
2026.09.28
少子高齢化を背景に、「仕事と介護の両立」は企業にとって重要な経営課題となっています。一方、介護が始まってから制度を探したり、周囲に相談したりするのでは、従業員本人にも職場にも大きな負担がかかります。では、介護を「個人の問題」とせず、従業員が安心して働き続けられる環境を、企業はどのようにつくればよいのでしょうか。
株式会社日立ソリューションズ(以下、日立ソリューションズ)が運営するコミュニティ「ハロみん」では、「仕事と介護の両立を『実装する』企業事例 ~明日から使える現場の取り組み~」と題したハイブリッドイベントを開催。中外製薬株式会社、東急株式会社、日立ソリューションズの3社が、それぞれの取り組みや現場で得た気づきを紹介しました。
本イベントで浮かび上がったのは、制度を「用意する」だけでは不十分だということ。介護に関する正しい知識を広め、早い段階から備え、困ったときに「言える・話せる」職場をつくる。そして、従業員一人ひとりが介護をしながらも能力を発揮できる会社風土へとつなげていく。3社の実践から、企業が明日から取り組むためのヒントを探ります。
<登壇者>

佐藤 華英子氏
中外製薬株式会社
人事部 DE&I推進グループマネジャー
1997年日本ロシュ株式会社入社。
2002年に中外製薬へ転籍し、人事評価制度運用・採用業務に従事。2016年より採用責任者を経て現職。現在は、多様な人財の獲得からイノベーション創出に不可欠なDE&I推進を担当し、組織風土改革や両立支援の実践をリードしている。

谷田部 充氏
東急株式会社
人材戦略室 人事サポートグループ(福利厚生担当)兼 東急電鉄株式会社
人事企画グループ 参事
1991年、東京急行電鉄株式会社(現 東急株式会社)入社。
ゴルフ事業、Customer Satisfaction(顧客満足)推進部門、 エキナカ流行発信ショップ「ランキンランキン」事業を経て、 2008年に新規事業として他社学童事業を買収し経営に携わる。 2012年に新規事業としてデイサービス事業の立上げ・運営・経営を経て、 2026年1月より現職。

伊藤 直子
株式会社日立ソリューションズ
経営戦略統括本部 エグゼクティブエバンジェリスト
兼 サステナビリティ推進本部 本部長
1992年、日立中部ソフトウェア(現 日立ソリューションズ)に入社。
ソフトウェア製品開発、ネットワーク・セキュリティSEを経て、2004年管理職へ。2015年から働き方改革のプロジェクトに入り、自社の改革推進とともに、自社での取り組みを生かして企業の働き方改革をITで支援する事業に携わる。2023年から「仕事と介護の両立」に向けた全社での取り組みをリード。エバンジェリストとして働き方改革について、また、女性活躍支援や企業のダイバーシティについても、講演実績やメディア出演実績を多数持つ。
<ご挨拶・モデレーター>
佐藤 桂子
株式会社日立ソリューションズ
経営戦略統括本部 サステナビリティ推進本部 サステナビリティ経営部 部長代理
最初に登壇したのは、中外製薬の佐藤氏です。
中外製薬では、成長戦略を実現するうえで「人」が重要だという考えのもと、人財マネジメントに取り組んでいます。革新的な医薬品やサービスは、多様な価値観や専門性から生み出されると考えるからです。

仕事と介護の両立についても、特定の社員だけのための施策ではなく、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の観点から、幅広い社員を対象に考えていくことが重要だと言います。
佐藤氏は、「介護の当事者だけが知識を持っていればよいわけではない」と強調します。介護は、誰がいつ当事者になるかわからないだけでなく、上司や同僚として関わる可能性もあるからです。そのため、介護を「一部の人の問題」と捉えるのではなく、組織全体で理解していくことが、両立支援の土台になります。
そこで重要になるのが、社員の実態を知ることです。
中外製薬ではLCAT(※1)を通じた実態調査を2021年より導入。「誰がどれだけ介護をしているのかわからない」という課題からスタートし、初回の調査によって介護中の社員が約5%いることがわかりました。
さらに、介護に直面した社員がどんな不安を抱えているのか、どんな情報を必要としているのか。制度の利用状況だけでは見えない「社員の声」を捉えることが、施策を考えるうえでは欠かせません。
こうした生の声を把握するためには、労働組合との情報交換も活用しました。「事前の知識習得の機会を増やしてほしい」「育児同様、介護しながら働ける制度を充実させてほしい」「専門家による相談窓口を設けてほしい」など、実にさまざまな声が現場にあることがわかりました。
介護施策を展開するにあたり、「40歳以上から」などと年齢で区切る考え方もありますが、佐藤氏はとにかく「全社員を対象にする」ことにこだわったと言います。いつ始まるかわからない介護については、早めのリテラシー獲得が望ましいことに加え、仕事と介護を両立する文化の醸成には、当事者だけでなく周囲の理解も欠かせないからです。

介護に直面した社員にとって、最初の相談先となることが多いのが上司です。そこで中外製薬では、まずはキーパーソンとなるマネジャー層に向けて、セミナーや実態調査、リスクの可視化を実施しました。マネジャー層が課題を把握したタイミングで、その後の全社員向けの施策にも協力をお願いしたのです。
全社員向けの施策は、「LCAT診断」による実態把握から始め、その後にセミナーを実施しました。まずは自分自身を振り返り、「知らないことが多いな」「このままでは不安だな」と認識してもらった上でセミナーを受けた方が、効果が高いと考えたからです。これが効果を発揮し、相談窓口の活性化にもつながりました。
佐藤氏によると、社内で行った2度の調査で「介護中」と答えた人の割合はどちらも5%前後、いつなってもおかしくないという「切迫未介護」の割合は15%前後だったといいます。
一方、変化があったのは「自宅から介護者自宅までの距離」で、「30分未満」の割合が減り、「2時間以上」が10%以上増加しました。この背景には働き方の柔軟性が広がったことに加え、遠方でも介護ができるという理解(=介護リテラシーの向上)があるのではないかと、佐藤氏は分析します。
介護を自分事として捉える人が増えることは、職場の心理的安全性を高め、ひいてはキャリアを続けるという選択肢にもつながっていく――。多様な人財の獲得や活躍において、両立支援は欠かせないものとなっています。
続いて登壇したのは、東急の谷田部氏です。
谷田部氏は、仕事と介護の両立を考える際、企業が用意する支援と、実際に介護に直面した従業員が求める支援との間には、「ズレ」が生じることがあると指摘しました。

企業側は、介護離職を防ぐために、金銭的な支援や休暇などの時間的支援を整えようとします。もちろん、こうした制度は必要です。一方で、従業員側には、もっと根本的な不安があります。「どこに何を聞けばいいのか」「このやり方で本当にいいのか」「この先やっていけるのか」という、大きな漠然とした不安です。
さらには「他人に世話を任せて、自分が楽をしていいのか(もちろん、楽をしているわけではないのに)」といった罪悪感や後ろめたさを持っていることが、働きながら介護をする人には多いと谷田部氏は語ります。企業が提供する両立支援は、こうした従業員が抱える気持ちを把握し、理解することから始まります。
介護に直面すると、「家族なのだから自分が何とかしなければ」と考えてしまうことがあります。しかし、仕事との両立を考えるなら、介護を一人で背負わないことが重要になります。
冒頭でも語った「漠然とした不安」や「罪悪感」を解消するためには、企業は一歩踏み込んで、「介護は人にやってもらうことが当たり前、それで良いんだ」と思えるサポートメニューを提供することが大切です。

谷田部氏は前職でデイサービスの立ち上げ・運営を経験した際、一人のスタッフから「プロの知識と技術があっても、実親を介護するのは負担が大きい」と伝えられたことがありました。また、介護される側からの「他人にはお任せできても、我が子に介護されるのは辛い」という声も聞きました。
会社の制度として「親の介護代行(プロへの外注)」といった一歩踏み込んだサービスがあると、「会社の提供するサービスだから安心だね」「みんな使っているよ」という声が広まり、人に任せることが当たり前という空気が醸成されるのではと、谷田部氏は展望を語りました。
企業がすべての介護課題を解決する必要はありません。
むしろ重要なのは、従業員が必要なときに専門家へつながれるようにすること。そして、管理職は介護そのものを解決するのではなく、仕事やキャリアについて本人と対話し、職場としてどう両立できるかを考えることです。
東急では、外部の専門家による情報提供に加え、老人ホームやデイサービスを運営するグループ会社(東急ウェルネス株式会社)によるセミナーや個別相談会を実施しています。会社の風土や社内制度の理解があるため、より従業員の興味を惹く内容を展開できると考えるからです。相談窓口では、介護保険の申請代行やケアマネジャーの紹介など実務的な補助も行っています。
数値的な面で両立支援の充実度を計るとき、介護離職者の割合が一つの指標とされますが、実は表面化していない、潜在的な当事者のことも念頭に置かなければなりません。全従業員を対象に介護リテラシーを上げること、そして1on1ミーティングなどの取り組みで事前に状況を把握し、「仕事も」「介護も」と一人で背負ってしまわないよう体制を整えることが課題解決の第一歩だと、谷田部氏は締めくくりました。
3社目は、日立ソリューションズの伊藤直子が登壇し、2023年から始まった仕事と介護の両立に関する全社プロジェクトについて紹介しました。
「絵に描いた餅で終わらせない」という言葉の通り、最初に「こうありたい」という姿を描き、そこから必要な施策を逆算していくという形でプロジェクトは展開しました。

プロジェクト発足時、テーマとして「仕事と介護の両立」が決まっていたものの、「具体的に何をすればいいのかはわからなかった」と伊藤は言います。そこで考えたのが、「このプロジェクトが進んだ先に、会社がどうなっていたらいいのか」という「ありたい姿」です。
その第一歩として掲げたのが、「正しく状況を知る」こと。そのうえで、「知識を得る」「意識を変える」「会社のなかで共有する」。そうした状態が整えば、介護をしながらでも能力を発揮して仕事に貢献できる、「仕事と介護の両立ができる会社風土」につながると考えました。
2023年に行った最初の実態調査では、介護中の社員が約5%いることがわかりました。一方、両立支援制度や介護相談窓口はすでに整備されていたものの、社員の9割が「知らない」と回答しました。
そこで、「制度をつくって終わり」ではなく、情報をどう届けるかに目を向けます。
調査では、介護に関する知識が十分な人と不足している人では、「介護になっても仕事を続けられると思う」と答える割合に30%近くの差がありました。知識を得ることが、両立への安心感につながることがわかったのです。
そこで取り組んだのが、企業側から情報を届ける発信です。イントラネットには、仕事と介護の両立に関する情報をまとめ、「ここに行けば必要な情報がある」という状態を整備。管理職向けの研修も行い、部下から相談された際に誤った対応をしないための知識を届けています。
具体的な話として挙がったのが「介護休業(93日間)は短いか」という外部リサーチの結果です。回答は「長い」「短い」「ちょうどいい」の割合がちょうど3分の1ずつですが、これには介護休業への勘違いがあるのでは、と伊藤は指摘します。
伊藤は、介護休業について「実際に介護を担うためではなく、体制を整えるための準備期間」と説明。こうした基本的な知識をまずは徹底して伝えることが必要だと強調しました。
知識を届けるだけでなく、社員同士が介護について話す機会もつくっています。
年1回開催している全社イベントでは、有識者による講演や、社員が登壇するパネルディスカッションを実施。全社員に興味を持ってもらうために、社長に介護の実体験を語ってもらった回もありました。
さらに、昼休みを利用したTeamsでのオンライントークライブも開催し、これまで3年間で11回、毎回約150人が参加するなど、社員同士が介護について話せる場として定着しています。

念頭にあるのは「介護を暗い話題にしない」ということ。2024年に開設した両立のための社内コミュニティは現在300人の規模に成長しましたが、「安心して仕事と介護の両立に向き合える風土を『みんなでつくる』」というビジョンのもと、世代の枠を超えた情報共有の場となっています。
取り組みの根底にあるのは、介護を「個人の問題」として閉じ込めないという考え方です。
介護を普通のこととして捉え、会社でも話せる。必要なときには周囲に相談できる。そして、介護をしながらも能力を発揮して仕事に貢献できる。
そのためには、制度、情報、研修、対話の場を一つひとつ整えていく必要があります。日立ソリューションズでは、それらを「ありたい姿」から逆算して組み合わせながら、会社風土そのものを変えていこうとしています。
3社の事例紹介に続いて行われたパネルディスカッションでは、各社の取り組みを踏まえながら、仕事と介護の両立を支えるために企業や職場ができることについて議論しました。
事前アンケートに寄せられた5つの問いを通じて、登壇者が語ったポイントを紹介します。
谷田部氏:例えば、セミナーや相談会を夏季休暇前・年末休暇前のタイミングで実施するという工夫があります。家族のことや今後の生き方を具体的に話し合うタイミングで必要な情報を提供すると、浸透度が大きく変わってきます。
伊藤:制度を知っていても「使うかどうか」には心理的ハードルがあります。そこで弊社では、相談窓口を担うケアマネジャーをイベントに招き、「『親が遠方に住んでいて心配』という段階でも相談していい」と具体的な例を紹介してもらいました。早期に相談してもらうことで、いざというときのハードルを下げられます。
佐藤氏:制度を細かく理解していなくても、まず誰かに相談できる環境が大切です。そこから専門知識を持つ人や窓口につなぐことができるため、最初の一歩を踏み出せる環境づくりが両立支援の鍵になります。
佐藤氏:管理職には一般的な介護リテラシーに加え、適切なコミュニケーションを取るマネジメント力も求められます。ただし、すべてを管理職自身が抱え込むのではなく、専門的なサポートは人事や外部専門家に切り分けてつなぐ視点が大切です。
伊藤:管理職は介護の専門家ではないので、基本的には「仕事やキャリアの話をしましょう」と伝えています。介護の状況は一人ひとり異なるため、個人的な体験談の押しつけは避けるべき。「会社の相談窓口はここ」と示しつつ、本人が描きたいキャリアを尊重する姿勢で向き合うことが大切だと学びました。
谷田部氏:管理職はチームのキーマンです。当事者である社員だけでなく、周囲のメンバーの負担感や「不公平感」にも配慮し、チーム全体で仕事を継続・カバーし合える体制をつくる必要があります。

谷田部氏:介護は個別性が高く、当事者が声を上げにくいテーマです。定期的なアンケートはもちろん、座談会などで当事者同士が交流できる場をつくることで、個別の定性的な「生の声」を拾うことができます。その声を経営層や人事部へいかに届けていくかが今後の課題です。
伊藤:トップ層が介護体験をオープンに語るなど、介護の話題を「特別なことにしない」工夫をしてきました。トークライブなどで誰かが口火を切ると「実は私も...」と輪が広がります。まずは語ってくれそうな人を一人、二人と見つけることから始まります。
佐藤氏:アンケートを実施すると、介護に関する自由記述は非常に具体的に書かれる傾向があります。それだけ深い悩みだからこそ、個々の状況を集積することで打つべき対策が見えてきます。地道な継続と、個別の対話の積み重ねが重要だと感じています。
佐藤氏:普段の1on1などで「プライベートな話をしてもいい」という空気感をつくることが重要です。弊社では任意で使える「面談シート」を用意し、上司・部下双方が整理して話し合える仕組みを提供しています。また、月1回の専門家相談窓口の枠案内を定期メールで周知するのも、地味ながら確実な効果を上げています。
伊藤:地域包括支援センターの方も「親が元気なうちから情報共有に来てほしい」とおっしゃっていました。事前に状況をインプットしておくと、支援側も迅速に動けます。社内窓口においても、「事前に情報を共有しておく」くらいの感覚でフランクに相談できる雰囲気が理想です。

谷田部氏:「迷惑をかけたくない」と限界まで抱え込む人も多いため、管理職から日頃より「言いづらくても、仕事として伝えてほしい」とメッセージを発信することが有効です。また、直属の上司だけでなく、話しやすい同僚や人事など、相談の「入口」を複数持たせておくことも早期相談につながります。
佐藤氏:障がいを持つお子さんのケアや不登校など、多様な悩みに対応するため「ライフサポート休暇/休職」制度を新設しました。無給の制度ではありますが、会社が「状況にアンテナを張っている」という姿勢を示すこと自体が、社員の安心感につながると考えています。
谷田部氏:テレワークや時短勤務といった制度活用を前提としつつ、本人が孤立して追いつめられる前に状況を早く把握することが重要です。早期に対話を行い、配置転換も含めて納得のいく働き方を一緒に探す姿勢が求められます。
伊藤:パートナーや自身の治療など、多様なケアを抱えて働く社員が増えています。介護と同様に「体験や悩みを共有できる場」を社内に設けることが大切です。フレキシブルな制度の活用に加え、精神的な安全基地となる場があることが大きな支えになると考えています。
今回のイベントを通じて3社に共通していたのは、「制度を整えれば終わり」ではないということでした。

制度があっても、知られていなければ使えません。知識があっても、相談できなければ支援につながりません。そして、相談できても、職場が本人の希望を聞かずに「介護だから」と仕事から外してしまえば、本人のキャリアや働きがいを損なう可能性があります。
必要なのは、知ること、話すこと、つながること、そして一人ひとりの状況に合わせて考え続けることです。
仕事と介護の両立を「実装する」とは、制度という形をつくることだけではありません。誰もが介護について知り、必要なときに話せて、仕事を続けながら自分らしいキャリアを描ける。そんな職場のあり方を、組織全体で少しずつつくっていくことなのではないでしょうか。
セミナー後の交流会では、「仕事と介護の両立」における各社の具体的な施策や現状の課題をテーマに、活発なディスカッションが行われました。登壇者と参加者がフランクに言葉を交わし、現場のリアルな工夫を共有し合うことで、双方の理解がより深まる機会となりました。また、企業間のネットワークも構築され、今後の両立支援における連携や新たなヒントを得られる有意義な時間となりました。
今回のイベントで共有された3社の実践が、仕事と介護の両立を考える企業にとって、明日からの一歩を考えるヒントとなれば幸いです。
イベントのアーカイブは、期間限定でハロみんのオンラインチャットルーム(Slack)にて公開しています。当日の詳しい様子をぜひご覧ください。
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