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VRアートで人とデジタルの未来を描く|せきぐち あいみ

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コントローラーを握り、滑らかな動きでVR空間にアートを作り出していく。せきぐちあいみ氏は、世界を駆け回るVRアーティストだ。活動は介護の世界にまで広がっている。せきぐち氏はなぜVRアーティストになったのか、VRの魅力と可能性とは? 返ってきた答えは、時代の変化に対峙し続けるリーダー層にとっても、示唆に富むものだ。

※本記事は2024年5月に掲載されたものです。
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    せきぐち あいみ

    VRアーティスト

    神奈川県生まれ。ユーチューバーとして活動する中、2016年にVRアートを知り制作開始。一躍人気アーティストに。国内外で作品を発表するほか、ライブペイントのパフォーマンスも実施。21年にNFTアート作品が約1300万円で落札されたことでも話題に。経済産業省「Web3.0時代におけるクリエイターエコノミー創出に係る研究会」のメンバーも務める。

ライブペイントで人とデジタルの融合を図る

─最初に、VRアーティストというお仕事について教えてください。

デジタル技術を使ってバーチャルリアリティの空間に描かれた3Dの絵をVRアートといいます。私はそれを描くVRアーティストです。作品を発表するほか、ライブペイントのパフォーマンスも行っています。コントローラーを手にVRゴーグルをつけ、音楽に合わせて、何もない空間の中に建物や花、生き物などを形づくっていくパフォーマンスをしています。

─どのように鑑賞するのですか。

個展などでは、ゴーグルをつけて作品の中に入ってもらいます。現実を離れて別の世界に入り込む、他では得られない体験ができます。大勢の前でパフォーマンスをする時は全員分のゴーグルを用意できないため、私がゴーグルで見ている世界を大きなモニターに投影し、3Dの疑似体験をしてもらいます。別世界に入り込む体験はできませんが、目の前の空間に立体物が生み出される光景を楽しめます。

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─VRアートにパフォーマンスを組み合わせるのはなぜですか。

デジタル技術を使ったアートなので、どうしても人間味や温かさのようなものが欠けてしまうからです。私という生身の人間が介在することで、その点が補え、見る人をより引き込みやすくなると思うのです。実際にライブペイントで創作する姿を見せることで「出来上がりは同じはずなのに臨場感が違う」と言ってくれる人は多くいます。それに、VRアートは本当に何もない空間に新しい世界が生まれます。アニメや映画で見た魔法のような出来事が繰り広げられるのです。その過程を眼前で見ることで、常識や既成概念のような心の中のリミッターが外れ、想像力が解放されると思います。

やがてVRが身近な技術になると、制作過程を見せる意味はなくなるかもしれません。それでもライブペイントは続けていこうと思っています。

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VRアートは仮想空間で立体的に描くため、作品に奥行きがあり、360度様々な角度から鑑賞できる。
庭石や水石から作品のインスピレーションを得ているとせきぐち氏は語る。

─作品もパフォーマンスも、ドバイやシンガポールをはじめ世界中で人気だと聞きます。日本とは盛り上がりが違いますか?

今はまだどの国も大体同じで、デジタルに詳しい一部の人が盛り上がっているという感じです。でもドバイのようにIT分野に力を入れている国では、VR専用の美術館が建つなど認知の裾野が広がっています。

変化の時代では様子見こそがリスクになる

─どのような経緯でVRアーティストになったのですか。

もともと創作したり表現したりすることが好きでした。子どもの頃は「絵描きさんになりたい」と言っていましたし、高校卒業後は劇団に所属して芝居やダンスをし、ユーチューバーとして動画配信もしていました。

2016年にVRのデバイスが相次いで市販されました。私も動画制作の取材で触ってみたところ、すごく楽しい。まさに魔法みたいなことができると、すぐに夢中になりました。それで、こんなに面白いのだから、取り組んでいればどんな形であれ仕事になると確信したのです。

実際、試しに作品をSNSにアップしたところ、大きな反響がありました。海外からも問い合わせがありましたし、ネットニュースにも取り上げてもらえました。制作を始めて1カ月後にはVRアーティストを名乗り、パフォーマンスを開始して、3カ月後には制作依頼やイベント出演など、VRアーティストの仕事でスケジュールが埋まりました。

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─19年には、ロシアで開催された技能五輪国際大会の閉会式でパフォーマンスを披露されました。VRアーティストに転身し、短期間で世界的アーティストに駆け上がることができた理由を、ご自身ではどうお考えですか。

好きなものを追い続けてきたことが良かったのだと思います。

お芝居、ダンス、動画配信と、いろいろと手を出してきたので、「1つに絞らないと器用貧乏で終わるよ」と言われることがありました。でも、私はどれも好きだから絞りたくなかった。折れずに続けた結果、今、全部がいきています。絵を描いていたから3Dアートを描けるし、舞台に立っていたからパフォーマンスの構成を考えることができる。

これからAIが普及すると、それなりにできるという程度のスキルでは、あらゆることがすぐにAIに代替されてしまうと思います。その時強みになるのが、好きなことではないでしょうか。役に立ちそうにないことでも、自分の心に従って一生懸命やっていく。それが積み重なることで、AIには代えられない、その人の色、独自性が生み出されるのだと思います。

─21年には、オークションに出品したNFTアート※が、約1300万円で即日落札されました。VRアートは新しい芸術ですし、NFTもできたばかりの仕組みだと聞きます。未知の分野に飛び込むのは、怖くありませんか。

※ブロックチェーン技術を使って所有権を証明し売買もできるデジタルアート

確かにNFTは市場が整ったばかりなので、「少し様子を見たら?」と言う人もいました。でも私は、様子を見ることが好きではないんです。様子を見ている間に、世の中はものすごいスピードで動いている。でも自分は何も変化していない。この方が、リスクが大きいと思うんです。一歩踏み込んでみたら、失敗しても学びがあるしチャンスがつかめるかもしれない。私はケガをしても踏み出す方を選びます。現状維持は人間の本能的な生存戦略だと聞きます。でも、これだけ変化し続ける世の中なら、一緒に変化する方が正しい生存戦略ではないでしょうか。

─挑戦を続ける原動力は何ですか。

VRアートをつくって表現して、誰かに感動してもらうことです。それ自体が、エネルギー源というより生きがいです。VRアートは新しい分野だから、相談相手がいないし苦戦することもあります。でも生きがいだから諦めるという選択肢はありません。そう思えるものに出会えて、私はラッキーだと思っています。

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VRが世界を変える。アートで加速させたい

─VRは今後どのように発展していくと思いますか。

いずれはVRゴーグルが眼鏡のような形状、軽さ、価格になり、スマートフォンの機能を搭載するようになるといわれています。そうしたら、VRを中心に、産業も暮らしも一気に変わるのではないかと思います。

そもそもVRは、社会課題の多くを解決できる技術です。離れた場所にいる人と空間を共有できるので、教育や医療の地域格差を払拭できるし、アバターで別の姿になれることは、ジェンダーやルッキズムの問題の解決にもつながります。実際に、社交不安症のある人がVRの中で仕事をし、活躍している例もあります。遠い国の人同士が集う体験を子どもの頃からしていれば、自然に多様性を認め合うようにもなるはず。社会の分断が進む昨今において、平和教育にもなります。

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─せきぐちさんは、介護施設を訪問されているそうですね。

車いすの80、90代の方にVR体験をしてもらっています。皆さん、最初はけげんな表情をされますが、ゴーグルをつけた途端、「わあ」と顔を輝かせます。車いす生活だとなかなか旅行もできないので、疑似的にでも外の世界に出かけることがものすごくうれしいようです。VR空間を見回すことで首の可動域が広がるという効果もありますし、まさに想像力が解き放たれたような、明るく元気な顔をされます。それを見ると私も本当にうれしいし、VRは世界を広げてくれるものだと感じます。

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─産業とは、どのように関わるのでしょうか。

全業界がVRと無関係ではいられなくなると思います。例えば美容師の専門学校で、授業にVRを用いて講師の手元をいろいろな角度から見られるようにしているなど、VRと接点の少ないイメージのある業界でも活用が始まっています。経営者のように、時代の変化に対応しなければならない立場の人ほど、今からこうした動きをキャッチアップしておいた方がいいと私は思います。

─今後、取り組みたいことはありますか。

発達障がいの人にVRアートを制作してもらうと、すごく楽しそうな表情を浮かべることが多くあります。そこで、VRアートを活用した発達障がい者支援の仕組みづくりをしたいと考えていて、専門家と一緒に準備しているところです。

VRを使って、高齢者も障がい者も一緒に走り回り、遊んだり仕事したりする世界がやがて到来します。アートの力で、楽しみながら実現を加速させたいですね。

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取材後記

取材後、VRゴーグルを着けて、せきぐちさんが作った幻想的な和風空間を体験しました。入った途端、圧倒的な美しさとワクワク感、解放感が押し寄せます。「ご高齢の方に装着してもらうと、表情がぱあっと明るくなる」とせきぐちさんが言うように、脳の中の眠っていた何かが刺激される思いです。VRの可能性を感じた取材でした。

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