
毎年1月に北米ラスベガスで開催される世界最大のテクノロジーの見本市「CES」。フィジカルAIをキーワードに、ソフト中心のAI開発からハードとの二人三脚へと変化しています。人間と空間をシェアするフィジカルAIには高い安全性と信頼性、ガバナンスが求められるため、それらの分野で信頼を勝ち取ることが日本企業の勝ち筋になるかもしれません。技術的な対応にとどまらず、コストも含めてどう差別化していくのかが課題と言えそうです。

市川 博一
株式会社日立ソリューションズ
経営戦略統括本部
事業戦略本部
本部長
日立ソリューションズ入社後、製造業向けSI、大手商社・サービス企業向け企画業務を担当。2010年からアメリカ・シリコンバレーへ赴任し、新規商材発掘業務を担当。2017年に帰国し、アメリカでの活動支援や、スタートアップ創出制度の設計・運用を担当。現在でも年に10回ほど渡米し、現地でのトレンドをウォッチしている。

田中 秀治
株式会社日立ソリューションズ
経営戦略統括本部
事業戦略本部
戦略アライアンス部
イノベーションストラテジスト
日立ソリューションズ入社後、サービス事業開発、グローバル情報通信基盤更改案件などのプロジェクトを担当。2018年より、海外アライアンス事業における事業開発を担い、2021年よりシリコンバレーに赴任。スタートアップ協業、日系企業との新規事業協創活動に従事。2023年7月よりシリコンバレーのサンマテオオフィス責任者。2025年8月に帰任後、現職。
毎年1月に北米ラスベガスで開催される世界最大のテクノロジーの見本市「CES」。出展者数(※1)は2025年の4500社から減って4100社でしたが、参加者数(※1)は14万2000人から14万8000人と、やや増加しました。主催団体CTA(※2)は毎年、その年に注目すべきトピックスをまとめたレポートを出しています。2026年版は冒頭に「生産性」を挙げ、米国では63%の人がAIを業務に活用し、それによって「週平均8.7時間の時間ができた(※3)」と報告しました。
以前はAIに対してあらゆる可能性が示唆され、夢のある展示も多くありましたが、実現できないものも多かったためか、今年は数年先に市場に出せるアイテムや確実に実現できる技術へと、全体の方向性が変わってきました。実際に会場は、コンセプト展示が多かった前回と違い、どのような場面でAIを扱うのか、実社会におけるAIの位置づけをわかりやすく表現した展示が多数みられました。
今年のキーワードは何といってもフィジカルAIです。人型ロボットはもちろんフィジカルAIですが、ハードウェアに搭載したAIがセンサーなどから取得する現実空間の諸条件を元に自律的に判断し実行すればいいので、掃除ロボットや芝刈り機などもそこに含まれています。
会場にはボクシングで対戦する人型ロボット(下記イメージ①)や、開催地ラスベガスにちなんでカジノをするロボットなどもありました。

①人型ロボット出展は中国系企業が多数
数ある中でも目を引いたのが洗濯物を畳むロボットでした。柔らかく形状の安定しない洗濯物を、繊細な動きでさばく様子は見ごたえがありました。また、四つ脚ロボットは段差など足場が悪い場所でも軽やかに移動することができるので、工場内の危険なエリアや作業しづらい空間にも対応できそうで、実際の利用場面が容易に想像できました。
これまでAIはソフトウェア分野を中心に進化してきましたが、フィジカルAIではハードウェアが必要不可欠です。しかも、ソフトの性能だけが良くても、ハードだけが強靭でも不十分で、双方がバランスよく噛み合っていなければなりません。フィジカルAIの進化には継続してハードを動かしながら、メンテナンスを重ねていく必要があるのです。フィジカルAIは既存の産業用ロボットと違って動作環境を選ばず、多様な作業ニーズに答えられる汎用性を備えているのが特徴です。今回のCESはそう遠くない将来、洗濯物を畳めるようなロボットをエンドユーザーに提供できることをアピールする場になっていて、特徴的だったのは中国系企業が多かったことです。ざっと数えた限りでは人型ロボットを出展した企業が40社以上で、そのうち約35社が中国系企業でした。しかも、人型ロボットを既に販売している企業もあり、価格はなんと4900ドルと破格。購入したユーザーの期待にどこまで応えられるかはわかりませんが、中国系企業が汎用ロボットを量産できるようになったことは日本にとっても大きなインパクトになるでしょう。
とは言え、フィジカルAI市場はまだまだこれから。産業用ロボットをグローバルに展開する日本企業の今後は気になるところです。人間と空間をシェアするフィジカルAIには高い安全性と信頼性、ガバナンスが求められますから、それらの分野で信頼を勝ち取ることが日本企業の勝ち筋になるのかもしれません。技術的には対応できるとして、あとはコストも含めてどう差別化していくのかが課題と言えそうです。
近年は自動車メーカーの出展が減り、今回日系企業で目立っていたのは2026年内に米国カリフォルニア州で納車開始予定のSONY HONDA MOBILITYでした。車というハードにAIを搭載する自動運転車はフィジカルAIそのものです。先日、米国サンフランシスコで発生した大停電の際にはアルファベット傘下のウェイモ社の車両が路上で動かなくなるアクシデントが起こりました。こうした想定外の事態にも対応するAI技術が早晩登場することでしょう。
モビリティ領域を中心に存在感を増しているエヌビディア社は専用会場を設けており、メルセデス・ベンツ社と共同開発した運転支援技術に加えて、デジタルツインを活用したデジタルファクトリーについても展示。キーノートでは「AIファクトリーというコンセプトを、すべての産業に提供したいとの考えを語っていました。
また、中国ハイセンス社はAIエージェントによるスマートホーム体験を、サムソン社は生活空間そのものをAIエコシステム化することなどを提案していました。これから家電などにもAIが搭載され、ユーザーにとって使い勝手が良いように最適化されていく一方で、モノとモノがつながる世界が始まります。自宅内の家電がすべて同じメーカーに統一されているとは限りませんから、空間最適化のためには異なるメーカーの製品同士をつなぐ必要も出てきます。AIエージェント同士がつながるA to Aプロトコルが開発されているのと同様に、家電同士をつなぐ技術開発が進みそうです。
そのほか注目しているのがウェアラブル端末です。10年以上前にGoogle Glassの登場で沸いた後は低迷傾向でしたが、米国ではメタ社とRay-Banが共同開発したスマートグラスの販売が好調のようです。AIグラスの登場で、単なるディスプレイから役立つグラスへと進化しています。(下記イメージ②)

②単なるディスプレイではなく、AIグラスによる役立つグラスへ進化
また、ヘルスケア分野も要注目です。50歳以上を対象にした米国の会費制NPO「AARP」ではスタートアップ支援活動を展開し、会場にブースを設けていました。支援の対象になるのは視力の低下を補完するAIグラスなど、日々を楽しく過ごせるようにするテクノロジー開発で、年齢に縛られない幸せな暮らしが提案されていたのが印象的でした。超高齢化が進む日本でこそ、こういったテクノロジーの開発が進むことに期待したいです。