誰もがイキイキと輝ける社会の実現に向けた日立ソリューションズのインクルーシブな取り組みを紹介する本連載。初回は仕事と介護の両立をめざす社内プロジェクトを紹介する。その概要と見据える未来をビジネスケアラー支援の第一人者である酒井穣氏とプロジェクトリーダーを務める経営戦略統括本部エグゼクティブエバンジェリストの伊藤直子が語った。
酒井 穣
株式会社チェンジウェーブグループ
取締役
商社やオランダの精密機器メーカー等に勤務後、2016年リクシスを創業、2024年チェンジウェーブと経営統合し現職。介護関連の有識者として各メディアで活躍中。『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)他、著書多数。
伊藤 直子
株式会社日立ソリューションズ
経営戦略統括本部
エグゼクティブエバンジェリスト
事業戦略本部 担当本部長
人事総務本部 本部員
ソフトウェア製品開発、ネットワーク・セキュリティのSEを経て、2015年から働き方改革のプロジェクトに参加。ITを用いた企業の働き方改革支援事業にも従事する。2023年より「介護も!仕事も!プロジェクト」を主導。
伊藤:酒井さんには、2023年の「介護も!仕事も!プロジェクト」の立ち上げ以来、いろいろとお付き合いいただいております。
酒井:確か、私の本を読んでくださったことがきっかけでしたね。
伊藤:はい。日立ソリューションズは、2022年度に中期経営計画の重点方針として、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を掲げました。その具体的な取り組みテーマをアイデアソンとして社員に募ったところ48件のアイデアが出され、全社員投票の結果、最優秀テーマに選ばれたのが「仕事と介護の両立」でした。
翌23年度に私がリーダーとなり、経営戦略部門と人事部門との合同チームでこのプロジェクトを立ち上げたのですが、何から手をつけていいか分からない。慌てて本を買ったうちの1冊が、酒井さんの『ビジネスケアラー 働きながら親の介護をする人たち』、親を介護するビジネスパーソンの本でした。その内容がすごく腑に落ちたんです。
酒井:ありがとうございます。
伊藤:社員投票でこのテーマが選ばれたのは、気づきがあったからだと思います。介護という社会課題を、みんな頭では理解しつつもあまり意識していなかった。それがテーマとして提示されて改めて、取り組むべきものだと感じられたのではないでしょうか。
酒井:周知のように、今年から団塊の世代が後期高齢者になり、要介護認定者数が上がるといわれています。それにともなってビジネスケアラーが増加することは明白です。何らかの対策を講じなければ、介護離職の増加や生産性の低下から、大企業では年間6.2億円の利益が失われると試算されています。そこで、厚生労働省は育児・介護休業法を改正して、研修や相談窓口の設置などを義務化しました。仕事と介護の両立支援が、企業の義務になったのです。それでもまだ自分事と考えない人は多いのです。
しかしながら日立ソリューションズをはじめ日立グループは、義務化される前から取り組みを開始していますね。
伊藤:はい、以前からグループ全体で、介護に関する管理職向け研修などを実施しています。
酒井:日本企業としては、トップクラスの早さです。経営リスクに対する感度が高いのだと思います。
伊藤:私自身は手探りでした。
プロジェクトは、目的とありたい姿の設定から始めました。まずは目的をチームでディスカッションし、ビジネスケアラーとネクストケアラー(数年後に介護をする可能性のある人)が安心して働ける環境をつくること、そのために全社員が両立リテラシーを持って相互支援できる体制をつくることと決めました。ありたい姿は、会社が社内の状況を把握していて、全社員が介護に対する正しい知識とポジティブな意識を持ち、それぞれの状況をみんなでシェアしている姿です。実現のために、社内の意識調査としてチェンジウェーブグループの両立支援プログラム「LCAT」を導入しました。
酒井:社員の皆さんにアンケートに答えていただき、回答から一人ひとりの介護リスクや介護への備えを分析して、それに応じたメルマガやEラーニングを提供するという仕組みです。
伊藤:並行して、リテラシーの向上のために酒井さんに講演していただいたり、日立グループで提供しているEラーニング研修を全員に受けてもらったりもしています。
意識を変えるという点では、プロジェクト開始後すぐに、社内でのオンライントークライブを始めました。初回にこのテーマの発案者と私が出演し、プロジェクトの目的や経緯などを話したところ、視聴者が約230人に上り、実名が出るにもかかわらず様々な意見や体験談がチャットに書き込まれました。改めて介護はみんなの関心事であり、気軽に話せる場が求められていると感じ、この方針でプロジェクトを進めていいのだと確信を得ることができました。以降、2カ月に1回のペースでトークライブを開催しています。
他にも、チームメンバーの介護体験をマンガコラムにするなど、いくつもの取り組みを展開しています。
酒井:その点にも感心させられます。伝えたいコンテンツがあったら、受け手が飽きないように形を変えつつ、何度も繰り返し伝えている。単発の研修で何とかなると考える企業が多いのですが、そんな魔法の仕掛けはありません。甘い見積もりをしないのも御社の優れたところです。
伊藤:当社はこれまでも働き方改革や女性活躍推進の取り組みをしてきました。その中で、1回だけでは伝わらないと分かりましたし、何回も言ってこそ、会社が本気で取り組んでいると社員に理解してもらえると感じています。
私自身、プロジェクトを通して、介護はポジティブに捉えることができるものだと学びました。
酒井:介護はもちろん大変なこともありますが、知識を身につけるだけで、難なくこなせることも結構多いのです。なぜなら、日本には素晴らしい福祉制度があるから。極端に言うと、家族が全く関与しなくても地域包括支援センターが介護のプロを手配してくれ、配食サービスや家事代行サービスを使えば生活がまわることも多い。だから家族はすべてを自力でしようとせず、できる範囲で関わるだけでいいのです。ところが多くの人が、どんな支援や商品があるのか分からず、自分でやらなくてはいけないと思っている。だからネガティブに捉えてしまうのです。
伊藤:私たちは介護保険料を払っていますから、地域包括支援センターやケアマネージャーのサービスを受ける権利があり、それを受けることでかなり楽になる。それをきちんと分かっている人は、それほど多くありませんね。
酒井:みんな、プロに頼ることに罪悪感も抱いています。でも、慣れない息子におむつ交換をされるのと、プロに手早くされるのでは、親御さんはどちらが楽でしょうか。
ある男性は、親孝行のつもりで仕事をしながら車椅子生活のお母さんの介護をがんばり、ついに倒れてしまいました。その後息子さんに代わってケアを任された介護福祉士が、お母さんが好きな歌手のコンサートに行きたがっていることに気づいた。お母さんは、一生懸命介護してくれている息子に遠慮して、言い出せなかったのです。その後、介護福祉士が車椅子利用者向け制度の活用などコンサートに行けるよう支援をしてくれたため、お母さんは元気にコンサートを満喫したそうです。身内が介護することが、必ずしも介護者、被介護者双方の満足につながるとは限らないのです。
伊藤:介護における家族の役割は、介護作業そのものではなく、介護の体制を整えること。そして親子のコミュニケーションで親のハッピーを増やすこと。そう考えると、プロに任せる罪悪感はなくなるし、すべきことがクリアになり、ポジティブに介護に臨めます。
もう1つ、考え方の順序を変えることも両立には必須ですね。
酒井:その通りです。多くの場合、介護が始まると、介護にどう時間を割くのか、介護中心に考えます。でもまず自分がどう働いていきたいかをはっきりさせ、そのためにどう資源やサービスを使うかを考えることが大事です。
伊藤:私たちのプロジェクトでも、部下に介護が発生した上司には、「休んでいいよ」ではなく部下の意思で働き方の方針を決めさせてほしいと伝えています。それを社内で共有することで、調整しやすく、理解も得やすくなる。それで仕事への影響がゼロになるとはいえませんが、少なくとも介護のために仕方なく会社を辞めるという事態は避けられると考えています。
伊藤:今後ますますビジネスケアラーが増加します。まずは当社の社員が、仕事と介護を難なく両立できるようになり、それを外に発信していきたい。当社のやり方をヒントに他の企業も取り組めば、みんなハッピーに働ける社会になる。それが私の最大の目標です。女性が産休・育休を取って仕事を続けることが当たり前になっているように、介護もきっとできるはずです。
酒井:「助けられる技術」の育成にも取り組んでほしいですね。自分はこういう働き方をしたいからこういう制度を使わせてほしいと、必要な支援をきちんと求めていく力です。
伊藤:確かに、介護は人それぞれなので、訴えなければ両立しやすい環境はつくれません。そういうマインドも研修などを通し醸成していきたいですね。
日本は仕事と介護の両立に関して、世界の最先端を走っています。その中で、当社の取り組みはすべてが学びになるはずです。失敗も成功もすべて経験として世界の役に立つ。だから失敗はない。みんながハッピーに働ける社会にするために、臆せず走り続けます。
酒井:いずれ他の先進国も介護問題に直面します。仕事と介護の両立という課題を解決できれば、そのノウハウは世界で売れる。日本は今、ものすごく大きいビジネスを立ち上げつつあるのです。日立ソリューションズはその先頭を切っています。今後の取り組みに期待しています。