
コロナ禍の時期に世の中に大量に出回ったアクリル板を回収し、魅力あるアクセサリーに生まれ変わらせているのが、アクリル企画製作会社ツクリの井村文紀氏だ。アクリルという素材の素晴らしさに魅了されて二十余年。貫いてきたアクリルへの愛、アクリルから生まれる美、そして素材をアップサイクルすることの意義を井村氏が語った。

井村 文紀
株式会社ツクリ
代表
いむら・ふみのり
多摩美術大学で環境デザインを学び、アクリルの魅力に取りつかれる。卒業後、アクリルを扱う町工場に就職。2014年に独立し、株式会社ツクリを設立する。アクリル廃材を活用したブランド「SHITSURAE」を2020年に立ち上げ、高い評価を得ている。
透明度が高く、軽量で、耐久性に秀でている。加工がしやすく、傷は研磨によって消える。柔軟性があって、衝撃を受けても簡単に割れることはない。そして、何より見た目に美しい。アクリルが「プラスチックの女王」と呼ばれるゆえんである。

(左)「SHITSURAE」のメインアイテムはアクセサリーだが、このような一輪挿しもつくっている。
手前は鏡の破片、奥は着色アクリル廃材を使用
(右)着色されたアクリル廃材。コロナ禍で使用されたアクリル板と混ぜ合わせることで、多彩な表情が生まれる
人々の生活をアクリルが取り巻いていた一時期があった。2019年末からの新型コロナウイルス感染症の急速な拡大を受けて、日本政府は飛沫感染防止のためのアクリル板使用を強く推奨した。飲食店は客席にアクリル板を設置し、テレビ番組では出演者の間に巨大なアクリル板が立てられる風景が日常になった。
2023年までの3年数カ月のコロナ禍の間に、日本国内に出回ったアクリル板の数はおよそ300万枚といわれている。しかし、実数はその数倍に達しているという見方もある。正確な数字を把握できないほど大量に世に溢れたアクリル板。それを回収してアクセサリーに生まれ変わらせる活動に井村文紀氏が取り組み始めたのは、2020年のことだった。

スケッチブック製作時に大量に出る円形の紙廃材を活用したアート作品。アクリル板を何層にも重ねている
絵の上手な子どもだった。スケッチブックに何気なく描いた絵を祖母に褒めてもらったのが原体験だと井村氏は振り返る。高校卒業後、美術大学の環境デザイン学科に入学した。都市空間や公園、駅舎などのデザインを学ぶ学科である。
卒業制作で建築模型をつくったことが、アクリルという素材の素晴らしさに気づくきっかけとなった。その加工性や美しさの虜となり、模型づくりに没頭した。その時に「アクリル愛」が芽生えたのだと井村氏は言う。

アクリルに関わる仕事に就きたいと考え、ブルーカラー向け求人雑誌で埼玉のアクリル工場の求人情報を見つけた。家族経営の小さな工場だった。そこに家族以外の初めての社員として入社したことが、アクリル職人としてのキャリアのスタートとなった。大好きなアクリルに四六時中触れていられる理想的な仕事場だった。百貨店のディスプレイ、ショーウィンドウのモニュメント、家電製品のパーツ、水族館の水槽──。多種多様な受注に先頭に立って対応し、工場の仕事と売上の拡大に貢献した。そうしてアクリルに没頭する生活が15年近くに及んだ。

データをもとに、レーザーカッターでアクセサリーを切り出す。余った部分は再度アクリルと混ぜ合わせて有効活用する
「工場でたくさんの経験を積ませていただいたおかげで、アクリルを加工する技術や、アクリルにかける想いにおいて、自分以上の人はおそらくいない、そんな自信がつきました」
そう井村氏は語る。その経験と想いを活かすために、2014年に立ち上げたのがツクリという会社だ。アクリル素材を使った製品の企画、デザイン、製作に取り組む日々が続いた。コロナウイルスが世界中に急速に広がった2020年までは。
コロナ禍が本格化して間もなく、アクリル板製作の受注が激増した。しかし、その「コロナ特需」にもすぐにブレーキがかかった。急速な需要拡大で、アクリル素材が枯渇したためだ。アクリルが必要とされ社会の役に立っている。そのことはアクリルを愛する者にとって大きな喜びだったが、それはすぐに不安に変わった。このコロナ禍はいつか終わる。用を成さなくなったアクリル板は、その時どこにいくのだろうか──。
井村氏の頭にあったのは、プラスチック汚染の問題だった。廃材となった大量のプラスチックが海に流れ込み、生き物を苦しめ、生態系を破壊していることはよく知られている。ウミガメの鼻にプラスチックのストローが刺さっている様子が報じられたこともあった。プラスチックの一種であるアクリルの廃棄問題もいずれ必ず持ち上がるに違いない。そう直感した。

「プラスチックは、原油の精製過程で出てくる"上澄み"を加工してできる素材です。元々捨てるしかなかったものを有効活用している点で、プラスチックはエコ素材といえるわけです。もちろん、自然に返すことができないという問題はありますが、それは例えば陶器なども同じです。陶器は土からつくられますが、土に返すことはできません。自然に返らないからこそ、大切に長く使おうという発想が生まれます。プラスチックも同じです。自然を破壊するような廃棄をせずに、長く使える工夫をすればいい。それが僕の考えでした」

古民家を改修したツクリの事務所兼アトリエ。様々な廃材で溢れている
愛するアクリルを自然を壊すゴミには決してしたくない。再利用によって価値を生み出す素材にしたい──。その強い思いが、新しいビジネスモデルとブランドを創り出すモチベーションとなった。そうして生まれたのが、アクリル廃材を再利用したアクセサリーのブランド「SHITSURAE」である。
2020年にブランドを立ち上げ、廃材を加工する技術開発におおよそ半年を費やした。翌21年、贈答品や生活雑貨の見本市である東京インターナショナル・ギフト・ショーにアクリル板をアップサイクルしたアクセサリーを発表し、ベストサスティナビリティ賞を受賞した。コロナ禍が始まったのが19年末であったことを考えれば、驚くほど迅速な動きだった。
「ブランドの最初のアイテムをアクセサリーにしたのは、"マスクを着用しているとイヤリングやピアスをつけにくい"という女性の声を耳にしていたからです。コロナ禍が去った時に、真っ先にほしくなるのはアクセサリーだろうと考えました。苦しかったコロナの時期を象徴するアクリル板を、コロナ禍が去ったことを象徴するアクセサリーに変える。そのことに大きな意味があると考えました」

(左)1つのブロックから切り出してつくったイヤリング。端材が出にくいデザインだ
(右)印刷物の箔押し加工の余り素材を活用したブローチ
コロナ禍が続いていた時期には、つながりのあった看板屋や水族館などからアクリル廃材を回収していたが、2023年5月に様相が突如変化した。緊急事態宣言終了が発表され、飲食店などでアクリル板を設置する必要がなくなった。その発表に合わせてマスコミの取材を集中的に受けたこともあって、アクリル板回収に関する問い合わせが殺到した。そこからのほぼ2年間は、回収作業がひたすら続いた。
「アクリル板を廃棄物として集めるのではなく、お金を払って有価物として引き受けるのが僕の方針でした。アクリルをいらなくなったゴミとは考えたくなかったからです。とはいえ、たくさんのお金を支払えるわけではないので、一枚数十円で引き取りました。それでも、回収に使うレンタカーの料金、倉庫代、人件費などを合算すれば、新品のアクリル板を買った方がずっと安上がりでした」
利益を出せるようになるまで時間はかかったが、日本にも、おそらく世界にもほとんど類例のないアップサイクルのモデルが出来上がった。「アクリル愛」に支えられた唯一無二のモデルが。

狭い空間でも使えるよう独自に改造したカッター。回収したアクリル板をこれで適度な大きさにそろえていく
アップサイクルアクセサリーの製作は、ほぼ四段階のプロセスからなる。回収したアクリル板をカットする。透明のアクリル板を他の廃材と混ぜ合わせる。そうしてできた新しいアクリル板からアクセサリーをレーザーカッターで切り出す。それを研磨して仕上げる。その四段階である。
製作プロセスのコアであり、それゆえに門外不出でもある技術がアクリルと他の素材との混ぜ合わせである。着色されたアクリル、海洋から回収されたプラスチック、布、紙、草、貝殻、木、金属、使用後のコーヒー豆、化粧品など、使用する廃材は多岐にわたる。アクリルと混ぜ合わせるサムシングを選ぶのは井村氏だが、その混ぜ合わせの結果がどうなるかは井村氏にも分からない。その「偶然性」がこのブランドの最大の魅力だ。

(左上)化粧品を有効活用した「コスメティックアクセサリー」:
テスターや季節商品など「余ったコスメ」を活用したアクセサリー。
コスメメーカーとのコラボレーションから生まれたもの
(右上)着色アクリルが生み出す華やかな色彩:
着色されたアクリルと透明なアクリルを混ぜ合わせることで、様々な色彩が生まれる。
蝶ネクタイは男性ユーザーも意識したアイテムだ
(左下)「海のゴミ」に新たな命が宿る:
すみだ水族館のボランティア活動によって回収された海洋プラスチックを使用したアクセサリー。
「海のゴミ」を「海の生き物」に生まれ変わらせている
(右下)コーヒー豆の薫香を感じさせるキーホルダー:
ドリップした後のコーヒー豆をアクリルに混ぜ合わせてつくったキーホルダー。
コーヒー好きの男性に人気があるという
「混ぜ合わせる素材が同じでも、生成される模様や質感は毎回異なるので、そこから切り出すアクセサリーはすべて一点ものとなります。偶然から生まれる一点ものの美しさを楽しんでいただきたいと思っています」
偶然に生まれるのはアクセサリーだけではない。パートナーとの出合いにおいても、井村氏は偶然性を大切にしている。
「例えば、百貨店にポップアップストアを出店すると、コロナ禍の時に使っていたアクリル板が大量に保管されていることが分かったりします。そのアクリル板を買い取り、アクセサリーにして百貨店の店頭で販売する。そんなサイクルが生まれることもよくあります」
そのモデルを井村氏は「廃材の地産地消」と呼ぶ。そういった偶然の出合いから生まれたパートナーシップは、すでに30を超えている。
環境に配慮した活動があらゆる企業に求められるようになっている現在、「エコ」という視点だけで自社の商品やサービスを差別化することは難しくなっている。必要なのは、商品の魅力であり、価値であり、ストーリーである。

(左)アート作品も制作・販売している。額縁にもアップサイクル素材が使われている
(右)鏡の破片を使用したイヤリングのシリーズ
その魅力と価値とストーリーを備えているのがSHITSURAEのアクセサリーだ。アクリルという素材の美しさ、素材の混ぜ合わせの偶然性、デザインの工夫、そしてその背後にあるストーリー。それらの要素を魅力ある商品に結実させることが自分の仕事だと井村氏は語る。自分にしかつくれない一品、自分の想いがたくさん詰まっている一品に。
創業から10年以上が経つ今も社長と呼ばれるのには違和感があるという。
「アクリルという優れた素材を使って、自分の手でいいものをつくり続けていきたい。それだけが僕の願いです。だから、アクリル職人と呼ばれるのが一番しっくりきますね」
そう言って井村氏は笑う。アクリルに魅了された一人の職人として、多くの人を魅了するアップサイクルアクセサリーをつくり続けること。その挑戦はこれからも続く。

2024年にオープンした東京・蔵前のオリジナルショップと、月島にあるツクリの事務所で取材・撮影をさせていただきました。「アクリル」と「アップサイクル」の組み合わせから生まれる多種多様なアイテムを見せていただき、社会課題から「美」を生み出す取り組みの本質を実感することができました。ショップがあるのは、築70年のビルをリノベーションした建物。店内で使われている台や棚は、物流会社が使用していたパレット(荷役台)の廃材。月島の事務所は改修した古民家──。「アップサイクル」の思想は、井村さんの活動の隅々まで行き渡っています。たんなる「リサイクル=再利用」ではなく、「アップサイクル=創造的再利用」。廃棄物から新たな価値を生み出すその取り組みは、さまざまなビジネスのヒントになりそうです。
本記事は情報誌「プロワイズ」で掲載した記事の転載です。
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