
AIが仮説を立て、答えを導き出すことが当たり前になりつつある今、私たちは「考える」とは何かを改めて問われています。生命知能と人工知能の違いとは何か、人間にしか担えない役割とは何か。東京大学大学院情報理工学系研究科の高橋宏知教授が、人間の知能の本質からAI時代における思考と学びのあり方を紐解いていきます。

高橋 宏知氏
東京大学
大学院情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 生命知能システム研究室
教授
たかはし・ひろかず
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。福祉工学、感覚代行、聴覚生理学など医学・工学の境界領域の研究に従事。東京大学先端科学技術研究センター講師・准教授などを経て現職。著書に『生命知能と人工知能』など。
―数年前、『生命知能と人工知能 AI時代の脳の使い方・育て方』という著作を出版されましたが、「生命知能」というワーディングにドキリとしました。
私は以前、東京大学先端科学技術研究センターで働いていました。その時の所属が「生命知能システム分野」。ですので、このタイトルは何代か前の先生によるネーミングです。同分野が生まれたのは「AI冬の時代」といわれた時期ですが、当時の先生はAIの発展に伴い、人間の知能が相対化される未来を見通していたのでしょう。
―「知能」とは何か。研究者の間で、その定義は存在しているのでしょうか。
定義はありません。恐らく「美」とは何かを問うのと同じようなものです。「芸術は科学の対象にならない」という研究者もいますが、他方、知能が科学の対象であることへの疑問の声はほぼありません。不思議なことです。芸術と知能、いずれも曖昧な概念で、人によって定義も異なります。例えば、「賢い」には多くの軸があります。小さな子どもがいたずらをして、叱られると思ってしょんぼりしている姿を見て、子どもの成長を感じた親は多いはずです。特定の行為の後で叱られるという予測をできなかった子どもが、ある日、予測する能力を身に付けた。親は「賢くなった」と喜ぶのではないでしょうか。知識の量だけでなく、「賢い」には様々な軸があります。知能も同様です。
―人工知能と生命知能の本質的な違いは、どのようなものでしょうか。
現在の人工知能は「自動化」の技術であり、生命知能は「自律化」のためにあると私は考えています。答えのある問題を解く競争をすれば、解答に至るまでの速さ、正確さにおいて私たちはAIにかないません。しかし、AIは何を計算すべきか、何を予測すべきかという目的を決めることはできません。それは生命知能の領分です。目的を持つことを、問いをつくる能力と言い換えてもいい。ただし、両者は相対立する知能ではありません。人間の知能には両方の性質が共存しています。一方、AIは自律的な性質をほとんど備えていません。
―「ほとんど」という部分が気になります。
科学におけるAI活用の話をしましょう。近年、"AI for Science"という考え方が注目されています。かつて「科学は仮説を立てて立証すること」と言われ、それが当たり前と考えられていました。現在はAIが仮説を立て、その仮説を人間が実験などを通じて立証するケースも多くなってきました。AIが立てた実験計画に従って、研究者が実験をすることもあります。仮説を立てるためには膨大な先行研究を読み取る必要がありますが、AIには生命知能をはるかに上回るキャパシティがあります。科学だけでなく、仮説構築力においてAIが人間を凌駕する分野は少なくないと思います。
―仮説の前段階にテーマ設定があります。テーマ設定は目的に近接していますが、この点はどうでしょうか。
研究者はどのようなテーマが面白いか、社会的インパクトにつながるかを考えています。その上で、自分の研究の方向性を定めます。こうしたテーマ設定においても、メディア上での議論や学界の動向などの情報をインプットしたAIは、ある程度妥当な方向を提案してくれます。AIが提示した3案の中から1つを選び、自分の研究テーマとする研究者もいるでしょう。こうした状況を見ると、「AIに目的を決めることはできない」と断言することには若干の躊躇があります。もちろん、AIの提案を受け入れるかどうかを決めるのは人間です。その意味では、目的設定は研究者のものであり続けます。その決定権が、人間の自律性の最後の拠り所といえるかもしれません。

―今後、個々のスキルがAIに代替されるかどうか、特に若い世代は非常に意識していると思います。
すべての職種・職能は多かれ少なかれ、AIの影響を受けるでしょう。先ほど話したように、研究者も同様です。ただ、研究者の仕事の仕方は変わっても、研究者という職業がなくなるわけではありません。目的やルールを決めたり、ユニークな問いを見いだしたりするのはAIではなく、これからも生命知能の役割だと思います。
―研究者の場合、AI時代における自らの存在意義をどのように見いだそうとしているのでしょうか。
私自身を含め、多くの研究者が危機意識を高めています。「こうすればいい」というシンプルな答えはありません。個々人が悩みながら、自分なりの道を模索する他ないでしょう。私が危惧するのは、研究の多様性です。人間の社会は多様性によって支えられてきました。多様性は進化の原動力でもあります。研究者の世界も実に多様です。スター研究者もいれば、何十年も日の当たらない場所で努力している研究者もいる。ある日突然、地味な研究にスポットライトが当たることもあります。"AI for Science"の動きが強まる中、最近は多くの研究者が同じようなAI、例えば、ChatGPTやGemini のようなメジャーなツールを使っています。これまでは、研究者がインプットする情報(論文や自分の考えなど)に違いがあり、それが多様な研究テーマにつながった面があります。しかし、AIが仮説を立てるようになると、皆が同じことに注目するようになり、その結果として、研究テーマの多様性が薄まるでしょう。ただ、他人と同じような研究はいずれ淘汰されます。楽観的かもしれませんが、生き残りをかけた研究者がやがて、新しい研究スタイルを生み出してくれると思っています。