2023.03.24
2022年1月にRCEP(*1)( 東アジア地域包括的経済連携)が発効されるなど、FTA(*2)(自由貿易協定)は近年ますます注目を浴びている。FTAはその活用により、多くの企業にとって、ビジネス拡大や国際競争力の強化など、グローバル経済の活性化につながるチャンスを含んでいる。しかし一方で、活用においては、原産地の自己証明制度利用のワークフロー構築や資料不備によるコンプライアンス違反のリスクなどがハードルとなり、積極的に活用されていないという課題がある。今回は、貿易における損害保険という観点から、東京海上日動火災保険株式会社(以下、東京海上日動)の宇賀氏と村上氏、原産地証明書のシステム構築という観点から、株式会社日立ソリューションズ(以下、日立ソリューションズ)の久保氏と高橋氏、4名による対談を実施。FTAにまつわる現在の課題と未来の可能性について語ってもらった。
宇賀 尚徳 / Uga Hisanori
▼東京海上日動 関西営業第三部 次長兼 貨物海外室長
入社後から石油業界、商社への貨物保険の営業に携わり、以降10年以上、貨物保険のアンダーライティングや再保険、営業推進等に従事。海上保険の中心地であるであるロンドン、アジアのハブ・シンガポールでの駐在も経験。現在は、貨物保険やサーベイご提案を通じた物流へのリスクコンサルティング、海外ビジネスへのリスクソリューション提案で、関西に拠点を有する企業を支援している。
村上 彩華 / Sayaka Murakami
東京海上日動 関西営業第三部 貨物海外室 副主任
入社後は、宮城県仙台市で代理店へのルート営業に従事し、中小企業向けのリスクコンサルティングを担当。昨年4月に同部署へ異動し、貨物保険の提案、海外ビジネス(主に東南アジア)のご支援に従事している。
久保 元彦 / Motohiko Kubo
日立ソリューションズ 産業イノベーション事業部 グローバル本部 第2部 第2グループ主任技師
グループウェアのアプリケーションを開発する案件のプロジェクトマネージャを10年以上経験した後、原産地証明書管理サービス事業立上げ、貿易管理ソリューション事業を推進中。
高橋 英吾 / Eigo Takahashi
日立ソリューションズ 営業統括本部 デジタルイノベーション営業本部 デジタルソリューション第1営業部 第2グループ 部長代理
原産地証明書管理サービスをはじめとする貿易ソリューションの拡販責任営業として、貿易事業の拡大を推進している。
ーFTAをめぐるトレンドについて教えてください。
久保:製造業や流通業の企業を中心に、関税減免のメリットがあることから、FTAを活用したいというニーズが高まっています。2022年1月には、日本にとって輸出入先の中心である中国、韓国が初めて参加したメガFTAである、RCEPが発効されました。2019年のデータでは、日本の輸出に占めるRCEP参加国の割合は43%、輸入に占めるRCEP参加国の割合は50%となっており、企業にとってはビジネス拡大や競争力強化のチャンスだと考えています。しかし、一方では、書類不備などによるコンプライアンス違反のリスクがあり、積極的に活用できていない企業が多くあります。
村上:海外においては、FTAを活用することが、グローバルスタンダードになってきていると言われています。しかし、日本企業はそのメリットを認識している一方、さまざまなリスクがあるために活用が進んでないことも事実です。日本企業の国際競争力を高めていくためにも、FTAの有効活用を推進していければと考えています。
高橋:これまでは、原産地を証明するときは商工会議所に証明書の発行を依頼するのが一般的であったため、企業としては、求められた情報に回答していれば十分でした。しかし、昨今では第三者でなく企業自身がそれらを行わなければならない自己証明制度のFTAが登場しているため、有識者が証明する仕組みからエビデンスの保管まで、一気通貫で行うことが必要となりました。そのような大きな転換がトレンドとなり、我々が事業化をするきっかけの一つとしてありましたね。
ー協業のきっかけとそこから生まれたサービスについて教えてください。
村上:当社では、貨物保険のほか、リスク調査と改善提案を通じてお客様の物流リスクへのコンサルティング提案を行っています。日々、貿易実務に接する中で、特に中小企業においては、FTA活用におけるリスクとワークフローの構築がハードルとなり、そのメリットを十分に享受できていないという課題を認識していました。一方、FTAリスクに対する保険を提供するにあたり、原産地の自己証明制度利用のワークフローが各社異なるため、事故の定義を明確化できないことや、事故の発生頻度・規模の定量化が困難であることが、保険組成の課題となっていました。そのような状況の中、当社が2019年に参加した「FTA戦略的活用研究会」で、日立ソリューションズの「原産地証明書管理サービス」を知り、本サービスとの組み合わせによる保険組成をめざして、日立ソリューションズへ相談したことが、協業のきっかけでした。
高橋:当社は、IT会社として「原産地証明書管理サービス」を既に販売していましたので、FTA活用のメリットは理解しており、ワークフローや証明の管理などの支援まではできますが、そのリスクをゼロにすることまではできません。人為的なミスなどによるリスクは、システムだけでは解決できないため、「FTA戦略的活用研究会」へ参加されていた東京海上日動さまから「リスクを保険で補完できるかもしれない」というアイディアをいただいたとき、ぜひ一緒にやらせてくださいとお願いしました。
宇賀:損害保険は、偶発的な事故の結果発生した損害に対して補償を提供するのがその本質です。2019年の「FTA戦略的活用研究会」には、村上の前任者が参加しましたが、貨物保険を通じて日本の貿易に寄与するという事が我々の使命ですが、FTAやRCEPの活用をスムーズにできる、日立ソリューションズのサービスに対して、かなり強い印象を受けたそうです。また、意図せぬエラーが起こる可能性もあるというところに目をつけて、損害保険と親和性があることに気がついたのが始まりでした。
ー「原産地証明書管理サービス」が「プレミアム版」に進化したのでしょうか?
久保:日立ソリューションズでは、原産性判定業務のコンプライアンス強化と業務効率化の両立を支援するクラウド型サービスを、2020年より提供していました。しかし、FTA活用では貿易手続き時の検認で、原産地証明の正当性とその正当性を裏付ける資料の準備が求められており、不備や誤りがあると不正行為と判断され、追徴課税や罰金の支払い、取引停止など、コンプライアンス違反のリスクを伴います。これらのリスクへの不安から活用に積極的になれないお客さまがあることが分かりました。東京海上日動さまの損害保険と弊社の原産地証明書管理サービスを組み合わせた「原産地証明書管理サービス プレミアム版」は、お客さまの「不安」を解消し、FTA活用により、ビジネス拡大や競争力強化にチャレンジする機会を提供するサービスとなっています。
高橋:現場の課題は大きく3つありました。FTAの適用業務が属人化していること。判定プロセスやルールが不透明で、現場で判断してしまっていること。また、エビデンスに必要な文書が散在していることです。このため、書類作成時の不備により発生する費用を補償する商品付帯保険を、東京海上日動さまで開発していただき、お客さまの不安を解消するという価値を生み出しているという位置づけで、「プレミアム版」という名称で提供しています。
村上:保険としての特長は3つほどあります。まず、前提条件として日立ソリューションズのサービスを使っていただく中で提供できる保険であり、保険自体の単独販売は行っておりません。「原産地証明書管理サービス プレミアム版」をご購入いただくと自動的に保険が付帯されています。2つ目として、原産地証明書の誤印字や文言の脱落リスクなど、システムワークフローに沿っていたにも関わらず発生してしまった人為的ミスを補償いたします。
3つ目は、事故発生により購入企業様が賠償請求を受けた場合に、係争にかかる弁護士費用を最大100万円まで補償する点です。現時点では、事故発生頻度、規模の定量化が困難であることから、賠償請求を受けた場合に、係争にかかる弁護士費用を最大100万円まで補償する内容としています。
FTAリスクへの保険提供の課題をクリアにする観点で、原産地証明書管理サービスのワークフローを前提として、本サービス向けに開発した商品となっています。
ー今後の目標や実現したい社会の姿があれば、お聞かせください。
久保:原産地証明書管理サービスを含む貿易関連のソリューションを通じて、自由貿易協定の活用や安全保障貿易を支援し、企業のグローバルサプライチェーンのリスク低減に貢献していきたいと考えています。このために、東京海上日動さまと、さらなる顧客提供価値を協創していきたいです。
高橋: 「原産地証明書管理サービス プレミアム版」については、多くのお客さまに使っていただくことでデータが蓄積できますので、事故の発生頻度や規模の定量化により、東京海上日動さまの保険サービスの開発へもつながる可能性があります。より広範囲に保険でカバーできるようになれば、お客さまにとっても安心して活用できるサービスとなりますので、東京海上日動さまと協力して、サービスの拡充をめざしていきたいと思います。
日本の製造業は、世界へも通用するすばらしい技術・製品を持っていると思います。企業の規模にかかわらず、本サービスを通じて、製造業のお客さまが、積極的にグローバル展開していくことで、日本経済の活性化をめざしたいと思います。
宇賀:大きく2つの目標があります。まず、短期的には、中小企業の皆さまにもFTAを活用していただき、大企業だけではなく、裾野を広げることで、自由貿易促進を掲げる国の発展に寄与していきたいです。さらには本サービスのお客様を増やしていきながら、蓄積した大量のデータをもとに、保険内容をより充実させる、という好循環を回していきたいと思います。
中長期的には、中小企業を中心にFTAの戦略的活用へのセーフティーネットを提供し、自由貿易推進、国際競争力強化のための挑戦を支え、日本経済の発展に寄与したいと考えています。
当社の前身である、東京海上保険会社は、1879年(明治12年)に設立されました。「資源が乏しい日本は、これから貿易立国として発展していかなければならず、貿易を下支えする貨物保険を通じて、国の発展に寄与する」という設立当時からの創業の精神が、企業のDNAとして現在も受け継がれています。
日立ソリューションズとの協創により、ITと保険が生み出すサービスを通じて、日本経済の発展に寄与することで、持続可能な社会の実現をめざしていきたいと思います。