
膨大な知識を持つAIの普及により、人間の居場所が小さくなったと感じる人は多いのではないか。これからの時代、人はどのような役割を担うことができるだろうか。また、ビジネスにおいて、AIがもたらすリスクとは。生命知能と人工知能を行き来しながら研究を続ける東京大学大学院の高橋宏知教授に聞く。

高橋 宏知氏
東京大学大学院
情報理工学系研究科 知能機械情報学専攻 生命知能システム研究室
教授
たかはし・ひろかず
東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士。福祉工学、感覚代行、聴覚生理学など医学・工学の境界領域の研究に従事。東京大学先端科学技術研究センター講師・准教授などを経て現職。著書に『生命知能と人工知能』など。
―AIの技術的な側面について、研究者として気になることはありますか。
AIの世界では、「スケーリング則」が知られています。コンピュータの計算量やデータ量などの規模を増やすほど、回答精度などの性能が高まる。あくまでも経験則であり、何らかのロジックによって導かれたものではありません。そこにある種のメカニズムがあるとすれば、それが何なのか非常に気になります。
―生命知能ではどうでしょうか。脳のサイズは性能を決定しますか。
ネアンデルタール人の脳は、ホモ・サピエンスよりも大きかったと考えられています。しかし、絶滅しました。生き残った人間との違いは何だったのでしょうか―。ジョセフ・ヘンリックは『文化がヒトを進化させた』(白揚社、2019年)で、興味深い仮説を提示しています。ネアンデルタール人はある面では、人間より賢かったかもしれません。一方の人間は賢さだけでなく、別の特異な性質を備えていたというのです。それが模倣する力です。赤ちゃんを見れば分かりますが、人はまねをすることで学習し成長する。人間の本質は模倣する力であり、それによって形成される社会性であるとヘンリックは考えました。
―まねをする能力なら、AIにも備わっていますね。
AIの学習・模倣能力の速度と量は圧倒的で、人には勝ち目がありません。今もAIは人類が長年かけて蓄積した知識を、猛スピードで学習しています。よくいわれることですが、人が勝負できるのは「問う力」です。質問力を鍛えて、AIを使いこなすことです。
―中には、便利なAIに頼り切る人もいるでしょう。人間の退化を心配する声も聞こえてきそうです。
小学生でもスマートフォンの計算機能や電卓を使いますが、一方で四則演算を習ったり、九九を覚えたりします。AIが学習し「考える」からといって、学習や思考を丸投げするわけにはいきません。AIは極めて高い性能を持っていますが、そのアウトプットを最終的に評価できるのは人です。人に一定以上の能力があるから、評価することができる。その意味では、人の従来の能力を向上させるためのAIの利用を考えるとよいかもしれません。例えば、仮に学生がAIに書かせたレポートをそのまま提出して「優」をもらったとしても、本人のスキルアップにはつながりません。逆に、AIを使いながら独自の問題意識を掘り下げ、深く隠れていた岩盤をうがつ学生もいます。AI時代だからこそ、自ら学ぶ人とそうでない人の差は広がっていくのではと考えています。
―自ら学ぶ姿勢は大事だと思いつつ、踏み込みが足りない人は多いかもしれません。
これまで分析できなかったこと、予測できなかったことが、ある日できるようになれば、それは誰にとっても楽しいことでしょう。本来、人間には知ること、学ぶことを楽しいと感じる性質が備わっています。AIは大量の情報を学習しても、楽しいとは感じません。楽しいと感じることができるのは、人間の特権であり大きな強みではないでしょうか。
―AIがビジネス活動に浸透しつつある中、企業が今後注意すべきポイントについてうかがいます。
例えば、メールの文面をAIに書かせている人は多いと思います。メールを受け取った相手も、おそらくAIに「角が立たないように、先方の申し出を断りたい」などと指示をして、返信メールをつくっているのでしょう。そんな時代、隣の人もAIを使っていることを強く意識する必要があります。このことを忘れると、AIの提示した一見斬新なアイデアに振り回されるリスクもあります。競合企業もまた、AIに似たようなアイデアを授けられているかもしれません。
―AIを活用するためには、AIリテラシーも高める必要がありますね。
人間社会が発展した土台には、多様性があります。成長する企業の多くも同様でしょう。バックグラウンドや考え方の異なる人がいて、互いに補完し合いながら進化する組織は強い。大きな環境変化に直面した時は、傍流の異才にバトンタッチして危機を乗り越えることもできる。人財の多様性が、戦略オプションや施策のアイデアの多様性を担保します。しかし、すべての社員がAIを活用するようになると―活用すること自体は問題ありませんが―、似通った選択肢ばかりが提案されるようになるかもしれません。なぜなら、世界的に人気のある高性能のAIプラットフォームは、ごく少数だからです。AIで多様性が痩せ細るリスクは認識しておくべきでしょう。
―最後に、問う力はどう鍛えればいいのか、ご意見をお聞かせください。
勉強する他ありません。特に、幅広い教養を身につけることが重要です。例えば、哲学や文学の古典を読む、外国語や数学を学ぶ。そうした学習が生命知能の成長につながります。教養の知識量ではAIにかないませんが、人間は教養から導かれる質問の質で勝負することができる。自分らしい問い、独創的な問いを見つけるためには、迂遠なようですが教養の土壌を豊かにすることが近道だと思います。
本記事は情報誌「プロワイズ」で掲載した記事の転載です。
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