
「ていねい」の本質は感謝であり、その循環が社会に影響を及ぼしていく――。エッセイスト・松浦弥太郎氏が語る、AI時代に思考停止せず「自分の頭で考え続ける」ことの意味。失敗を恐れず外に出て体験すること、知ることと分かることの違い。AIや効率化が加速する現代、人間本来の豊かさを見つめ直すヒントが松浦氏の言葉の中にあった。

松浦 弥太郎
エッセイスト
まつうら・やたろう
エッセイスト。2002年セレクトブック書店の先駆けとなる「COWBOOKS」を中目黒にオープン。9年間『暮しの手帖』編集長を務める。その後、IT業界に転じ、(株)おいしい健康取締役就任。2016年より公益財団法人東京子ども図書館監事も務める。映画『場所はいつも旅先だった』監督。「正直、親切、笑顔、今日もていねいに」を信条とし、暮らしや仕事における、楽しさや豊かさ、学びについての執筆や活動を続ける。
―「自分の力で考える」ということを勧めていますね。ご著書のタイトルにもなっています。
10代の終わりに、海外の文化に触れてみたくて、1人でアメリカに渡りました。当時はインターネットもなく、情報量が少ない時代です。知り合いもいないし言葉も不自由だし、分からないことだらけで困り果てました。日本にいると誰かしらが気づいて手を差し伸べてくれるものです。「みんなこうしている」というものもあり、それに合わせていれば、それほど困ることはありません。でも海外では、誰も気づいてくれないし、お手本もない。独りぼっちでいろんなことに困り、その時初めて、自分の頭で考えるということを始めました。

―考えるとは、例えばどのようなことをでしょうか?
すべてです。何時に起きるのか、何を食べてどこに行くのか、誰とどういう関係性を持つのか。自分の頭で考えると過ちや失敗もたくさんします。判断次第では怒られたり嫌われたりもします。全部自分の責任下において考え、決めなくてはいけない。本当の意味で、自分の力で意思決定するということを、10代の終わりに始めました。それが今につながる原点だと思います。
―松浦さんは「基本」も大切にしていますね。ご自身の会社の名称も株式会社キホンです。"常に真ん中にあるもの" "立ち戻れる場所"と表現されていますが、今の松浦さんのスタイルを形づくる基本は、どのようにつかんだのですか。
つかんだというより、いろいろな経験をして自分で確かめる中で、こうかもしれないと考えたもので、「これが正解」「僕の基本はこれ」というものではありません。
「これが正解だ」と決めてしまうと、思考が停止します。停止してしまうと、よほどの失敗がない限り、人は変化することができません。思考停止は、人間として注意しなくてはいけない状態だと思っています。僕は基本そのものを、ポジティブな意味で常に疑っています。もっとほかにも考え方があるんじゃないか、違う世界があるんじゃないか、と。

―昨今、サステナビリティや持続可能性に取り組む動きが活発です。どう見ていますか。
サステナビリティ、持続可能といった意識は、本来一人ひとりの心の中にあるものだと思います。それが、何ごとにおいてもスピードと効率化が求められる文化になる中で、優先度が低くなっていた。ヒエラルキーのようなものを意識すること、競争して勉強し、仕事をし、社会に関わることが、優先されるようになっていたのです。
でもそれによって失われたものがあることに、社会全体がこの十数年で気づき始めた。本来自分たちが持っていた、持続可能というような意識を、もう一度立ち返って言語化し、生活においてもビジネスにおいても忘れないようにしよう。その考えの表れが、近年の動きだと僕は解釈しています。
―一方、サステナビリティなどの言葉に、嫌気がさしているという声も聞きます。
そういう人は、もしかしたら、自分なりに物事を考えているのかもしれません。自分の中に、サステナビリティより優先したい価値観があるから、耳障りに感じるのだと思います。優先したいことは何か、立ち止まって考えること、そしてもう少し広い視点で社会を見て情報収集してみること。そうすると、自分なりのサステナビリティの解釈を見つけられるのではないでしょうか。
―松浦さんは、「今日もていねいに。」を信条に掲げています。ていねいに暮らすことは、モノやコトの価値を長く保たせるという点で、持続可能性と同義語と捉えていいでしょうか。
「今日もていねいに」は、僕が20代の終わりに見つけた言葉です。当時、僕はフリーランスで、ある種の自由を手に入れていたのですが、自由というのは不自由でもあり、自分なりのルールをつくらないと、何とも心地よくない。生活の道しるべになるものはないかと探した時に、この言葉を見つけました。
それからずっと文書の最後に、「今日もていねいに」とつけ加えていたのですが、当時はていねいの意味が分かっていなかった。聞こえの良さで使っていただけです。でも日常的に使うと、そのうちていねいとはどういうことかと考えるようになるわけで、いろいろと試行錯誤を続けました。ていねいとは、静かにモノを扱うことなのか、きちんと挨拶することなのか。もっと所作に気を配ってみようとか。
結局40代半ばになって、「こういうことなんじゃないか」と気づき始めました。それは、感謝することです。すべてに感謝し、その気持ちを表現すること。いいことだけではなく、嫌なことにも感謝をする。なぜなら嫌なことも学びになるからです。そこに全肯定の意識があります。

松浦さん愛用のバッグ
―確かに、モノを使う時、人と関わる時、感謝の気持ちがあればおざなりにはしません。
そうですね。そして僕が誰かに感謝を表すことで、その人が他の誰かに対して同じように感謝し、感謝が循環していくこともあり得るんじゃないかと思います。そういうささやかな循環が社会に何かしら影響を及ぼし、いつか生活文化になっていくのではないかという気も少ししているんです。
―誰もが当たり前のこととして、人やモノ、コトにていねいに向き合う社会は、きっと循環可能な社会だとイメージできます。
僕は、あらゆるものにありがとうと思えることが、一番の幸せだと考えています。みんなが感謝を精いっぱい表して循環させていく社会になれば、すごくいいなと思います。

―現在は"コスパ"や"タイパ(タイムパフォーマンス)"という言葉が日常的に使われるなど、効率性が非常に重視されます。
人間がどんどん機械化していると感じます。文章の表現、言葉遣い、考え方まで、AIがつくり出す基準に人間が合わせるようになっている。機械やシステムに合わせていると、あるいは時代に合わせていると、失敗しないし悩まなくて済むからいいという考え方もあります。それが悪いわけではありませんが、どこまで機械に頼るのか、どこまで時代に合わせるのか、自分なりにバランスを考えることは大事ではないでしょうか。
―自分でバランスを考える?
例えば"タイパ"といっても、仕事の効率を高めて、空いた時間に何をするのか。自由に使っていいとは思いますが、自分はこういうことに時間を使うのだと考える。例えば一時的にある仕事に結構時間を使わなければいけない時があっても、どこかのタイミングでそれを取り戻すための休息の時間をつくる。常にプラスマイナスゼロにしていくバランス感覚を持っておくことは必要ですよね。偏るとやっぱりどこかに犠牲が生まれるので、偏らないように注意する。今自分がぶつかっている時間は何なのか、投資なのか、浪費なのか、消費なのか。そういうふうに客観視して意識するということはすごく大事ですよね。
―あらためて、自分で考えることはなぜ大切なのでしょうか。
自分で考えなくても生きていけます。でも、先ほども話しましたが、何も考えずに、もしくは思考を停止させたまま、時代に流されていると、成長できないし、主体性が退化してしまう。時代が変わり「正解」が変わるとよりどころがなくなってしまいます。自分で考え自分で決めることが、人間性を取り戻す方法だと僕は考えています。

―現代は失敗に関して不寛容だといわれます。特に経営者や管理職者は、ハラスメントを危惧し、考えたことを飲み込んでしまうことも多いようです。
今の時代は、誰かを傷つけること、嫌な思いをさせることに関して、すごくデリケートになっています。これから先、個人の人間性を尊重する意識はもっと高まると思います。誰かに対する態度や言動には、今以上に注意すべきでしょう。
それ以外は、僕は個人的に、失敗が多い人の方が価値があると思っています。失敗は新しいことに挑戦した結果だからです。前進のために試行錯誤したからこそ失敗したわけで、失敗から学んだことはその人のスキルになっているはずです。グローバルでも、失敗が多い人ほど人間性があり魅力的だと受け止めます。
「失敗を恐れるな」というと月並みな表現になってしまいますが、人間の機械化が進むこれからの時代だからこそ、いかに失敗できるかが重要だと思います。

―失敗をポジティブに受け止めたり、嫌なことにも感謝したりするのは難しいものです。
心がければできますよ。習慣づけです。嫌なことをされても、「自分には分からないけれどよほどの理由があったのだろうな」と思うと、受け止められます。
―企業もサステナブルな成長をめざしています。経営者がすべきことは何だと考えますか。
企業としての人間性を明らかにすることです。何をもって世の中に貢献するのか、自分たちの哲学を表明すること。例えばスターバックスコーヒーは、コーヒーそのものより「第3の居場所」を提供していて、アップルはパソコンではなく、いわば創造性を売っているといいます。自社が社会に提供するものは何か。みんなが投票したくなるような事業の哲学を、経営者がどれだけ深く考え、見いだせるかが大事です。
―それには、経営者自身の人間性も重要な要素となりますね。どのように磨き、高めていくべきでしょうか。
繰り返しになりますが、やはり思考停止に注意しなければいけないと僕は思っています。「自分が間違えているかもしれない」という意識を持つという表現が近いかもしれない。ただ「今はこう考えるのが適切かもしれない」と思うだけ。そして常に考え続ける。分かったつもりにならないことが大事かなと思います。

―ある程度の年齢になると、自分の間違いや自分に足りないものに気づきにくくなります。
それは、学び始めると分かります。本を読んだり人に話を聞いたりして学び始めると、「自分は分かっていなかったな」「まだまだ勉強不足だな」と気づき、そこから変化が始まります。
ただし、気をつけたいのが、「知っていることと分かることは別物だ」ということ。本やパソコンを眺めると、世界中の景色は見られるし食べた人の気持ちを知ることもできる。でもそれに留まっているのは、人間が機械化していく怖さがある。
―知るだけで満足してはいけない?
分かることが大事です。分かること自体の喜びも大きいし、分かったことで行動が変わり、新しい出合いもある。新しい社会貢献の方法も見つかると思います。
分かるには、体験が必要です。手を動かして書いてアウトプットするのもいい方法ですが、僕は出掛けることを勧めたい。移動の距離とその人の人間的な魅力は、間違いなく比例します。家から出て移動し、景色を見て音を聞く。人と会って話をするかもしれないし、どこかで何か学ぶかもしれない。迷い失敗もする。予測しないことに出合うのです。
また旅に出れば一人きりになる。一人きりになると自分と向き合う時間がある。自分はできると思っていたことができないとか、こんなことに強かったんだとか、こんなことに弱かったんだとか、そんなふうに自分自身のことを知る機会になるのが、旅の良さの1つでもある気がします。
経営者も、若い人も、臆せず外に出掛けてほしいと思います。

取材中、松浦氏は一つひとつの言葉を丁寧に選びながら語ってくださいました。その姿勢こそが「考え続ける」ということなのだと実感しました。効率重視の時代だからこそ、立ち止まって思考する大切さを教えていただいた貴重な時間でした。
また「一瞬、相手の言うことや態度が理解できなくても、よほどの事情があるんだろうなと考えると、嫌なことも受け入れられる」と、松浦さん。社内外で意見の対立が生じても、この観点を持つと冷静に対処できる気がします。そのためには、まず自分自身がどう考えているのか、自分に向き合う時間も必要だと気づかされました。自分の時間の使い方や暮らし方を顧みるきっかけを得た取材でした。