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幸福学の前野教授に教わる いまこそ知りたいウェルビーイング

LESSON 3 ウェルビーイングな企業とはどんな組織ですか|前野 隆司

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企業としてウェルビーイングを実践するには何が必要か。利益最優先を超えた組織のあり方を掘り下げます。

※本記事は2023年10月に掲載されたものです。
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    前野 隆司(まえの たかし)

    慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

    1962年、山口県生まれ、広島県育ち。86年、東京工業大学修士課程修了後、キヤノン株式会社に入社してカメラの開発に携わる。その後、米国カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、米国ハーバード大学客員教授などを経て、2008年から慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。17年から慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長を兼任している。24年から武蔵野大学ウェルビーイング学部長を兼任予定。一般社団法人ウェルビーイングデザイン代表理事、ウェルビーイング学会会長。『脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説』(筑摩書房)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社)、『幸せな職場の経営学』(小学館)、『ウェルビーイング』(共著/日本経済新聞出版)など著書多数。

幸せな会社はイノベーティブなのです。

「従業員を幸せにすることは、経営戦略の基幹そのものです」と前野教授は語ります。
従業員が幸せになれば創造性が上がり、企業の利益も上がる。そんな幸せのメカニズムについてお聞きします。

従業員の幸せが今まで以上に大切な時代

――最近ではCWO(チーフ・ウェルビーイング・オフィサー)という役職があるそうですね。

私の知り合いが在籍する、あるIT企業では、実際にCWOという役職を設けています。コーポレート部門の下に3つの部署を設置し、それぞれ個人のウェルビーイング、組織のウェルビーイング、社会のウェルビーイングを実現するミッションに取り組んでいます。
また、あるコンサルティング会社では、CHO(チーフ・ハピネス・オフィサー)を務める人がいます。エグゼクティブ向けに多数のコーチングを行い、従業員の幸せを向上させるリーダーとなるCHOの設置を企業に広める活動をしています。
このほかにもCWOやCHOを名乗る人は国内外に数多くいます。ウェルビーイングやハピネスの向上を組織内で推進する動きは産業界にも着実に広がっていると感じています。

――世界的に見ると、従業員の幸福度はどうなっていますか。

やはり欧米が進んでいます。公益財団法人日本生産性本部の作成した資料に、OECD(経済協力開発機構)諸国の幸福度と労働生産性の関係を示したグラフがあります。
このグラフでは横軸が幸福度、縦軸が1時間あたりの労働生産性になっています。ここから読み取ると、幸福度の高い国は労働生産性が高い傾向があります。高福祉国家といわれる、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フィンランドの北欧4カ国は幸福度も労働生産性も高く、日本はどちらも低めです。ただし、幸福度の順位は測り方によって異なりますので、このデータはひとつの参考例として捉えるべきだと思います。

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幸せは多様性と創造性と密接な関係がある

――幸福度を高めるうえで組織として大切なことはありますか。

多様な人が共に働くことが大事だといわれています。この多様性ですが、幸せと創造性との間に、ゴールデントライアングルのような関係性があります。私たちの研究では、幸せな人は多様な友人を持っている、という結果が得られています。それをまとめた相関図があります。

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また別の研究では、多様なチームは均一なチームよりもイノベーティブであるという結果が得られています。多種多様な人がいれば、さまざまな角度からのおもしろいアイデアが出るのに対し、同質の人ばかりではアイデアも偏るというわけです。幸せと多様性と創造性はまったく別の言葉のようですが、関連し合っているのです。

――組織にとって多様性が重要なのですね。

多様性はとても大事な要素です。幸せな職場をつくりたければ、多様性の高い職場にすべきです。多様で幸せな職場は創造性が高くなる。同時に、幸せで創造性の高い職場は多様性が高いといえる。トライアングルの相関図はそのことを集約しています。つまり、ダイバーシティ&インクルージョンは幸せのためにも重要なのです。

イノベーションが生まれやすい職場づくりを

――イノベーションのあり方も変わるのでしょうか。

明治大学専門職大学院の野田稔教授は「イノベーターのイメージが変わってきた」と発言しています。少し前のイノベーターには、苦労をものともせず、リスクも恐れず果敢に単身で荒海に乗り出すというイメージがありました。野田教授によると、最近のイノベーターは、世の中に求められていることを、楽しみながら探し歩いている感じだというのです。おもしろいと思ったらとにかく始めてみて、仲間と対話しながらブラッシュアップさせていく。そんなスタイルになっているといいます。「ウェルビーイング・イノベーション時代」が到来したと私は捉えています。
幸せな状態では創造性も生産性も高く、欠勤も離職も少なく、ミスも起きにくいから、イノベーションが起こりやすい。歯を食いしばって働くよりも、やりがいと強い自己を持って、人とつながりながら生き生きと楽しく働くほうがいい。イノベーター像もそんな風に変化しているといえるでしょう。

――従業員ひとりひとりの意識も変わっていますね。

「ジョブ・クラフティング」という考え方があります。これは自分の仕事のやりがいについて考え直してみる手法です。自分が何をしたいのか、この仕事にはどういう意味があるのかを考えます。2016年にはキャリア・コンサルタントという国家資格もできました。
こうした背景もあり、働く人たちの意識が従来とは大きく変わっています。企業が生産性や創造性を上げるためには、まず従業員がやりがいや生きがいを持つ、つまり幸せに仕事に取り組めるようにすることが、これまで以上に重要になってきます。
実際、今の若い人たちは幸せに働きたいという人が増えています。トップクラスの大学を卒業した人が大企業への就職とか官僚の道を選ばず、ベンチャー企業に就職したり、スタートアップを起業したりするケースも多いと聞きます。就職先を選ぶ場合も規模や安定感よりも「幸せに働けるかどうか」が志望の動機になっています。ウェルビーイングな企業が優秀な学生を獲得する。そうした潮流は目に見えて大きくなっています。従業員を幸せにすることは、もはや経営戦略の基幹そのものといえます。
この時代の流れを逆手にとって、従業員の幸せを看板に掲げながら、給料を抑えたり残業を強いたりして「幸せ搾取」を行う企業もあるようですが、こうした上辺だけの幸せ企業は見透かされ、淘汰されていくと思います。

ウェルビーイング経営の基本は意外とシンプル

――ウェルビーイング企業は、どんな経営をしているのでしょう。

たとえば、日本を代表する経営者と評価される稲盛和夫氏は自社の創業当初から「全社員の物心両面の幸福を追求する」ことを掲げ、社員が幸せであることが大事だと説いてきました。そうした経営の視点は現代の日本の経済界にもかなり浸透してきたのではないでしょうか。最近では企業のトップがビジョンを語るときに「幸福」や「幸せ」という言葉を、ごく自然に使う時代に変わってきたと感じています。
もちろん利益を上げることは重要ですが、ウェルビーイング企業は、それを目的にしていません。何のために会社があるのか、事業を行っているのか、そうした根本的なことから発せられた目的が据えられ、それが従業員や社会の幸せに結びついている。さらに、その理念や哲学が従業員によく理解されています。

――ウェルビーイング経営は難しいのではないでしょうか。

企業文化はそれぞれなので、ひとくくりにはできませんが、ウェルビーイング経営は意外とシンプルです。私がウェルビーイング企業だと思う会社を例にとってみます。
ある食品会社は、「給料にほとんど差をつけない」ことを実践しています。「それではパフォーマンスの高い従業員が文句を言ったりしないのか」と質問したところ、社長から次のような答えが返ってきました。
「家族でお兄ちゃんは学校の成績がいいから小遣いをたくさんあげる、妹は成績がいまひとつだから小遣いは減らす、ということはしないでしょう。家族でしないことは会社でもすべきではありません」
この会社の目的は、いい会社をつくることで、利益を上げることはそのための手段であると明確に打ち出しています。目先の効率は求めない。売上や利益の目標は立てないなど、理念を具体化した決め事も明確です。

――従業員を家族と考えるわけですね。ほかにはどんな事例がありますか。

精密部品を手がける、ある製造会社の例です。今から二十数年前、現在の社長が親の経営する会社を引き継いだ当初は、挨拶もない、掃除が行き届いていない、コミュニケーション不足の会社だったそうです。そこでその社長は「挨拶」「掃除」「コミュニケーション」を推進しました。DX(デジタルトランスフォーメーション)が叫ばれる現代からすると、アナクロ(アナクロニズム=時代錯誤)でシンプルすぎると思われるかもしれません。しかし、この3つを徹底しただけで、従業員の意識が変わり、会社が劇的に変化したとのことです。
なかでもコミュニケーションが重要で、毎朝1時間程度の朝礼をします。朝礼といっても一方的に経営トップの話を聞くのではなく、従業員のグループでのディスカッションが主体です。前半は経営理念やミッションを共有する時間、後半は「今日の改善」の時間です。今日行おうとしている業務の改善点を、グループの全員が発表し、助言し合うのです。
仕事というものは、ルーティン化されて「やらされ感」が起きると幸福度は下がるものです。逆に「自らが毎日の仕事を改善している」という意識を持って仕事に臨むことができると、やりがいとつながりが感じられる幸せな職場になるようです。
そうした改善のなかで製品開発にも変化が生まれました。価格競争にさらされる低価格なものから、付加価値の高い高品質なものに特化するようにしたのです。レッドオーシャンの市場で低価格化競争に陥るのではなく、ブルーオーシャンを見つけて従業員が生き生きと働く。そんな会社に変貌を遂げたわけです。
幸せを感じる人は創造性も高くなり、高品質の製品やサービスも生まれやすくなる。幸せのメカニズムを実証する事例といえます。幸せな会社はイノベーティブなのです。

『ティール組織』からウェルビーイングを考える

――幸せな会社を組織論から見ると、どう捉えることができるでしょう。

フレデリック・ラルー氏が書いた『ティール組織--マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(英治出版)という本が2018年に話題になりました。成人発達理論に基づき、組織の形態が進化していくという話です。このティール組織という概念をベースにすると、ウェルビーイングな組織の特性がわかりやすくなると思います。
『ティール組織』では成人発達段階を組織の段階に置き換え、色で分けています。段階の分け方は研究者によって異なりますが、ここでは5段階に分けたモデルを取り上げます。赤から始まり、アンバー、オレンジ、グリーン、ティールという段階を踏んでいきます。こちらの図表には色と型のほかに、メタファーという例えも入れています。
最初の赤は組織になる前の段階で、皆が自分勝手に振る舞っている様子を表します。メタファーでは「狼の群れ」となっています。狼の群れは統率が取れているので、私は「赤ちゃんの群れ」と呼んだほうが適切ではないかと思っています。
アンバーはルールや規範で縛られ、完全に統率された上意下達の軍隊型の組織です。
オレンジはもう少し合理的な組織にしたもので、機械のような働きをします。
次のグリーンはメタファーが家族で、思いやりや信頼関係を大事にする人間第一の組織です。
最後がティールですが、メタファーは「自然林」です。自然林にはヒエラルキーはなく、多種多様な動植物が一緒に生きています。すべての動植物がそれぞれ自由勝手に生きているのに、全体として調和が取れています。

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――グリーンやティールの段階にある組織が幸せということでしょうか。

成人の発達段階とウェルビーイングは比例する、という見方があります。アンバーの軍隊のように統率されすぎると幸福度は低く、オレンジの血も涙もなく合理的というのも窮屈です。家族のように自由で頼り頼られるグリーンの組織は幸福度が高く、さらに自由なティールの組織はより幸せになると考えられます。
ただし注意すべきは、この組織論は段階論ではなく包含関係だといわれています。幸せなグリーン・ティール型企業も、納期を目前に控えたような緊急時には、軍隊型のオレンジや機械型のアンバーのように働くことがあると思います。関係性は家族的なまま、やるべきときは、軍隊や機械のように動くこともできるということです。
現代の企業の多くは、合理主義経営を主とするアンバーやオレンジの組織だといわれています。『ティール組織』の著者のラルー氏は、「社会にようやくグリーン組織、ティール組織という段階が出てきた、ようやくそこまで人類が発展してきた」と述べています。しかし、私はちょっと違った考えを持っています。

日本にはウェルビーイング組織の素地がある

――先生がお考えのウェルビーイングな組織はどのようなものですか。

前回の「LESSON2」で江戸時代の近江商人の「三方よし」の話をしましたが、彼らはすでにグリーンやティールの意識を持っていたと思うのです。かつての日本は、近江商人に限らず、道を究めた達人のような意識で事に当たっている人が多くいました。江戸時代を礼賛する気はありませんが、武士も町民も心が高度に発達していたのではないでしょうか。
ラルー氏のいうように、最近になってグリーンやティールの組織が出てきたのではなく、古くは老荘思想や仏教思想のなかにもグリーンやティールのような考え方があり、日本や東洋の一部ではそれが脈々と受け継がれてきたと考えるべきだと思います。
ところが、西洋化を急ぐあまりに合理主義を学びすぎて、グリーンやティールから逆行してオレンジやアンバーまで戻ってしまったのが日本の現状なのではないでしょうか。
私の著書で『幸せの日本論 日本人という謎を解く』(角川新書)という書籍があります。『ティール組織』が刊行された2018年より前の2015年に出したものですが、そのなかで2つの社会モデルを提示しています。この内容がグリーンやティールの組織に関連するところがあるので、ちょっと簡単にお話をします。
2つの社会モデルのうちのひとつが「勝ち残りゲーム式社会モデル」。もうひとつが「全体が調和し共生する社会モデル」です。「勝ち残りゲーム式」のほうは極端な近・現代型システムがベースになった社会モデルで、アンバーやオレンジ型の組織と想定できます。「全体が調和し共生する」は、日本がこうだったら最高だと私が思う、めざすべき日本のモデルです。ただし、日本がすでにこの理想に到達しているわけではなく、むしろ現代の日本は「勝ち残りゲーム式」になっている面もあるように思います。そういう意味で理想的な日本型システムとしています。この社会モデルは、グリーンやティール型の組織に相当すると考えられます。

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――この対比を読み取ると、どのようなことが言えるのでしょうか。

さまざまな要素があるので、主要なものを抽出してまとめてみました。

 ・競争ばかりしているよりは協調・協力を。
 ・トップダウンよりは皆がネットワークになっているほうを。
 ・牽引型リーダーよりも調和型のほうを。
 ・利己的な自己主張よりも謙虚でやさしい利他性を。
 ・統率によるつながりよりも想いによるつながりを。
 ・単純で合理的よりも多様で複雑を。

例外があり「勝ち残りゲーム式社会モデル」がよい働きをする面があるので断言はできませんが、総体的に見るとやはり「全体が調和し共生する社会モデル」のほうがウェルビーイングの向上をめざす、これからの組織や人間のあり方を示しているのではと思います。
日本はもともと共生を是とする和の国で、皆が調和的に助け合う国でした。近年になって無理に個人主義にシフトしすぎたために、ギスギスした社会になってきたと感じる人が増えているように思います。
世界長寿企業ランキングを見ると驚くほど日本企業が多いことが知られています。第一位の金剛組は創業578年、なんと飛鳥時代に生まれた会社です。創業から200年以上続いている企業も圧倒的に日本が多く、他の国を引き離しています。
こうした長寿企業が数多く残っているのも、目先の利益ではなく地域や社会とのつながりを重視し、従業員の幸せを大事にし、社会全体が調和し共生することをめざしてきたからだと思います。
海外にもよい事例はたくさんありますが、かつて日本に広く存在していた調和・共生型の考え方は、ウェルビーイングな組織をつくるうえで大きなヒントになると思います。

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