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株式会社オリィ研究所 代表

吉藤 健太朗

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AI(人工知能)によって自律する存在──。私たちは現代のロボットをそのようなイメージで捉えているが、吉藤健太朗氏が開発したのは、生きた人間の「分身」としての機能に特化した独自のロボットだった。そのロボット「OriHime」によって、彼は人間の孤独を解消することをめざしたのだという。OriHimeに込めた思いと、その可能性について吉藤氏が語った。

※本記事は2020年12月に掲載されたものです

「移動」なしでも社会参加はできる

吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)プロフィール

1987年奈良県生まれ。小学5年から中学2年まで不登校を経験する。工業高校、高等専門学校を経て、早稲田大学創造理工学部に進学。その間、国内の科学技術フェア「JSEC」で文部科学大臣賞、世界最大の高校生科学イベント「ISEF」でGrand Award 3rdを受賞する。2012年に株式会社オリィ研究所を設立。著書に『「孤独」は消せる。』(サンマーク出版)、『サイボーグ時代』(きずな出版)がある。トレードマークの「黒い白衣」は、19歳の時に自らデザインしたもの。改良を重ねて現在も着続けている。

※黒字= 吉藤健太朗 氏

──OriHimeとはどういうロボットで、なぜそれを作ろうと思ったのか、改めてお聞かせください。

原点にあるのは、私自身の不登校の経験です。現代社会において、世の中に参加するということは、すなわち身体を移動させることです。コロナ禍で移動が制限されたことによって、多くの方々がそのことを実感されたと思います。電車に乗って学校や会社に通ったり、自動車で移動したりできないと社会参加は難しい、と。身体が動くことを前提に社会がデザインされていることを私たちは「身体至上主義」と呼んでいます。10代の私も、家から出て学校に通うことができなかったために、世の中に居場所がなかったわけです。

しかし、これからの時代には、「身体が動かない」という状態を多くの人が経験することになるかもしれません。平均的な健康寿命が75歳、人間としての寿命が85歳だとすると、10年間は身体に不自由を抱えて生きなければなりません。それによって、社会に参加する機会も少なくなっていくでしょう。結果何が生じるか。「孤独」です。私自身、不登校の時に一番つらかったのは、自分が圧倒的に孤独であるという感覚でした。孤独はうつ病や認知症の原因にもなります。孤独をどうやって消すか──。その探求から生まれたのが、OriHimeというロボットです。

左/電源を入れると生命が宿ったように目が光る。眉間の部分にあるのがカメラ 右/「誰にでもなれる」フラットなデザインが特徴。体高は20cmほどだ
左/電源を入れると生命が宿ったように目が光る。眉間の部分にあるのがカメラ
右/「誰にでもなれる」フラットなデザインが特徴。体高は20cmほどだ

OriHimeは、スマートフォンやPCからの遠隔操作が可能な「もう一つの身体」です。カメラとマイクとスピーカーが内蔵されていて、モーターによって首や腕を動かすことができます。例えばOriHimeを教室に置いておけば、病院の無菌室の中で生活している人でも、授業に参加することが可能です。黒板を見て、先生の話を聞いて、手を挙げて発表することもできます。友だちと会話をすることもできます。OriHimeという分身がいることによって、これまで社会に参加できなかった人が自分の居場所をつくることができるのです。

──デザインも特徴的ですね。

そこが一番の苦労点でした。操作する人の顔をモニターに映すことも試してみたのですが、そうするとその人は「遠くにいる人」になってしまいます。その人が目の前にいて、その場所に参加しているという感覚が希薄になってしまうんです。

むしろ、本人の顔が見えないことによって、「このロボットがその人である」と周囲の人は認識するようになります。だから、ロボットの顔も能面のようにあえてキャラクター性のないデザインにしてあります。何者でもないので何者にもなれるということです。

「環境障がい」を克服するツール

「分身ロボットカフェ」で使われたOriHime-D。体高120cmで移動能力がある
「分身ロボットカフェ」で使われたOriHime-D。体高120cmで移動能力がある

──ロボットといえば、AIとセットで語られることが多いですよね。AIを使わなかった理由をお聞かせください。

孤独を消すためには、AIを搭載したパートナーロボットを作って、コミュニケーションができるようにすればいい。そう考えたこともありました。友だちをつくるより、ロボットを作る方が早道ですから。

しかし、私はやはり「人」にこだわりたいと思いました。私が世の中に出ていくことができたのは、憧れの先生や褒めてくれる人たちとの出会いがあったからです。自分を傷つけるのは人ですが、自分を必要としてくれるのも人です。ロボットとどれだけ会話できても、世の中に出ていこうというモチベーションにはなりません。本当の意味で孤独を消すためには、リアルな場所に参加することが必要である。そう私は考えました。

──例えば、電話やビデオ会議システムなどとOriHimeの最大の違いはどこにあるのでしょうか。

電話やビデオ会議でのコミュニケーションは限定されていますよね。ビデオ会議で話ができるのは、そのプラットフォームに参加している人だけです。OriHimeは、リアルな空間の中に身体というアカウントを持って、いろいろな人と対話し、出会うことができます。

「環境障がい」を克服するツール

さらに大きな違いは、電話やビデオ会議のコミュニケーションは「用件の伝達」が最大の目的だということです。電話をかければ、必ず用件を伝えなければなりません。なぜ電話をかけたのか、と。しかし、人に居場所があるということは、「なぜそこにいるのか」を問われないということです。そこにいるのが当たり前ということです。その人の存在を当たり前のものにしてくれるツール。それがOriHimeです。

──現在のユーザー、あるいは今後ユーザーとして想定されるのはどのような人たちでしょうか。

「環境障がい」に直面しているすべての人たちにお使いいただけると考えています。家族と離れた場所に住んでいてなかなか会うことができない。それは「距離的障がい」です。子育てや介護が忙しくてなかなか外出できない。それは「時間的障がい」です。身体的なハンディキャップによって思うように動けない方もたくさんいます。やりたいことがあるのだけれど、それを妨げる要因がある。その要因を私たちは「環境障がい」と呼んでいます。そのような障がいを抱えている人たちに、それを乗り越えるツールとしてOriHimeを使っていただきたいと考えています。

「変化」が人生の鍵を握る

「変化」が人生の鍵を握る

──カフェの実験を行ったそうですね。

OriHime-Dを使った「分身ロボットカフェ」ですね。OriHime-Dは全長が120cmと通常のOriHimeよりも大きく、前進後退や旋回といった移動能力があります。これを寝たきりで体が動かない人などが操作して、お客様に飲みものを運んだり、会話をしたりする試みを行いました。「寝たきりでも働けるカフェ」というコンセプトでしたが、本当のコンセプトは「失敗を提供すること」でした。私たちは、「世界初の失敗」をしたいといつも考えています。実際に大きな失敗があったわけではありませんが、仮に失敗したとしてもそれ自体に意味があると私たちは考えていました。

──なるほど。世界で初めてのチャレンジであれば、世界で初めての失敗が起こり得るということですね。このような「分身」は、新型コロナウイルスの感染防止にも役立ちそうです。

OriHimeを使った接客などのニーズは実際に増えていますね。分身ロボットカフェはコロナショック以前の取り組みでしたが、期せずしてコロナ禍によって可能性が広がりました。接客スタッフに感染リスクのない「究極のマスク」としての分身ロボット。そんな可能性です。コロナショックは、すべての人に環境障がいを負わせたともいえます。そう考えれば、OriHimeの使い道はさらに広がっていきそうです。

──コロナショックによって、人々や世の中はどのように変わっていくのでしょうか。

人が変わるモチベーションは2つしかないと私は考えています。「変わることに興味がある」か、「変わらざるを得ない」かです。変わることに興味がある人たちは、このコロナショックによる変化を受け入れて、新しい生活や働き方を実践していくのだと思います。一方、変わらざるを得なかったために変わった人、例えば、出社ができなくなったので仕方がなくオンラインツールを使った人たちの中には、コロナ禍が過ぎれば元に戻ってしまう人もいるのではないでしょうか。

──コロナショックによってポジティブな変化も生まれました。変化を社会に定着させていくにはどうすればいいと思われますか。

年功序列をなくすことだと思います。変化に必要なのは、新しい仕組みやテクノロジーです。これまでの日本社会には「早く生まれた人ほど偉い」という年功序列の価値観がありました。しかし、技術の世界は「新しい方が優れている」のが普通です。つまり、逆年功序列ということです。

「変化」が人生の鍵を握る

新しいテクノロジーに親和性があるのは、若い人たちです。テクノロジーの逆年功序列の考え方を社会に定着させていくには、年長者が若い人たちの力を借りる必要があります。年齢差にとらわれず、20歳年下の友人や20歳年上の友人がいる状態を当たり前にしていくことです。その「異文化交流」こそが変化に対応していく方法です。年齢にこだわり続ける人は、結局変化から取り残されていくだけではないでしょうか。

──変化をポジティブなものと捉えられるかどうかで、その人の人生も変わってくるといえるかもしれませんね。

そう思います。私がこれまで孤独を解消する取り組みの中で目にしてきたのは、結婚して、子どもを育て、社会的に成功して、お金もあるのに、どうしようもなく孤独な人がいるという事実です。その一方では、身体が動かず、入院生活を続けているけれども、毎日のようにいろいろな人が見舞いに来てくれて、とても幸せに生きている人もいます。その差の鍵を握るのが、まさしく「変化」であると私は考えています。変化を拒み、新しい価値観を受け入れられず、孤独に苦しむか。変化を受け入れ、テクノロジーを上手に活用しながら、多くの人と交わっていくか。それが問われる時代になっていくのだと思います。

吉藤健太朗氏
〈取材後記〉

大変多忙な中で、時間を取ってインタビューと撮影に応じてくださいました。インタビュー時間は45分ほどでしたが、非常に濃密で情報量の多いお話でした。イノベーションをテーマとした取材はどうしても技術論が多くなる傾向がありますが、吉藤さんのお話で特に印象的だったのは、「技術」ではなくそれが生み出す「価値」こそが重要であるという信念が強く感じられたことでした。トレードマークの「黒い白衣」も素敵でした。これからも新しい技術を生み出して、世の中に幸せを提供し続けてください。

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