
環境経済学者として、気候変動や環境問題を経済学で分析する研究を行っている一橋大学の横尾英史氏。途上国の貧困問題の解消にも取り組むなど、環境・人・地域コミュニティを横断する視点で環境政策のデザインを探求してきた。その横尾氏が一貫して重視するのが、「未来世代」の目線に立ち、社会全体の持続可能性を問い直すという視点だ。まだ生まれていない人々の幸福を起点に、今という時代に何を選択すべきかを横尾氏に聞いた。

横尾 英史
一橋大学大学院経済学研究科
准教授
よこお・ひでふみ
2005年京都大学経済学部卒業。10年同大学院経済学研究科博士後期課程修了(経済学博士)。専門は環境経済学。国立環境研究所資源循環・廃棄物研究センター、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学研究系などを経て、23年より現職。スウェーデン・ヨーテボリ大学や国立環境研究所などで客員研究員を務める。
―環境経済学とは、どのような学問なのでしょうか。
気候変動をはじめ、生物多様性、途上国における大気汚染や廃棄物、さらには放射性廃棄物など、あらゆる環境問題を対象とする経済学です。
経済学は正しく理解されていないことが多いのですが、私は「経済学は選択を研究する学問だ」と説明しています。個々人の選択、組織の選択、政府の選択についてデータを集め、定量化し、数理モデルを構築することで環境に関する経済現象を理解しようとするのが現代経済学です。このような経済学を使って環境問題を捉え、環境政策のデザインなどを行うのが環境経済学です。

―先生は途上国の貧困問題にも取り組んでいます。
環境学のなかには経済活動を抑制して環境を守るべきとする環境保全重視のアプローチもありますが、私の関心領域は少し異なっていて、環境問題や気候変動対策というアプローチから、貧困や飢餓の削減に取り組みたいと考えてきました。
インドネシアの廃棄物問題に関するJICA(国際協力機構)との共同研究では、地域コミュニティでゴミを収集する仕組みづくりを研究しました。途上国においては貧困が環境汚染につながり、地球温暖化にも影響します。しかし、現地に住む人たちには将来の気候変動の前に、ゴミ収集という喫緊の課題があるのです。そのため現地の状況に即したアプローチが必要でした。
―サステナブルな社会をめざそうとすると、人間には我慢が強いられるイメージがあります。環境経済学の立場から見て、人がより良く生きることと、持続可能な社会の実現はどうつながるでしょうか。
社会全体でサステナブルに発展することを考えるならば、我慢を強いられる人も出てきます。誰かがある程度我慢することで社会全体として何かが増える、またはより平等になるというトレードオフの関係です。
経済学は時に冷徹で、リアリスティックな学問なので、私たちは社会全体の便益(ベネフィット)と費用(コスト)という考え方で議論をしています。倫理学や政治哲学のように社会にとって望ましいことを追求する学問領域もありますが、私たちはフィールドワークや様々な調査データなどを通じて人々の価値観や幸福度などを定量化します。それらを足し合わせ、社会全体の便益を議論する点が、この学問分野の考え方の核心です。

経済学は個人や社会の選択について数学的に読み解く学問。環境に関する人々の営みを数式で表す
―先生は「未来世代」にフォーカスすることを重視しています。
今の視点で未来を考えようとすると近視眼的になり、現在の制約にとらわれた発想になりがちです。そのため、私は将来を生きる未来世代の視点で現状を俯瞰し、現在に向けてメッセージを送る「フューチャー・デザイン」という考え方を大切にしています。
気候変動によってダメージを受けるのは、将来の地球で生きる「未来世代」です。気候変動の原因の1つである化石燃料に関しては、現時点で排出した二酸化炭素が100年先、200年先にどう影響するかを考えます。社会が化石燃料の代替として原子力発電に頼る場合は、1000年先まで見据えて放射性廃棄物を安全に保管する議論にもなります。気候変動の問題は、公害などの他の環境問題よりもはるかに長いタイムスパンで捉えなければなりません。
―企業が「未来世代」にフォーカスする時、どのような視点を持つといいでしょうか。
「未来世代」と呼べる人の数は膨大でキリがありませんから、2027年生まれの人について考えてみるのはどうでしょうか。今おなかの中にいて、来年生まれてくる人に思いをはせてみると分かりやすくなると思います。
日本の平均寿命は、男性が81歳、女性が87歳ですから、医療がさらに進歩することを見越して90歳まで生きるとします。そうすると、2027年生まれの人は2117年まで生きることになります。それまでの人生では様々なライフイベントがあり、彼らが23歳になるのが2050年です。その子たちが成人式を迎えたり、社会人として働き始めたりする時を想像すると、楽しみになりますよね。その日から逆算して、今何をするか考えるのであれば、少しはイメージしやすくなるのではないでしょうか。

―2050年を起点として考えた時、どのような領域で「持続可能性」と「人や社会が輝けること」を両立する価値を生み出せるでしょうか。
2050年は多くの国が二酸化炭素排出を実質ゼロにするネットゼロの目標としている年です。日本でも2050年を目標として、産業界を含む日本の社会をカーボンニュートラルにしようという方向へ進んでいます。2026年度からは、GX(グリーン・トランスフォーメーション)推進法に基づいて「排出量取引制度(GX-ETS)」が開始しました。この制度についてまだ知らない方もたくさんいますが、対象となる企業(前年度までの3カ年度平均で10万トン以上を排出)はすでに対策を始めていると思います。
このような制度は、化石燃料を使っている企業にとっては制約になり、二酸化炭素排出によるコスト増につながるというネガティブな面もあります。一方で、クリーン水素による新しい産業、再生可能エネルギー関連、さらに排出量取引に関するコンサルタントなどの新しい市場ができてきますから、こういったところにビジネスオポチュニティがあります。
―持続可能性や未来世代の幸福を「自分事」として捉えるにはどうすればいいですか。
先日、国立環境研究所がCode for Japanと共同で「じぶんごとプラネット」というWEBアプリをローンチしました。個々人の生活が気候変動に与える影響について知り、見直して、行動につなげるきっかけを提供するものです。私たちはこのアプリユーザーのデータを収集し、行動変容への影響などを調べようとしています。
他人の行動を変えることは容易ではありませんが、自分事にするようなテクノロジーの開発にはこれからも協力していきたいですし、そこには可能性を感じています。

―企業が未来世代にフォーカスすれば、自社と社会のサステナビリティを両立できるでしょうか。
社会全体としては未来世代のことをもっと重視すべきだと思っていますが、個々の企業も同じように考えるべきかといえば、必ずしもそうではないはずです。企業には顧客や株主、従業員といった様々なステークホルダーが存在しており、未来世代を優先するのは簡単ではなく、めざす方向性は政府とは異なります。
そもそも企業のサステナビリティと社会としてのサステナビリティは別物です。もちろん地続きの部分もありますが、極端な話、国家にとって企業の栄枯盛衰はそれほど重要ではありません。企業の存続延命は社会にとって重要ではないどころか、経済学的な観点では害悪になるとさえ指摘されています。個々の企業は人の集まりに過ぎず、たとえ一つの企業がなくなっても新しい企業が生まれてくるもので、国の存続には影響しません。
未来世代にフォーカスするのであれば、企業としてのサステナビリティとは別のものとして、社会全体でのサステナビリティに貢献できる組織であることをめざしてほしいと思います。
―未来世代の視点を企業の意思決定に組み込むために、ビジネスリーダーは何をすべきでしょうか。
「未来に予算をつける」という考え方があります。ハンガリーには持続可能な発展と未来世代の利益を保護するための行政監視機関(未来世代オンブズマン)がありますし、日本でもフューチャー・デザインに基づいた政策を市民とともに検討している自治体があります。
企業の場合は、未来の顧客を想定して事業を検討するプロジェクトを立ち上げたり、10年後の新入社員をどう集めるかといった話し合いをしてみたりするやり方は面白いかもしれません。
経営者が時間や予算を「投資」に費やすということは、最も未来志向的な考え方です。まずは未来世代を見据えた「投資」について、真剣に考えてみるといいのではないでしょうか。

横尾氏は、100年、200年というタイムスパンの気候変動対策を「自分ごと」として考えるには、未来世代の視点に立つことが大切だと話してくださいました。遠い未来のことを身近に引き寄せるその視点に、取材中ハッとさせられました。
また「経済学は個人や社会の選択について研究する学問だ」という言葉も印象的でした。気候変動対策という大きなテーマも、突き詰めれば私たち一人ひとりの選択の積み重ねです。未来世代のことを思い浮かべながら日々の選択に向き合う視点を、読者の皆さまにもお届けできれば幸いです。
本記事は情報誌「プロワイズ」で掲載した記事の転載です。
日立ソリューションズでは、毎号さまざまな特集を組み、各界の第一線で活躍するゲストの提言や当社の取り組みなどを掲載する情報誌「プロワイズ」を、年4回発刊しています。旬なキーワードをテーマに、ビジネスに活かせる有用な情報から一息つけるコンテンツまで、幅広く無償でお届けしてまいります。
バックナンバーをデジタルブック形式、PDF形式でも公開しておりますので、ぜひご覧ください。
https://future.hitachi-solutions.co.jp/series/about/prowise_digital/