まだまだ聞きなれない「SX」という考え方。しかし、実は皆さんの生活に大きな影響を与えているのです。今回は、身近な商品やサービスの変化を切り口に、SXの重要性やその先にある社会について解説していきます。
林 輝幸
富山県出身。2016年、東京大学に現役合格。クイズ研究会(TQC)に所属し、競技クイズを始める。クイズ番組『東大王』(TBS系)に東大王チームとして出演。東京大学文学部卒業後は、クイズプレーヤーとして『Qさま!!』(テレビ朝日系)などクイズ番組を中心にテレビ出演。また、クイズ制作集団「Q星群」を立ち上げ、クイズを軸とした事業やイベントなどを行っている。
今回は、SX(Sustainability Transformation)について解説していきます。その前にまずは、前回のクイズの答えを発表します。
答えは、④十字です。「Transformation」は、「Trans」と「Formation」の2つの言葉から形成されています。「Trans-」はラテン語の接頭辞が由来になっていると言われており、英語の「Across」に相当する単語です。「Across」は、接頭辞「A-」に「十字」を意味する「Cross」を付加した言葉。この十字の形を表す文字が、「X」なんです。Transformationの他にも、翻訳を表すXlation(= translation)やデータの転送を表すXfer(transfer)などで使われています。
さて、これからそんなSXについて解説していきます。突然ですが、皆さんには好きな企業やブランドはありますか?僕はお酒が好きなので、お気に入りの酒造やおつまみのメーカーがあります。もしこれらの企業の経営が危うくなって生産が減ってしまったり、商品が無くなってしまったりしたらすごく悲しいです。では、企業が持続的に利益を出し続けて成長していくためには、何が必要なのでしょうか?それは、①長期的なニーズの獲得、②原材料・人財の維持、③社会からの信頼の持続です。目の前の利益だけを求めても、長期的な成長は見込めません。市場の動向を見極めながら、その供給体制を長く維持し続ける。そして、社会への貢献を行うことで信頼を獲得し続ける。それこそが、企業の持続的な成長につながるのです。つまり、環境や社会のための慈善活動として、環境問題への対策や人権への配慮を行うだけでなく、企業自身が存続していくために、長期的に発展し、あらゆるリソースが循環していく事業を行う必要性があるのです。この、環境・社会・経済の持続可能性に配慮し、企業の持続可能性と同期化させる経営こそがSX経営です。
これから専門的な用語の解説が続くので、まずはクイズで肩慣らしをしましょう。
答えは、②Extraです。XSはExtra Smallの略でSmallよりさらに小さいという意味です。洋服は、古着などによるリユースやリサイクルがされやすいモノの一つ。洋服屋で「XS」のサイズを見たら、「SX」のことも思い出してみてください。
では、本題に戻ります。企業はもちろん、自治体の存続や繁栄においてもSXは重要で、SX推進を掲げる自治体も少しずつ増えてきています。例えば、僕の故郷である富山県では「SDGs未来都市計画」を策定し活動を行っていて、2030年においても「美しい山と海を有し、豊かな水の恵みを活かして持続的な経済発展を実現する県」をめざす姿として掲げています。富山県には、国内外から多くの登山客が訪れる立山黒部アルペンルートや、世界でも最も美しいとされる富山湾(ユネスコが支援する国際的組織「世界で最も美しい湾クラブ」へ加盟(※1))、名水百選に選ばれた場所も複数あり、水資源を中心とした美しい自然が現存しています。特に、富山湾は「天然のいけす」(※2)とも呼ばれ、日本海に分布する約800種のうち約500種の魚介が生息しています。この恵まれた環境を活かし、最近では「寿司と言えば、富山」というスローガンを掲げ、香川県の「うどん県」のようなブランディングを行っています。
北陸新幹線の開業の影響もあり、豊かな自然と寿司の県としてのイメージは、県外・国外の方に徐々に広まってきていると思います。また、僕自身、ラジオの収録で月に一回富山県のさまざまな土地でロケを行うのですが、地元の方々も環境や食材に誇りを持っていることをひしひしと感じます。自治体が資源を活かした大きな方針を打ち出し、そこに賛同した地元企業や住民が一体となって、資源を守り続け、外部にも魅力が広まっていく。僕を育ててくれた富山県が、持続的に成長していってくれると嬉しいです。
また、企業がSXを推進することで、新たな経済モデルも生まれています。ここでクイズです。
答えは、②「サーキュラーエコノミー」です。これは、資源の利用を最適化し廃棄物を削減する経済モデル。従来の大量生産・大量消費ではなく、製品や資材の寿命を延ばし再利用やリサイクルを推進することで天然資源の消費を抑え、環境への負荷を軽減し、持続可能な社会の実現をめざすモデルです。例えば、皆さんはフリマアプリを使用したことがありますか?出品者が不要になったモノや、新品ではもう売っていない希少価値の高いモノを出品し、購入したい人と当事者同士で値段の交渉などをしながら購入に至るというサービス。タンスの肥やしや、ゴミになってしまう可能性があるモノを、必要な人の手に届け、モノを循環させていくこのシステムは、サーキュラーエコノミーの代表例です。フリマアプリの他にも、世界的カフェチェーン店がコーヒー豆のかすを廃棄せずに、堆肥として再利用して野菜を栽培し、その野菜でつくられたサンドイッチやケーキを販売するといった活動を行っています。
また、僕がこの「サーキュラーエコノミー」という考え方を知った時にすぐに思い出したのは、街中の捨てられてしまう食材を集めて料理をつくる、某テレビ番組のコーナーです。この企画は、僕が高校生だった2013年から放送されており、SDGsが発表される前から「サーキュラーエコノミー」を体現していると思いませんか?これに気づいたとき、すごくハッとしました。第一回の記事で当事者意識の重要性の話をしましたが、ゴールデンタイムのテレビで長年このような企画を放送することは、個人の環境問題への関心を高めるいい機会になっていると思います。
もう一つ、僕が特に注目している新たな経済モデルが、「シェアリングエコノミー」です。一般社団法人シェアリングエコノミー協会によると、シェアリングエコノミーとは、インターネットを介して個人と個人の間で使っていないモノ・場所・技能などを貸し借りするサービスです。サーキュラーエコノミーと同じく、資源の再利用や生産量の減少に寄与します。また、個人のビジネスの可能性も膨らませることができ、経済活動の活性化にもつながるのです。
シェアリングエコノミーは、「空間」「モノ」「スキル」「移動」「お金」の5つのシェアに分けられます(※3)。
まずは「空間」について解説します。これは、民泊や駐車場・会議室・オフィスのシェアにあたります。最近では、帰省や旅行で不在にする時だけ家を貸し出せるサービスや、さまざまな企業の人が一つのオフィスを利用できるシェアオフィスというサービスも存在しています。
次は、「モノ」です。最近特に増えているのが、コンビニでスマートフォンの充電器や傘などの緊急性の高いモノを借りられるサービス。僕はスマートフォンで社員やマネージャーと連絡を取ったり、麻雀に関する動画を閲覧したりするので、結構充電がピンチになることが多いです。そのためよくレンタル充電器を利用しますが、とても便利ですね。シェアリングエコノミーが流行している背景には、この「利便性」があると思っています。いくら地球環境や社会にとってメリットがあることを訴求しても、自分にメリットがなければ、なかなか消費者は利用してくれません。「いつでもどこでも借りられて便利」という強烈なメリットがあるからこそ、広まっているのだと思います。
次は、「スキル」です。専門スキルを持つ人がWebサイトやスマートフォンのアプリに登録し、そのスキルを必要とする人が仕事を依頼する「スキルのマッチングアプリ」がその代表例です。5つのシェアの中で最も僕がお世話になっているのがこれですね。見てくれている方もいるかもしれませんが、僕は動画配信サイトで、麻雀ゲームやクイズゲームの実況を生配信しています。配信の中で良いプレイが出た時や、名場面が生まれた時はシーンを切り抜いて動画化するのですが、この動画編集をスキルのシェアサイトで依頼するのです。自分でやるよりもクオリティが高いですし、時間の節約にもなります。苦手なことは専門家に任せて、空いた時間でクイズ作成や麻雀の勉強を行うことで、時間を有効活用しています。
4つ目は、「移動」です。比較的歴史の長いカーシェアや、最近ではスマートフォンのアプリで借りられる電動キックボードも流行っていますね。駅や街中などさまざまな場所にポートがあり、1分単位で利用可能。さらに、車やバスと比べると移動によるCO2の排出量も非常に少ないのが特徴です。安全面の問題はまだ残るものの、若い世代を中心に、車を持たない人も増えてきている中で、環境に配慮しながら移動の機会を増やし、街の活性化にもつながる手段として注目されています。
最後は、「お金」のシェアです。代表例として、クラウドファンディングがありますね。僕が印象的だった事例は、国立科学博物館のクラウドファンディングです。国立でありながら経営危機に瀕してしまい、数々の動植物の化石などの保存・公開に黄色信号が・・・。そんな時に、政府ではなく一般市民から資金調達を行ったことが大きな話題になりました。賛否両論はありましたが、文化を持続させていく新たな手段という意味では、非常に興味深い取り組みですね。また、クラウドファンディングの特徴として挙げられるのは、そのプロジェクトが今どれくらい応援されているかを、支援金という数値で見られるということです。「こんなに応援されているなら自分もその輪に入りたい」「まだ金額が達成していないから自分が応援しなくちゃ」と、達成・未達成に関わらず、気持ちまでシェアして行動を起こせることが魅力ですね。さらに、市場のトレンドや需要を知ることができるため、ビジネスのヒントにもなり得ることも特徴の一つです。僕の故郷の富山県にも、博物館や伝統産業が多く存在します。文化や産業が持続するための新たな手段として期待しています。
どうでしょう、シェアリングエコノミーは皆さんの身の回りでもすごく盛り上がっていて、環境や社会のあり方の変化をリードしていると感じませんか?これは、IT技術の発展のおかげもありますが、「シェアリングエコノミーは便利だし、いろいろな人や物の持続可能性につながるんだ」というように、人々に受け入れられたからだとも思うのです。僕はそこに、なんだか明るい未来を感じています。
これまで経済モデルの話をしてきましたが、企業がSXを達成していく上で、人財に、自分らしく最大限のパフォーマンスを発揮してもらい、長く働いてもらうことは欠かせません。そのため、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)という概念が浸透してきています。これは、国籍や性別、障がいの有無に関わらず、誰もが平等に認め合いながら、最大限の力で働くことができる環境をつくる取り組みのことです。僕が代表を務めるQ星群も、少しずつ人財が増えてきており、組織の多様性も増しています。DEIの概念を取り入れることで社員や求職者の満足度はもちろん、外部からの評価も高めていきたいですね。
DEIとは少し離れますが、誰もが平等に活躍できるという観点で言うと、ゲームというジャンルは非常に可能性を秘めていると思います。子どもから大人まで楽しめて、国籍による制限もない。障がい者のためのアクセシビリティが整えられているタイトルも多いです。オリンピックでeスポーツを採用しようという活動も巻き起こっているようで、今後誰もが輝けるコンテンツとして、さらに注目されていくかもしれません。また、流行語にもなったメタバースも同様ですよね。なかなかメインストリームには来ていませんが、場所の制約もなく、移動も必要ない空間におけるコミュニケーションには必ず需要があると思っています。実際、僕も大学の部室に集まってクイズ研究会の活動に取り組んでいたのですが、コロナ禍で集まれなくなり、オンラインでの開催に移行しました。バーチャルには大きな利便性があるため、一度火がつけば一気に浸透していくと考えています。
これまでたくさんの話をしてきましたが、皆さん、気づきや発見はありましたか?SXは企業の成長にとっても必要不可欠で、SXによる新たな経済モデルや概念が生まれています。しかし、SX推進のために企業がビジネスを創り出していくことは簡単ではありません。時には、自社だけでなく、全く異なる分野の企業とコラボレーションして、これまでにないアイデアを創造していくことが必要です。これを日立ソリューションズでは「協創」と定義しています。ということで、次回は「協創」について解説していきます。僕の東大王やQuizKnock時代の裏話も登場するので、次回もぜひご覧ください。それでは、最後に「協創」に関するクイズでお別れしたいと思います。答えは次回の記事で発表します。お楽しみに!
【引用元】
※1 美しい富山湾クラブとは
https://toyamabay.club/about/
※2 天然のいけすとよばれる魚介の宝庫|日本海学推進機構
https://www.nihonkaigaku.org/kids/door/preserve.html
※3 シェアリングエコノミー協会のビジョン|一般社団法人シェアリングエコノミー協会
https://sharing-economy.jp/ja/about