株式会社丸井グループアドバイザー
おざわ・きょうこ/2002年生まれ。帰国子女。バスケットボール部で活動し、ジュニア農芸化学会で銀賞などを受賞。体育祭実行委員会委員長も務め、ボランティア活動なども実施。19年10月にユーグレナ初代CFO(最高未来責任者)に就任。21年4月に早稲田大学社会科学部入学。日本原子力学会誌ATOMOΣ(アトモス)で時論、コラムを寄稿。21年11月に丸井グループのアドバイザーに就任。
「貧困をなくそう」と「飢餓をゼロに」
私はこれまで、サステナビリティについて様々な場所で情報を発信してきました。理想論のみを振りかざして、「どうやって実現するかは、政府や企業が考えること」というスタンスではなく、理想を掲げつつ現実を一歩でもそこに近づけるには何をすればいいのか考える。そんな姿勢を大事にしてきたつもりです。
現実の世界を見ると、問題の大きさ、複雑さに足がすくむような感覚を覚えることもあります。戦争や紛争は続いていますし、地域によっては飢餓で苦しんでいる人たちもいます。明日生き延びられるかどうかを心配している人に向けて、「グリーンな生き方をしましょう」などと言えるでしょうか。もし私が同じ状況にあったとすれば、先進国から聞こえてくるSDGsのメッセージが心に響くことはないでしょう。
しかし、立ち止まっていては何も解決しません。世界の人口の何分の1かが動きたくても動けない現状があるからこそ、今余裕のある残りの人たちが率先して実行しなければならない。日本社会に生きる人たちの多くは後者に含まれているはずです。
少しでも多くの人たちがサステナブルな生き方へと進むことで、1cm、あるいは1mmだけかもしれませんが、世の中の常識や人々の意識が望ましい方向へと動くはずです。例えば、環境配慮型の商品が少しずつ増えてきたのも、人々の意識の変化を反映したものでしょう。それらを購入する消費者がもっと増えれば、その商品1点あたりの製造・流通コストは低下して価格を下げることが可能になります。結果として、もっと多くの消費者の支持を得られるようになるでしょう。
グリーンエネルギーや電気自動車も同じでしょう。環境配慮型の商品であっても、誰も手が出せないような価格では本質的な意味でサステナブルな生活は浸透しません。多くの人たちが買えるようになるには、規模拡大などを通じて価格を下げる必要があります。
ある意味では、鶏と卵どちらが先かという話と同じかもしれません。「高いから買えない」「買う人が少ないから値段が下がらない」。この袋小路から抜け出すには、まず先進国の人たちが自分の常識を問い直し、小さな一歩を踏み出す必要があるのではないでしょうか。そうして一定の規模と強度を持つ土台ができれば、次のステージに進みやすくなります。
SDGsでは、17の目標の1番目に「貧困をなくそう」、2番目に「飢餓をゼロに」というゴールが掲げられています。17の項目に優先度はありませんが、最初に出てくるゴールなので人々の注目を集めやすいはずです。その中でも私としては、貧困をなくすことを前提としたサステナビリティの追求が理想形態だと信じています。明日の食事を心配することなく、ある程度安定した生活を送れるような環境があってはじめて、人は気候変動にも注意を向けることができるからです。サステナブルな社会づくりを進めるためには、貧困問題への取り組みは不可欠です。
「失敗すればよかったのに」といわれて気づいたこと
さて、本シリーズも今回が最終回です。最後に、自分自身の現在位置と将来などについて少しお話ししたいと思います。
2019年から1年間携わったユーグレナにおけるCFO(Chief Future Officer:最高未来責任者)としての活動は、かけがえのないものでした。ペットボトル商品全廃という提言が会社に受け入れられたことを含め、1年間取り組んだことに対して、自分としてはやり切ったという感覚がありました。
そんな1年の任期を終えた時、ユーグレナCEO(当時、現社長)の出雲充さんから「もちろん上手くいったのは嬉しいけど、失敗すれば経験的にもよかったのに」と言われたことを覚えています。私はそれまでの任期中、「いかに失敗せず、成功させるか」と考えていました。集まって議論したサミットメンバー(2004年生まれ~2009年生まれの8人)、ユーグレナの人たちにも迷惑をかけたくない、できるだけ満足してもらいたいと思っていたので、出雲さんの言葉に少し驚きました。
しかし、しばらくした今頃になってやっと、出雲さんの言葉の意味が分かってきました。もっと肩の力を抜いてチャレンジすれば、今以上の世界が見えていたかもしれない、と。CFOとしてチャレンジはしましたが、もっと高いところを狙えたかもしれない。同世代のメンバーをまとめようと気を使いすぎたり、活動を形にするために慎重になりすぎたりしたところもあったかもしれません。
小さなエピソードですが、それ以来、自分の考え方は少し変化したように感じます。もともと、私の思考法はどちらかというと「逆算型」でした。「この目標を達成するためには、今これをしなければ」と考えるタイプです。また、感覚よりもロジックに重きを置いてものごとに向き合う傾向があります。対象やケースによっては、「失敗をしないためにどうするか」という、リスク回避型のアプローチになっていたかもしれません。
出雲さんの話を聞いて、自分で自分の枠を決めていたようなところがあると気づかされました。そして、「失敗してもいいんだ」、「寄り道もアリだな」と思えるようになりました。大ケガは困りますが、短い間休んで復帰できる程度のケガなら許容できる。その経験が将来の糧になることもあるでしょう。
それからは、より積極的に行動できるようになりました。ものごとに向き合う時、身軽になれた感覚とでもいえるでしょうか。今では、自分の感情や直観といったものをより大事にして、興味があることにはチャレンジすることを心がけています。例えば、授業の取り方や大学外での活動でも、「自分の将来に活きるから」という視点だけではなく、「今興味があるから」という視点を意識するようになりました。以来、新しい出会いが増えましたし、見えてくるものも変わったように思います。
数十年後の自分を想像してみる
私は今大学2年生ですが、来年には就職活動の時期を迎えます。1年後、周囲と同じように就活をしているかどうかは、正直まだ分かりません。海外に行くかもしれませんし、日本で何か別のやりたいことが見つかっているかもしれません。選択肢はたくさんあると思っています。今は、無理に自分の選択肢でリスクなどを考えて決めないようにしています。
とはいえ、大学では先輩たちの就活の苦労話を耳にすることもありますし、友人たちとの間で就職が話題になりこともよくあります。「今の学生はSDGsに敏感」という認識が広がったためか、採用活動でも自社のサステナビリティ活動を前面に打ち出す企業が増えたようです。それ自体は好ましいことですが、精神論や抽象的なレベルでのメッセージにとどまっている企業も少なくないように見えます。
小さなことでもいいので「当社はこれをしています」、「こういうスタンスで取り組んでいます」という主張、その企業の"色"のようなものを伝えたほうが学生には響くのではないかと私は思います。SDGsの文脈でいえば、「当社はこのゴールとこのゴールに注力します」と目標を絞り込んで宣言し、具体的な行動と紐づけて発信するという具合です。すでにこうした施策は広がりつつありますが、もっと多くの企業に取り組んでもらいたいですし、発信する具体的な行動の解像度をもっと高めてもらいたいと思います。
そうすれば特定の主張に共感を持つ学生が集まり、異なる色を好む学生は別の企業をめざすでしょう。それが個々の企業にとっても、社会全体にとっても望ましい結果につながるように思います。個と組織のビジョンや方向性が合致していたほうが、モチーベーションは高まり、より大きな成果を生み出せるはずです。
もっとも、学生にとって、「最初の会社選びがすべて」というわけではありません。かつては、転職がはばかられる時代がありました。今も一定の制約があるのは事実でしょうが、転職のハードルは下がっています。何歳で転職してもいいし、途中で大学や大学院に入って学び直しもできる。以前よりもはるかに柔軟なライフプランを立てられるし、それを実行できる時代になりました。
数十年後、自分が何に関心を持ち、何をしているのかは分かりません。私は他の学生に比べると企業との接点が多いので、よく「20年後はキミたちの時代だから」などといわれます。あまり実感は持てないのですが、やがて私たちの世代が社会の中核を担う時代が来ることは確実です。
本シリーズの1回目に「世の中の常識は変わり続ける」と話しました。私は新しい時代にふさわしい常識づくりに参加し、女性やマイノリティ、すべての人たちにとって少しでも居心地のよい社会づくりに関与したいと思っています。そのためにも、自分の意見に多くの人たちが耳を傾けてくれるようになりたいですし、意見そのものを磨き続けていきたいと思っています。それこそ、少々の失敗にくじけることなく、多少の寄り道を楽しみながら。
本シリーズはこれで完結します。お付き合いくださった読者の皆様、ありがとうございました。今後も意欲的に活動をしていければと思うので、暖かい目で見守っていただき、時に助言をいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。