人々の生活を支え、仕事の生産性を上げる便利なツールか。それとも人間の仕事を奪い、私たちの存在を脅かすテクノロジーか──。この数年、AIをめぐってさまざまな議論が続いている。そんな議論に「クリエイティビティ」という視点から一石を投じたのが、AI研究者でアーティストでもある徳井直生氏である。彼が考えるAIのポジティブな可能性とは。
徳井 直生
アーティスト/AI研究者
とくい・なお
石川県生まれ。東京大学大学院工学系研究科電子工学専攻博士課程修了。AI研究に取り組みながら、DJや音楽制作を続ける。2009年にQosmoを設立。「アートとテクノロジーを通じて人類の創造性を拡張する」をビジョンに掲げ、作品制作やプロダクト開発を行っている。著書『創るためのAI機械と創造性のはてしない物語』(BNN)は21年度大川出版賞を受賞した。
─AIを使ったDJパフォーマンスを続けていらっしゃいます。どのようにAIを活用しているのですか。
はじめは、AIが選んだ曲を受けて僕が選曲し、さらにAIが次の曲を選ぶというスタイルのパフォーマンスを行っていました。2人のDJが交互に選曲するスタイルを「バックトゥバック」といいますが、その相手をAIにしたわけです。AIは過去の楽曲を学んだ上で、いわばストライクゾーンからボール1つぶん外れた選曲をすることがよくあります。その意外な選曲に対して、どのような曲を選んで流れをつくっていくか。それが試されるパフォーマンスといえます。
その後AIは選曲だけでなく、メロディやリズムやベースライン、つまり音楽そのものをつくれるようになりました。曲のパーツをAIが生成し、それを僕がリアルタイムでミックスして1つの楽曲に仕立てていくのが、僕が「AI DJ」と呼んでいる現在のパフォーマンスです。
AIを使ったDJパフォーマンスの様子。背景のグラフィックもAI生成によるもの
─AI研究を始めたのは大学時代だそうですね。
大学4年生でした。「AI冬の時代」と呼ばれていた1990年代後半のことです。きっかけは、カール・シムズというアーティストがつくった人工生命アートを見たことでした。当時のAI技術によってグラフィックスが生成される作品なのですが、「つくった本人もなぜそのようなグラフィックが生成されるか分からない」と聞いて、とても興奮しました。それ以前から僕はプログラミングを学んでいたのですが、従来のプログラミングの考え方では、想定外のアウトプットはバグと見なされます。しかし、彼はその想定外の動きをアートと捉えたわけです。同じ発想で、僕が高校生の頃から好きだったヒップホップやテクノなどのダンス音楽にAIを応用できないかと考えました。
─ダンス音楽では、昔からプログラミングが多用されていますよね。
AIを使えば、従来のプログラミング音楽とは別の何かがつくれるかもしれない。そう思いました。当時のAIの性能では、MIDIと呼ばれる楽譜情報をつくるのが精いっぱいでした。とはいえ、人間がプログラミングした音をそのまま再現するのではなく、過去の音楽データから学んだ結果を、ちょっとずらした形で出してきたりするわけです。
─「ボール1つぶん」ずらしてくるのですね。
そうです。ど真ん中ではないけれど、暴投でもない。そういうアウトプットが出てくるのがAIの一番面白いところだと僕は思っています。
さらにその後の進化で、AIは自分が生成したものの良し悪しをある程度まで判断できるようになりました。生成物の審美的評価という能力を持ち始めたということです。アーティストは、実際に手を動かしてものをつくりながら、自分がつくったものの良し悪しを判断しますよね。現在のAIは、その両方をある程度のレベルで行うことができます。
ただし、AIが行う生成と評価は、あくまでも過去からこれまでの間に存在した音楽から学んだものであって、それらを超える表現を生み出すことはできないし、これまでなかった新しい表現を評価することもできません。全く新しい何かを生み出し、それを評価できるのは、現在のところ人間だけです。
─Qosmo(コズモ)という会社の代表も務めていらっしゃいます。これはどのような会社なのですか。
会社を設立したのは2009年でした。「アート×テクノロジー」という大学時代からのテーマをビジネスにできないかと考えたのですが、当初は明確なビジネスモデルはなく、アプリ開発、広告制作、データ解析などいろいろな仕事を手がけていました。その後2012年くらいから、現在まで続くAIブームが始まったことで、AIを軸としたビジネスに方向性を定めることができました。
現在の活動の柱は大きく3つあります。1つは音楽やビジュアルなどのアート作品づくりです。ここから大きな収益が生まれることはありませんが、この活動が2つ目の柱である企業とのR&Dプロジェクトなどにつながることがしばしばあります。さらに、作品づくりの中で生まれたアイデアや技術によって新しいプロダクトの開発が実現することもあります。これが3つ目の柱です。音楽の分野で言えば、AIDJで使ったシステムが有線放送サービスに使われたり、市販のDJソフトウェアに組み込まれたりしています。
─AI研究、アート制作、ビジネスのそれぞれがシームレスに結びついているといえそうですね。
その通りです。Qosmoにはエンジニアやデザイナーの他に、技術研究やアーティスト活動をしているメンバーがいます。それによって、アートと技術開発や製品開発を結びつけることが可能になっているのです。テクノロジーが生み出す具体的な価値をアートという形で世の中に示し、それを通じてテクノロジーの活用法を提案していく。そんなアプローチができるわけです。「新しい技術を使って何ができるか」ではなく、「新しい技術は社会や人々の生活にどのようなベネフィットをもたらすか」という視点から様々なアイデアを生み出すことができるのが、僕たちの強みであると考えています。
─AIは現在のところ、仕事の効率化などに活用されるケースがほとんどです。一方、著書『創るためのAI』では、AIは人間の創造力を拡張させると説かれていますね。
AIがもたらす価値の1つが効率化であることは間違いありません。単純な事務作業の生産性を向上させるだけではなく、創造的活動においても、アイデアのバリエーションを増やしたりする作業をAIによって効率化することが可能です。
しかし、そこで終わってしまうのはもったいないことです。AIは人間には思いつかないものを生み出す力があります。
AIは人工的(Artificial)な知能のことですが、むしろ、代替的(Alternative)な知能、あるいは異星人的(Alien)な知能と捉えた方がよいと言う人もいます。AIが生成するちょっと変わった表現や、これまでの常識に照らせば間違っていると思える答えの中に、実は新しいものを生み出すヒントがあるかもしれない。それを拾い上げ、組み合わせていくことによって、これまでになかった創造が実現するかもしれないー。そう僕は考えています。
AIが出すオルタナティブで異質なアウトプットを拒否するか、あるいはそれを面白がれるか。そこに、AIを創造的に活用し、自分の創造力を高めていけるかどうかの分岐点があるのだと思います。
─いわば、「創造力の種」をAIが提供してくれるということですね。
おっしゃる通りです。従来、アーティストが新しい作品を生み出すために参照してきたのは、過去の芸術作品や自然でした。しかしAIが登場したことによって、インスピレーションのソースがもう1つ増えたということです。
僕はよく「AIによって人はみんなDJになる」と言っています。DJの役割とは、いろいろな音楽を組み合わせて聴衆を楽しませることです。AIが生成した音楽やイラストの中から面白いものを見つけ、それらをミックスしたりコラージュしたりして新しいものを生み出す行為は、まさしくDJ的であるといえます。
重要なのは「生成」という言葉に惑わされないことです。AIが生成するのは、あくまで過去の作品、過去の情報の焼き直しです。そこに「ボール1つぶん」の異質性はあるとしても、全く新しいものを生み出す力はAIにはありません。AIによる生成物をどう取捨選択し、どう組み合わせていくか。その主導権はあくまでも人間側にあります。
だから生成AIを活用することは、一種の検索であり、消費であるといえます。AIに指示を出して画像を生成させることは、イラストのデータベースを検索してイラストを見つけることと本質的に同じです。また、AIに音楽を生成させること自体は、人間の創造的行為ではなく、消費的行為です。AIが「生成」したものは最終的な「生成物」ではなく、人間が新たな創造をするための「素材」である。そんな考え方が必要なのだと思います。
─そのような創造性は、アートだけではなく、ビジネスの世界でも求められそうですね。
そう思います。いろいろなアイデアや過去のデータなどを組み合わせて新しい価値を生み出していく創造性は、ビジネスの世界にも必要なことです。アーティストは既存のものを先鋭的なやり方で組み合わせたり、異なるコンテクストに置いたりすることで新しいものを生み出します。その方法論に学びながら、AIを上手に活用することで、ビジネスにおける創造性を高めていくことができるのではないでしょうか。
徳井さんが代表を務めるQosmoの中目黒のオフィスでお話をうかがいました。これまでアーティストとして数々の音楽作品やインスタレーションを手がけてきた徳井さん。過去には、海外でも高く評価されているDJ/トラックメーカーのNujabesや、アンビエントミュージックの生みの親である世界的ミュージシャン、ブライアン・イーノともコラボレートされています。とても「とがった」方かもしれないと思いながらインタビューに臨みましたが、実際にお会いしてみると、たいへん穏やかで謙虚なお人柄がまっすぐに伝わってきて、こちらからの質問にも笑顔を交えながら真摯に答えてくださいました。徳井さんの著書『創るためのAI 機械と創造性のはてしない物語』は、AIに感心がある人は絶対読むべき本です!