
欧州最大級のテクノロジーカンファレンス「Viva Technology」で紹介されたAI活用の最新動向についてご紹介します。企業やスタートアップによる取り組み、産業への実装事例、地域ならではの考え方など、多角的な視点からAI活用の動向をお届けします。

今野 美咲
Alliance Specialist
Innovation Sourcing
Hitachi Solutions Europe, Ltd
日立ソリューションズ入社後、SAPやマルチクラウドのインフラ周りの設計・構築に従事。2025年10月からHitachi Solutions Europeにて業務研修中。欧州の新規商材発掘・トレンド調査業務を担当。

齋藤 里央
Alliance Specialist
Innovation Sourcing
Hitachi Solutions Europe, Ltd
日立ソリューションズ入社後、Microsoft CRMの設計・構築やプレ活動に従事。2025年10月からHitachi Solutions Europeにて業務研修中。欧州の新規商材発掘・トレンド調査業務を担当。
毎年フランス・パリで開催される欧州最大級のスタートアップとテクノロジーのカンファレンス「Viva Technology(以下、VivaTech)」。第10回を迎えた2026年は6月17日から20日まで開催され、165の国と地域から約20万人(※1)が参加しました。昨年の18万人(※2)から大幅に増加しており、このカンファレンスへの関心の高まりがうかがえます。
今年も話題の中心はAIです。イベント全体のテーマ「Artificial Intelligence, Impact, Not Illusion」には、見せかけではなく実質的な「効果・価値」を追求する姿勢が伝わってきます。欧州では、AIに対するアプローチの起点が米国とは異なる傾向があります。米国がビッグテック主導のもと、基盤モデル(LLM)の性能向上や汎用的なプラットフォームの市場支配を優先する「技術・スピード起点」であるのに対し欧州は「ルール・価値観起点」のケースが多いようです。
欧州ではまず、AI規制を定めた「欧州AI法(EU AI Act)」とプライバシー規制である「EU一般データ保護規則(GDPR)」によって安全基準の枠組みを固め、その信頼性が担保された領域内で、自国が誇る独自の伝統技術や高度な専門データを掛け合わせています。外部に情報を流出させないために汎用AIにすべてを委ねず、自前の「Sovereign AI」として産業に深く組み込もうとしている点が欧州の特徴であり、その戦略は米国とは大きく異なります。

今年で10周年を迎えたVivaTech
VivaTechには4500社(※1)以上の企業が出展していました。その中には、ヘアケアやメイクブランドを擁するロレアル社、LVMH社(モエヘネシー・ルイヴィトン)のルイ・ヴィトンやディオールなど、パリ発のラグジュアリーブランドも多数名を連ねていました。こうした伝統ある企業も最先端テクノロジーを積極的に取り入れ、新たな価値を創出しようとしている点が強く印象に残りました。
ロレアル社のブースでは、ユーザーがカメラの前に座るとAIが顔の形などを分析し、似合うメイクやコスメを提案する体験デモが披露されていました。撮影した画像情報から特徴抽出を行い、同社が蓄積してきた独自データと組み合わせて最適な提案を行っていると考えられます。ここでも核となっているのは、自社データを活かしたSovereign AIです。
一方、独自のLLMプラットフォーム「MAIA」を活用しているのがLVMH社です。すでに5万人以上の従業員が利用し、販売支援に加え、接客用アプリで売上向上や売上予測にも成果をあげているといいます。製造ラインでは、革素材の裁断にデジタルツインを活用。無駄なく素材を切り出すAIソリューションを開発し、その提案を踏まえて職人が最終判断を下しています。モノづくりの現場ではAI活用が広がる一方、AIにすべてを任せるのではなく、「AIはサポート役、人間が最終判断」という役割分担が徹底されている点が印象的でした。
スタートアップも1万5000社(※1)以上が参加し、「欧州らしさ」を感じさせる提案が見られました。その1つが、衛星画像で工場などの建設時に環境影響を評価するプラットフォームです。周辺の緑地の量や建造物が環境に与える影響の程度などを計算し、現地の各種規制への適合も判定できます。サステナビリティを重視する欧州らしいコンセプトですが、すでに、豪州やインド、南米などにも展開されています。また、フランスの著名なAI研究機関から派生した音声AIスタートアップは、超低遅延かつ高精度な音声配信を実現する音声言語AIモデルを開発していました。従来は「音声 → テキスト → 音声」の処理過程でタイムラグが生じていましたが、人間同士の会話のようなコミュニケーションを可能にしつつあります。チキン販売店を想定したデモでは、人間のオーダーを起点にAIが自然な対話を重ねて注文内容の確定を支援していました。対話の途中で別の人間が割り込んでも、AIはそれを認識し、柔軟に対応します。現在は英語やフランス語など5言語に対応しており、今後は日本語を含むより多くの言語への対応が予定されています。話している途中で誰かが割り込んできてもリアルタイムで処理でき、感情のトーンも理解できることから、コールセンター業務に加え、カンファレンスの通訳などへの応用も期待されます。

会場は、世界各国からの参加者で賑わっていた
全体を通して感じたのは、AIは「可能性を探る段階」を終え、自律的な「AIエージェント」が実際のビジネスワークフローを支援する「展開(デプロイメント)」の時代に入ったということです。
VivaTechでは、AIはIT活用や業務効率化のための単なるツールではなく、伝統産業のコア価値を高める知的財産として位置付けられていました。欧州では、米国発のAIをそのまま使うことで生じ得るリスクであるデータ流出や差別化の喪失を回避し、自社の歴史的アセットや研究データを学習させた独自AIを構築しています。これにより、ブランドの生命線であるクラフトマンシップや顧客体験を損なうことなく、高度なパーソナライゼーションを実現していました。
厳格なルールを負担ではなく「設計の前提」として受け止め、独自の「技術主権(Sovereign)」を確立することで、模倣不可能な競争優位性を築く姿勢は、非常に先進的で示唆に富んでいます。
規制が厳しい欧州は、一見すると米国やその他の地域に比べて不利に見えるかもしれません。しかし、ルールが明確だからこそ、名だたる大企業が安心して独自のディープテックを現場に実装できているともいえます。この点は、独自の職人技術や高度な知財を豊富に持つ日本企業にとって、重要な示唆となるはずです。
自社の強みである専門データや文化をAIと融合させ、独自の価値を高める──。欧州の「Sovereign AI」の戦い方は、日本企業が世界市場で戦っていく上で参考となる戦略モデルになり得ると感じました。
本記事は情報誌「プロワイズ」で掲載した記事の転載です。
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