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幸福学の前野教授に教わる いまこそ知りたいウェルビーイング

LESSON 4 ウェルビーイングは暮らしにどう活かせますか|前野 隆司

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世界でも日本でも人々の幸福度を重視する機運が高まるいま、ウェルビーイングを私たちの生活にどう活かせるのかを検証します。

※本記事は2023年11月に掲載されたものです。
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    前野 隆司(まえの たかし)

    慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授

    1962年、山口県生まれ、広島県育ち。86年、東京工業大学修士課程修了後、キヤノン株式会社に入社してカメラの開発に携わる。その後、米国カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、米国ハーバード大学客員教授などを経て、2008年から慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。17年から慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長を兼任している。24年から武蔵野大学ウェルビーイング学部長を兼任予定。一般社団法人ウェルビーイングデザイン代表理事、ウェルビーイング学会会長。『脳はなぜ「心」を作ったのか「私」の謎を解く受動意識仮説』(筑摩書房)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社)、『幸せな職場の経営学』(小学館)、『ウェルビーイング』(共著/日本経済新聞出版)など著書多数。

幸福度も定期的にチェックするといい。

「健康に気をつけるように、幸せにも気をつけるべきです」
健康診断のように幸福度も定期的なチェックが必要と語る前野教授。
生活とウェルビーイングの関係について、広く深くお聞きしました。

ウェルビーイングが国の政策になってきた

――ウェルビーイングについて、日本の政府はどのような取り組みをしているか教えてください。

幸福度を下げる1番の要因とされるのは孤独と孤立です。日本では2021年に世界で2番目となる、孤独・孤立対策担当大臣が設置されました。これはウェルビーイング政策の重要な一歩と言えます。
2021年6月には内閣府が発表する「経済財政運営と改革の基本方針2021」、いわゆる骨太の方針の中でも、日本の国家戦略として「個人と社会全体のWell-beingの実現を目指す」という文言が盛り込まれています。
また文部科学省でも、2023年2月に発表された次期教育振興基本計画における方向性の中でウェルビーイングの向上を掲げています。
さらに内閣官房では「デジタル田園都市国家構想」を進めています。その構想とは「心ゆたかな暮らし」(Well-being)と「持続可能な環境・社会・経済」(Sustainability)を実現していくというものです。ウェルビーイングを指標化することで、よりよい街づくりに役立てようという動きが活発になっています。
自民党では日本Well-being計画推進特命委員会が行われており、私も有識者として参加しています。2023年の5月には第六次提言 が発表されました。
このように、最近では、さまざまな省庁や委員会でウェルビーイングに取り組むケースが増えてきました。国の政策により多くのウェルビーイングの視点が採り入れられることが期待されます。

――海外諸国ではどのようなウェルビーイング政策を行っているのでしょうか。

英国では2010年に、当時のキャメロン首相が国家としてウェルビーイングに取り組むことを宣言して、統計局がウェルビーイングを計測するようになりました。GDP(Gross Domestic Product:国内総生産)ばかりを見ていた従来の政策から、国民の幸福度を示すGDW (Gross Domestic Well-being:国内総充実)も数値にして「可視化」しようという試みでした。また英国では2018年に世界初の「孤独担当大臣」を置いています。
ニュージーランドでは国民の幸せは国の義務と考え、2019年より「ウェルビーイングバジェット(幸福予算)」を取り入れています。国民の生活水準を向上させる取り組みに予算をつけるもので、5つの基軸からなります。

 (1)メンタルヘルス支援
 (2)子どもの幸せをサポート
 (3)マオリ族と南太平洋諸国系民族の生活向上
 (4)イノベーティブな国家創生
 (5)サステナブルな経済社会への移行

ブータンはGNH(Gross National Happiness:国民総幸福量)の増大をめざすと宣言しています。ブータンはよく「世界一幸せな国」と呼ばれることがあります。それはかつての国勢調査(2005年)でブータン国民の約97%が「幸せ」と回答したことが影響していると思われますが、厳密にいうと世界に先駆けて「ハピネス」という概念を政治目標に取り入れた国ということなのです。

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各国がより良い暮らしのために手を結ぶ

――国を超えたウェルビーイングの取り組みはあるのでしょうか。

世界では国として取り組むだけでなく、国家間連合を形成する動きも出ています。例えば、ウェルビーイングと経済をテーマにしたWellbeing Economy Governments(WEGO)というユニオンです。加盟しているのは、スコットランド、ニュージーランド、アイスランド、ウェールズ、フィンランド、カナダの6カ国(2023年10月現在)で、国や地域としてウェルビーイング・エコノミーの理解を深め、推進することをめざしています。
ウェルビーイング・エコノミーとは、自然へのアクセスや社会参加、コミュニティーのつながりや公平さといった、人間にとって必要とされるニーズを満たすことが大切、というコンセプトに基づく活動です。

――国際機関では、注目すべき動きはありますか。

例えば、教育の分野ですね。経済協力開発機構(OECD)では、新たな教育のフレームワーク「教育2030」に、全人類の繁栄や持続可能性、ウェルビーイングに価値を置いて、それらを重視した教育をすべきであると明記されています。またOECDでは所得、住宅、健康、教育、環境、安全など、11分野について加盟各国の状況を報告するBetter Life Index調査を定期的に行っています。そのなかの一つとして「主観的幸福(Life Satisfaction)」がテーマとして取り上げられています。

日本各地で盛り上がるウェルビーイング活動

――現在、日本でめだっている活動を教えてください。

いま勢いがあるのは内閣官房が推進する「デジタル田園都市国家構想」でしょうか。2023年7月に行われた「第3回デジタル田園都市国家構想実現に向けた地域幸福度(Well-Being)指標の活用促進に関する検討会」には私も座長として参加しています。国家プロジェクトであり交付金もあるので、本腰を入れて実際的な施策に取り組んでいる自治体がかなり増えてきていると感じています。
最近では富山県の活動が目立ちますね。県を挙げてウェルビーイングに取り組んでいます。岩手県や福井県も積極的に取り組んでいる印象があります。
先駆的な取り組みとしては「幸せリーグ」という活動があげられます。正式には「住民の幸福実感向上を目指す基礎自治体連合」といい、2023年の5月現在で78の自治体が参加しています。その一つである東京都の荒川区では区民総幸福度(GAH)という指数を政策目標に取り入れ、地域住民の満足度を基準にした政策評価・政策立案に取り組んでいます。GAHとは「グロス荒川ハピネス」の略で、ブータンのGNH(Gross National Happiness)を参考にしていると思われます。

――前野先生は自治体のウェルビーイング活動に数多く参加されていますね。

そうですね、ごく一部ですが、私が参加している活動をいくつかご紹介します。
埼玉県横瀬町は「すべての人が幸せについて学んだ町」をめざし、小中学校でウェルビーイング教育を実施しています。私は講師をするなどプロジェクトに参加しています。
神奈川県鎌倉市は鎌倉スーパーシティ構想のなかで「世界一Well-Beingが高いまちKamakuraの実現」をめざしています。そのなかで私はウェルビーイングリサーチオフィサーとして活動させていただいています。
埼玉県さいたま市は「幸せを実感できるまちづくり」を掲げており、私はそのシンカ推進会議に参加させていただき、ウェルビーイングを考慮した町づくりを行っています。
神奈川県寒川町では、総合計画策定に参加させていただきました。高知県佐川町では、総合計画に関する活動に協力しました。このほかにも、多くの活動に関わっています。

いかにウェルビーイングを地域活動に具体的に取り組んでいくかについては、「ウェルビーイングを陽に考慮したシステムデザイン方法論」という研究を行っています。事例を交えた動画を公開していますので、興味のある方はご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=tgSPlT_Q-xk 

毎日の暮らしにこそウェルビーイングを

――家庭生活とウェルビーイングにはどのような関係がありますか。

ウェルビーイング研究によると、未婚より配偶者がいるほうが幸せな傾向があるとされています。もちろん、未婚で幸せな方はたくさんいらっしゃるでしょうし、あくまでも統計結果での話です。パートナーや友人、家族といった人とのつながりを豊かにすることが、ウェルビーイングのために大切だということを示唆しているといえます。
あるいは、子どもができて巣立つまでは幸福度が低いという研究結果もあります。小さな子どものいる家庭は傍から見ると幸せに見えますが、統計的な平均値で見ると実は幸福度が低いのです。この結果から考えられる教訓としては、子育て中には幸福度を高めることに気を配った生活をするよう心がけるべき、ということです。特に注意すべきは、0歳児のいる夫婦の離婚が一番多いという統計データがあります。夫婦が力を合わせて子育てをすべき時期に、幸福度が低く離婚が多いというのは深刻な社会問題というべきでしょう。

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――夫婦関係にもウェルビーイングな考え方を活かすことができるのでしょうか。

夫婦関係についてはワシントン大学の名誉教授、ジョン・ゴットマン氏の研究がよく知られています。ゴットマン氏は結婚をうまくいかせるための7つの原則があると述べていますので紹介します。

 (1)愛の地図を強化する
    ※愛の地図とは、パートナーの情報について記憶する脳の場所を意味します。
 (2)愛情を育み、たくさん褒める
 (3)離れるのではなく、寄り添う
 (4)相手からの影響を受け入れる
 (5)解決可能な問題は、放置せずに解決する
 (6)どちらも譲れない状態を打破する
 (7)人生の意味を共有する

またゴットマン氏は夫婦が離婚に向かう危険性のある、最もしてはいけない行動を4つ挙げています。いずれも夫婦関係だけでなく、あらゆる対人関係に当てはまるのではないでしょうか。

 (1)相手の人格に対する攻撃
 (2)優位な立場から相手を見下すこと
 (3)自己防衛的な態度
 (4)感情的になって相手を拒否する、あるいは対話を拒絶すること

さらには「怒りは結婚生活における正常な機能の一部」と述べ、必ずしも悪いものではないという視点を提示しています。要は怒りに対してどう反応するかが大事で、怒りが破壊的にならないようにすべきだというのです。長年の生活のなかで少しずつ行き違いが溜まっていく夫婦は多いと思いますが、怒りを正常な機能と捉え、過度に反応することなく、相手のことも考えて上手に危機を回避する対応が必要だといえるでしょう。

健康診断のように幸福度をチェックする

――自分の幸福度を知る方法を教えてください。

私たちが「はぴテック」というベンチャー企業の太田雄介氏と共同開発した「幸福度診断Well-Being Circle」というのがあります。すでに17万人以上(2023年5月現在)の方に体験いただいています。
この診断は、LESSON2 で紹介した、私の提唱する4つの幸せの因子「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」「ありのままに」に加えて、「幸福度」の基本的な要素、「ビッグファイブ」と呼ばれる外向性、協調性、良識性、情緒安定性、知的好奇心といった性格の特性、そして「健康力」「社会の幸せ」「職場の幸せ」「地位財」など、どれも幸福度に関係のあることがわかっているものをアンケートによって計測するものです。
円グラフには自分の診断結果と全国平均のチャートが表示され、総合値やWell-Being、やってみよう力などの各数値もスコア化されます。「幸せを支える5つの特性」として、フレンドリー力が高い、まじめ力が高いなどの強みとされる特性が提示されます。また「もっと幸せになる余地がある5つの特性」として、エネルギッシュ力、信頼関係のある地域など、現在の自分に不足している要素が提示されます。
さらにはチャットGPTを用いた「ハッピーAI」という対話型のアドバイスがあり、自分の幸福度がどんな状態にあるのか、わかりやすく教えてくれます。
無料で診断できますので、興味のある方はぜひ試してみてください。

https://well-being-circle.com/ 

幸福度診断Well-BeingCircle
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――診断結果はどのように解釈したらよいでしょうか。

健康診断と似たところがあります。健康を測ることによって、私たちは健康に気をつけることができます。同じように幸福度を診断することで、「いま自分の幸せがこうなってるんだな」とわかるわけです。全体として数値が高いか低いかは、アンケートに向き合う個人の特性によって違います。楽観的な人や個人主義的な傾向のある人は高めに出るでしょうし、心配性で慎重な人は低めに出るでしょう。サークルの大きさについては、こうした個人差を考慮して考えたほうがよいと思います。
それよりもサークルの凹凸を見ることが重要です。どの要素が突き出ていて、どの要素が引っ込んでいるかを見ることで、幸福度の特徴を把握することができるでしょう。
自分が幸せかどうか。自問自答ではなかなかわからないものです。こうしたある程度の客観性を備えたツールを使って、ときどき幸福度をチェックしてみるのが大切と考えています。
「ドクター・ハピネス」の異名をもつウェルビーイング研究の先駆者、エド・ディーナー氏らが2011年に発表した「Happy people live longer」の名で知られる論文のなかには、「幸せな人は健康なだけでなく長寿である」「幸せな人は平均して7〜10年ぐらい長生きする」という研究データがあります。健康に気をつけるように、幸せに気をつけるというのは、よりよい毎日を過ごすために、とても重要なことだと思います。

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