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何もない自分。だからこそ過集中という特性を磨き続け、今がある|リト@葉っぱ切り絵

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葉っぱの中で、動物たちが遊んだり歌ったり。巧みな技術と優しい世界観で、フォロワー数はツイッター14万人、インスタグラム45万人という大人気のリト氏は数年前まで会社員。ADHDの診断を受け、アートの道に入ったという。その道のりと思いとは。

※本記事は2023年6月に掲載されたものです。
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    リト@葉っぱ切り絵

    葉っぱ切り絵アーティスト

    1986年生まれ。神奈川県出身。会社員時代にADHDだと診断を受ける。退社後、特性である「過集中」を前向きに活かすために、2020年から葉っぱ切り絵の制作を開始。ほぼ毎日、作品をSNSに公開していたところ注目を集め、国内外のメディアからの取材や紹介、個展の依頼が殺到。作品集は『いつでも君のそばにいる』(講談社)他。

会社勤めを諦め生きる手段として作品をつくり続けた

─1日1枚のペースで作品をSNSに投稿し、今やフォロワー数※は、ツイッターが約14万人、インスタグラムが約45万人。作品集も累計20万部を突破したとか。どのような経緯で、葉っぱ切り絵アーティストになられたのですか。

※2023年1月現在

もともと会社員だったのですが、要領が悪く臨機応変に仕事をこなせなくて、怒られてばかりでした。入社から7年ほどたって、たまたまネットで発達障がいの記事を見つけ、自分もそうではないかと受診したところ、ADHD(注意欠陥多動性障がい)だと診断されました。そこで会社を辞めたのですが、生きていくには何かで生計を立てなくてはいけない。試行錯誤をする中で考えついたのが、過集中という特性を活かしてアート作品をつくるということだったのです。

ヘビが出てくるお茶会作品
『冷めないうちにこっちにおいでよ』
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─過集中とは?

過剰な集中力です。ADHDに表れやすい特性といわれています。僕もいったんスイッチが入ると、何時間でも没頭してしまいます。子どもの頃からそうで、食卓に焼き魚が上ると、小骨を取ることに夢中になってしまう。料理が冷める、とよく親から叱られていました。

この集中力を使って何か収入を得られる作品をつくろうと考え、ボールペンで絵を描くことから始め、粘土をこねたり、スクラッチアートに取り組んだりもして、SNSにアップしました。でもなかなかいい反応が得られない。こんな状態が1年くらい続きました。

─もともとアートの勉強をしたことがあったのですか。

全くの独学です。器用でもありません。ただ何時間でも集中し続けられることだけが強みでした。
ある時たまたまスペイン人アーティストのリーフアート、 つまり葉っぱの切り絵の作品をネットで見かけました。その前に紙の切り絵には挑戦していて、集中力を使って細かい作業をする点で僕に合っていると分かってはいたのですが、世の中に切り絵アーティストはたくさんいます。同じ土俵に立っていても注目してもらえない。何か特徴的な切り絵はないかと調べていたところだったので、「これは面白い!」と感じました。すぐに公園で葉っぱを拾ってきて作品をつくってみたのが始まりです。

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─そうしてリトさんならではの、やさしい世界観の作品が生まれたのですね。

最初の作品は今の世界観ではなく、ゲームのキャラクターや映画のワンシーンをテーマにしていました。でもあまり評価されなかったんです。

─評価とは"いいね"の数ですか。

はい、〝いいね〞の数やコメントなどの反応ですね。
投稿する作品への反応が大きくなれば仕事につながっていくのではないかと思い、試行錯誤を繰り返しました。そうするうちに気づいたのは、自分が好きなゲームや映画や変わった生き物を題材にしていても、駄目だということ、かわいくて親しみやすい動物を登場させると、多くの人に喜んでもらえるということでした。絵を勉強したことがない僕でも描けるシンプルなシルエットのウサギとかカエルとか。そのうちだんだんと、頭の中で動物たちが動きだして、世界ができてきたというイメージです。

─かわいらしい世界が生まれるまでに、客観的な分析や戦略があったのですね。

そうなんです。意外だと思われるんですが、僕は、もともとかわいい森の動物たちの世界が好きだったというわけではないんです。もっと言えば「趣味」として切り絵に取り組んだわけでもない。

僕は後戻りができない状況だったんですよ。会社から逃げてきて、もうここでがんばるしかない。母親は応援してくれていましたが、それでも30すぎの男が収入も肩書もなく家にいる。自分は何をしているんだろう、といたたまれない気持ちでした。だから何とかこれを仕事にしたかった。自分が生きていく手段として必死で取り組んできた結果なのです。

障がいのことは友だちにも話していなかったので、当時は孤独と不安でいっぱいでした。自己啓発本を読みあさっては、〝今は助走をつけている段階なんだ。後できっと回収する時が来るんだ〞と、自分に言い聞かせていました。

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原動力はファンの応援 失敗しても、何回でもやり直せる

─最初に注目された作品は何だったのでしょうか。

2020年8月に制作した、『葉っぱのアクアリウム』です。その年の1月に葉っぱ切り絵を始めたので、8カ月がたっていました。それまで最高でも1000程度だった〝いいね〞が、突然2万ぐらいになったんです。その作品と他の作品で何が違うのか、自分でもよく分かりませんでしたが、この道は間違いじゃないな、と自信になりました。そこから1、2カ月後に童話『エルマーのぼうけん』を題材にした作品で、今度は14万〝いいね〞を獲得しました。ここでようやく、仕事としてやっていけるという確信を得ました。

─すぐにテレビで紹介され、21年には個展開催や作品集の出版が相次ぎ、一躍、人気アーティストになりましたね。

生活がガラッと変わりました。僕はお酒の席でも人に話せるようなネタが何一つない人でした。でも今は僕の話を聞きたいとトークイベントなどにも人が来てくれる。ゆっくり階段を上っていた自分が、急に高速エレベーターに乗った気分です。

─取材や個展の準備などで忙しい今も、ほとんど毎日、作品をつくって撮影し、その日のうちにSNSに投稿されています。現在の原動力は何でしょうか。

1つは、SNSでずっと応援し続けてくれている方たちの存在です。たくさんの方が投稿を待ってくれていて、「リトさんの作品を見てから寝るのが習慣になっています」とか「起きてすぐにリトさんの作品を見るのが楽しみです」というコメントを寄せてくれる。そういう期待に応えなきゃいけないな、という思いがあります。

作品のアイデアがなかなか浮かばなくて苦しい時もあるんですが、こんな作品で楽しんでもらおう、とか、こんな作品をつくったらびっくりするんじゃないか、という気持ちが、創作のモチベーションになっているんです。この方たちが応援してくれているうちは、僕は失敗しても何回でもやり直せると思う。何もなかった自分にそういう支えができたことがすごく心強いし自信になっています。この気持ちもまた、「よし、今日もがんばろう」という力になっています。

個々の得意なところを互いに支え合うことで達成できるものがある

─作品の絵はどのようにして生まれるのですか。

その時々の季節や行事などをテーマにし、まず紙に向かって自由に絵を描きます。

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─リトさんの作品は、いろいろな動物が一緒に何かをしている光景が多いですね。昨今、社会課題として多様性の実現が注目されています。「誰一人取り残さない」はSDGsの理念でもあります。そういうメッセージも込めているのでしょうか。

いえ、見る人に自由に想像して楽しんでほしいので、むしろメッセージは極力入れないようにしています。

例えば、カエルとウサギがヘビをお茶会に招いている光景を描いた作品があります。僕は作品に何度かヘビを登場させましたが、毎回「ヘビは苦手」というコメントが寄せられます。でも僕は、仲間外れはつくりたくないと思っています。そこであえて、ヘビを仲間に迎え入れる作品にしました。これを見て、SDGsの理念に合致していると言っていただいたこともあります。

他にも、飛ぶことが得意な動物やじっとしていることが得意な動物、様々な動物が活躍して運動会を盛り上げているという作品もあります。背の高い動物、低い動物が支え合ってバスケットボールのゴールを決めているという作品もある。

改めて見直して、確かに多様性を認め合うという作品になっているなと、自分でも思っているところです。

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アイビーやサンゴジュの葉をドライリーフ(変色、乾燥しないように処理した葉)にして、下絵を描き、切っていく。
葉の状態により途中で図が変わることも。こうして唯一無二の作品が生まれる

─リトさんご自身も、特性を強みに変えていらっしゃいます。もともと違いをよしとする考えをお持ちなのではないでしょうか。

自分では考えていませんでしたが、そうなのだと思います。先ほど、制作を続ける原動力について話しましたが、実は障がいがあることもその1つなんです。

誰にでも良い面と悪い面があるけれど、悪い面ばかり目立つものです。

例えば僕が以前、会社員をしていた時のことですが、僕は仕事が丁寧で成果物をきれいに仕上げることは得意でした。でも時間がかかるんです。そのマイナスの部分で評価されて、「駄目だ」と怒られていた。悪い面に目を向けるから、みんな、得意を伸ばそうとするのではなく、苦手を平均点に持っていこうと努力するわけです。でもそれは、本当につらいことです。

だから過集中は、仕事ではマイナスだけれど、きっと何かに使えるはずだ。そう信じて磨き続けて、今があります。それをたくさんの人に知ってほしい。僕のように、人と足並みをそろえて仕事をすることができなかった人間でも、弱みを強みに変えられる場所を見つけられたという1つの例を示したい。だからこの障がいのことを隠さずオープンにして活動しているのです。

僕が続けることで、発達障がいの人だけでなく、たくさんの人を勇気づけられたらうれしいですね。

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取材後記

「作品が人気を得た背景に、コロナ禍もある」と、リトさんが冷静に分析します。コロナ禍ではSNSの利用時間が増えた人が多いといわれます。一方でストレスをためたり孤独感を抱えたりする人も増えたとも。そんな人々がリトさんの作品に癒しを求めたのだろうと、リトさんが話します。「心を落ち着かせるものを提供できたのならいいですね。でも同じことをしていては自分もみんなも飽きてしまいます。どんどん新しいことをしていきたいと思います」と意欲も。リトさんが次にどんな世界を見せてくれるのか楽しみです。

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