用に着目したワーキング活動のリーダーを務める。

古川 慶一
東京ガスiネット株式会社
プロジェクトマネージャー部
BtoC契約・請求ユニット
大手SI企業で販売システムの構築経験を積んだ後、東京ガスiネットにキャリア入社。入社後は物流系システムの維持管理を担当し、その経験を活かして大規模基幹システムの構築プロジェクトに参画。
稼働後も、関連システム開発プロジェクトにプロジェクトマネージャーとして活躍をしている。

久岡 祥大
株式会社日立ソリューションズ
通信・社会営業本部
第5営業部
主任
通信・社会インフラ業界のお客さまを中心としたアカウント営業に従事。「困ったらまず最初に声をかけていただける営業」をめざし、お客さまと共に社会およびお客さまの課題解決に取り組んでいる。

辻 博人
株式会社日立ソリューションズ
スマートワークソリューション本部
ビジネスコラボレーション部
技師
文書管理システム・グループウェアなど多様なパッケージの提案・導入エンジニアを経て、現在は主に生成AI活用プラットフォーム「Alli LLM App Market」に関連する提案・導入を担当。

熊澤 航貴
株式会社日立ソリューションズ
スマートライフソリューション事業部
クラウドソリューション本部 社会インフラ基盤部
技師
面談支援AIサービスのマーケティングや導入コンサルティングを担当。
人財育成やリテンションマネジメントなど、お客さまが抱える課題に対して、AIを前提とした面談業務のソリューションを提案・導入を推進。
柴田:東京ガスiネットではプロジェクトマネジメントの品質向上をめざして活動を行っています。ベテランのPMが退職を迎え、若い世代が流動的に会社を離れていくことが多くなる中、ベテランから引き継ぐべき暗黙知や技術、ノウハウを継承しづらい状況が生まれていました。これは、当社のプロジェクトマネジメントだけでなく、多くの企業に共通する社会課題だと思います。そこで暗黙知などの継承に生成AIを使えないかと考え、どんなことができるのか、同じようなことをやっている事例はないかと、情報収集に取り掛かりました。

久岡:日立ソリューションズに最初にお声がけいただいたときは、「こんなことがやりたいのだけれど、できるだろうか」という段階でのご相談だったため、ご要望に応えるソリューションをすぐには思いつかなかったのが正直なところです。そこでまずは、暗黙知の継承だけを考えるのではなく、形式知と暗黙知を分けて考えることから始めました。形式知の文書管理やナレッジの蓄積が得意な当社の辻がいるビジネスコラボレーション部に、暗黙知をどうしたら集められるのかを相談し、面談から取ってくるというアイデアが湧きました。その後、「面談支援AIサービス」に精通した熊澤がチームに入り、「面談支援AIサービス」と企業向けの生成AI活用プラットフォームである「Alli LLM App Market」を組み合わせた提案をしました。
熊澤:2024年の夏、「暗黙知って何だろう」を課題としてずっと考えていましたね。ベテランの経験や思考プロセス、判断基準が暗黙知であるという仮説を立てて、社内でユースケースを試し、ベテランの暗黙知を面談で引き出してAIに学習させるサービスを形づくっていきました。
久岡:社内で試行錯誤したため、ご提案までに3カ月から4カ月かかりました、他社と比べても、提案までの期間が長かったのではないでしょうか。
柴田:さまざまなベンダーに相談していく中で、提案に至らなかったベンダーももちろんあります。また、実現のための具体的な方法については自社内でも十分にはイメージできていない状況だったので、各社から提示されるアプローチが大きく異なり、提案内容を比較することが非常に難しい状況でした。そういった中、日立ソリューションズの提案は、第一印象としてはなかなか良い内容だと感じました。実際に(お試しで)使ってみると、自分たちがやりたかったことにイメージが近く、面白い取り組みになりそうだと感じました。「暗黙知をどうにかしたいけれど、どうしたら良いのかわからない」という、切実だけれども具体化しにくい要望に対して、きちんと形になった答えを出してくれたので、「これがあれば自分たちがやろうとしたことが実現できるかもしれない」と思わせてくれたのは大きかったと思います。「生成AIでこのように、さまざまな事ができますよ」と、出口の部分の提案をしてくるベンダーはありましたが、暗黙知をどうやって集めるかという入口の部分を含めた提案は、ほかにはありませんでした。
古川:「面談」という暗黙知の収集方法は、対応できることの間口の広さを感じさせましたし、アウトプットとしても使える可能性など、汎用性の高さも感じられました。定型的な機能を持つものをつくるというよりは、新しいもの、世にまだないものに挑戦していくワクワク感が感じられましたし、日立ソリューションズと一緒に構想段階からトライしていけるということも、決め手になったと感じています。

辻:私たちからの提案に時間がかかったのは、入口と出口の片方ではなく、両輪をそろえてこそ実現できることをきちんと回答したいと考えていたためです。そこで、「面談支援AIサービス」と「Alli LLM App Market」の両輪でサポートできるソリューションを提案しました。ナレッジ共有や知識・技能の継承では、活用(出口)の部分で生成AIを活用する取り組みを進めている企業が多いと思います。それに対して、知見の収集・蓄積(入口)を含めたサイクルをしっかりと回していくには、知見がある人の頭の中にあるものを表に出さなければ始まらないと考え、面談という方法を考えつきました。
柴田:一緒にプロジェクトに取り組み始めてからは、毎週定例会議を設けるなどして、日立ソリューションズと密に情報共有していきました。私たちはプロジェクト管理には精通しているものの、AIの専門家ではなく、思いついたことや要望を、率直に日立ソリューションズへ伝えていました。その一つひとつにしっかりと応えてくれるだけでなく、さらに一歩踏み込んだ柔軟なアイデアを提案してくれるので、非常に安心できましたし、私たちの悩みや考えに対して、真摯に寄り添い、伴走してくれたことを本当にありがたく感じています。
古川:毎回のやり取りの中で、現場で本当に使えるものにするという目的意識を持って、意見を出し合うというやり方に集中できたと思います。良いものをつくっても、社内の方に使ってもらえなければ意味がありません。目的達成のために、使い方にもこだわって意見を交わしてきました。
柴田:毎回のミーティングでは、時折話が脱線することがありましたが、それは新たなアイデアを生む貴重な機会でもありました。技術的な実現方法にとらわれず自由な発想を大切にすることで、さまざまなアイデアが次々と浮かび上がり、それを率直に共有することで議論が自然に広がりました。このプロセスが、新たな気づきや発見につながったと考えています。

久岡:そういった脱線は当社としてもありがたいものです。より高次の要求をつかんだり、次のヒントが生まれたりもしましたし、楽しくもありました。
熊澤:仮説を持っていくと、「いいところを突いてくるね」から始まって、ざっくばらんに内情などを話していただけることが多かったです。そうした対話を通じて得られた気づきや課題に対しては、私たちなりの考えや解決策を持っていくことを常に意識していました。
このスタイルが我々の協創の文化になっていったのは良かったと思っています。
古川:今回の協創が成功したのは、思ったことをどんどん口にして、柔軟に対応してもらえたからだと思います。当初は「1つの大きなAIシステムが何でも答えてくれる」という、漠然としたイメージを持っていましたが、実現したいことをどんどん話していくうちに、よりコンパクトな機能を組み合わせたものに行きつきました。思ったことや気づいたことをすぐに言える両社の信頼関係があったからこそ、今回のプロジェクトが成功したと思っています。思いついたことを口にした中で、自分では重視していなかったことも的確に汲み取ってくれ、次の回で回答を用意してきてくれたこともあり、非常に印象に残っています。本当に真摯に寄り添ってくれたと思います。
柴田:暗黙知の収集のために当社のベテランPMに「面談支援AIサービス」の面談に協力してもらい、そこからまた次にやりたいことが見えてきて、新しい機能を追加するという形で進められたのも良かったです。
熊澤:通常、「面談支援AIサービス」を使っても、持っている知見をなかなか話してもらえず、15分から20分程度で終了するケースも少なくありません。しかし、ご協力いただいたたくさんのPMの方々は東京ガスiネット様の文化なのか、50分から60分にわたってお話を聞くことができました。そのため暗黙知をたっぷりと抽出できたのが、プロジェクトを成功させられた大きな要因にもなりました。ベテランPMが判断する思考プロセスを捉えるために、業界標準の考え方であるPMBOK(Project Management Body Of Knowledge)の12の原理・原則をベースにして面談シナリオをつくり、PMが遭遇するであろう想定ケースを質問に入れたことで、面談に興味を持ってもらえ、たくさんの知見の収集につながったのだと思っています。
辻:暗黙知の可視化や、退職者の増加による人手不足、ノウハウの継承などを課題と感じている企業は数多くいらっしゃいます。暗黙知や熟練者のノウハウを企業の財産として残していくことは、これからも重要な課題でしょう。今回の協創では、ベテランの頭の中を形にする仕組みをつくり、それを次の世代にどうつなげていくかという土台を組んでいきました。また、プロジェクトを進めていく中で良いフィードバックをいただき、さらにブラッシュアップできました。今回の取り組みは、社会課題解決に有効であるだけでなく、各企業の強みを明文化していく発端になるものだと考えています。
辻:「Alli LLM App Market」は、社内文書やデータベースなどの情報を検索し、その内容をもとに高精度な回答を生成する独自のRAG(検索拡張生成)を搭載しています。また、さまざまなシーンですぐに使える生成AIアプリケーション(以下、アプリ)を提供しており、ノーコードでそれらをカスタマイズできます。今回はこれらの機能を活用しました。
まず、「面談支援AIサービス」が会話形式で質問し、ベテランPMが回答します。ベテランPMの回答の中には、その人独自のノウハウや知見が何かしら入っているものです。その暗黙知の種となるようなところを、「面談支援AIサービス」の裏にいる「Alli LLM App Market」がさらに深掘りする質問を考え、「面談支援AIサービス」がその質問を投げかけます。これらの質疑応答をテキスト化したものをさらに「Alli LLM App Market」が読み込み、その中にある暗黙知を「Alli LLM App Market」が蓄積することでナレッジベースをつくり上げます。そのナレッジベースを活用して、ほかの人が暗黙知などを含めたアドバイスを受けられるようになっています。

古川:ベテランPMの暗黙知の収集、可視化、蓄積ができるようになり、次世代のPMへの継承が可能となりました。まだ経験の浅いPMでも不安なく、安定的にプロジェクトを運営できるようにサポートする環境が実現できたと実感しています。本ソリューションを実際に使っているPMからは、自分自身を見つめ直して課題や強みを明確化でき、具体的なアクションや成長につなげられたというポジティブな声がたくさん寄せられています。今後はより幅広い現場への定着、浸透を進めていきたいと考えています。内部的には、教育の現場と連携して活用できないかと考えているところです。
柴田:なかなか数値で計るのは難しいですが、大きな成果が期待できると考えています。PMとして必要なスキル習得までの時間がかなり短縮されますし、プロジェクト計画の作成を1人で行えるようになったという効果も生まれると思います。プロジェクト開始時にセルフチェック目的のレビューを実施することで見落としをなくし、後のトラブルを未然に防ぐといったことも効果の1つとして考えられます。今回実現したレビュー機能を活用して事前のセルフチェックを行うことで、本番のレビュー実施時により本質的なレビューができるのも大きな効果です。「面談支援AIサービス」で作成した面談結果は、PMのスキルを評価する機能で点数やアドバイスが示されます。PM力を向上させるために何をすれば良いのかが明確にわかるため、指針が立てやすいとユーザーに非常に好評です。
熊澤:今後、費用対効果など数値での実績を明らかにすることで、このサービスを東京ガスグループ内に広めていく際に役立てられればと思います。
久岡:将来的には、若手PMや経験の浅い社員の教育時間をどれだけ削減できたか、数値化できたらいいですね。

柴田:今回のプロジェクトは、これまで人と人とでしか受け継がれなかった暗黙知やノウハウの継承を、まったく新しい形で実現できたことに大きな意義があると思っています。今のところ、PMに関係する組織のために使っていますが、AIと会話して暗黙知を収集し、AIで加工するという仕組みは、さまざまな業種・業態でも活用できる可能性を持っていると思っています。グループ会社やほかの部署も興味を持っています。将来的には、東京ガスグループは暗黙知を上手に生かしていると世に言われるようになりたいですね。その目標にたどり着くには、まだやるべきことがたくさんあると思っています。
久岡:PMのノウハウ継承という領域で、一定の成果を出せたことは当社にとっても大きな意味があると思います。一方で、さまざまな業種で使えそうだという期待はあるものの、その業種の特性に合わせたものにチューニングしなければならないという課題も考えられます。今回のプロジェクトを足掛かりに、今後、いろいろと挑戦していきたいですね。
熊澤:今回のプロジェクトがさまざまな業種・業態で使える可能性を秘めているのは、面談という形式で情報を抽出できたからこそだと思います。日立ソリューションズとしては、東京ガスグループのほかの事業分野も支援し、さらには人口減少、人手不足が進む日本社会における課題解決に貢献できればと思います。

柴田:現時点では、さまざまなプロジェクトでこの「面談支援AIサービス」と「Alli LLM App Market」の組み合わせを活用しようとしているところです。その後は、グループ内でこの組み合わせが活用できそうな業種から広げていき、使い方に工夫が必要な業種ではどのように改造していくかを考えることになると思います。グループ外へと広めていくことも視野に入れており、東京ガスがやっているならうちもやってみたいと他社に言ってもらえるように、地道にコツコツとシステムを良いものにしていこうと思っています。エネルギー業界全体がより良くなるよう支援できるなら、私たちにとってこんなにうれしいことはありません。
古川:今回、ある程度の仕組みをつくれたことで、IT系のPM以外にも広げられそうだと私は感じています。東京ガスグループの別の業種に向けた改造を行っていくことでシステムをさらに進化させ、蓄積していった成果をグループ外にも公開することで、さまざまな業界で使ってもらうことが次のステップですね。
