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【対談】変わる環境 変わらぬ本質

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大ヒット映画『ビリギャル』の原作者・坪田信貴氏と、日立ソリューションズで業務革新や品質保証を担ってきた常務執行役員の熊谷隆。2人が考える企業のアイデンティティ、能力、そしてサステナビリティとは―。

※本記事は2024年2月に掲載されたものです。
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    坪田 信貴

    坪田塾・塾長

    つぼた・のぶたか/
    坪田塾・塾長。事実を基にした著書『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(KADOKAWA)が120万部のベストセラーになる。企業ブレイン、講演会講師、テレビコメンテーターなど多方面で活躍している。

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    熊谷 隆

    日立ソリューションズ
    常務執行役員

    くまがい・たかし/
    開発事業部ソリューション開発本部で指静脈認証製品などを手がけたのち、執行役員、業務革新統括本部長、品質保証統括本部長などを経て、2023年4月に常務執行役員に就任。

熊谷:坪田先生の著書『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』も、その映画化作品である『ビリギャル』も私は大好きです。私は若い頃、たくさんの在庫を抱えてそれを何とか売り切るなど、様々な困難な課題に直面してきました。その課題にチームで取り組むという体験を何度もしてきたわけです。成功もあれば、失敗も数え切れないくらいあります。『ビリギャル』の主人公であるさやかさんと坪田先生も、絶対に無理だと思われた困難を見事乗り切った。そこにとても共感しました。あの著書が発表されたのは、ちょうど10年前でしたね。

坪田:ええ、2013年です。あれが初めての著書でした。

熊谷:著書と映画が大ヒットしたことで、ご自身の人生や仕事はずいぶん変化したのではないですか。

坪田:いろいろな仕事のご依頼をいただくようになりましたね。テレビ番組のコメンテーター、ラジオパーソナリティ、講演会、出版社の顧問──。つい最近まで、大手芸能プロダクションの社外取締役として、社内のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する仕事もしていました。タレントの皆さんのYouTubeチャンネルの立ち上げや運営を支援したりする仕事です。本を出すまでは地方都市の塾の名もない塾長だったわけですから、ずいぶん働き方は変わりましたね。とはいえ、本質が変わったわけではありません。僕の仕事の根本にあるのは、人の強みを引き出して、その人の成長を支援することです。相手が成績の良くない高校生であれ、タレントであれ、大企業の社長であれ、その点では全く一緒です。もちろん、今でも塾の塾長や塾生指導も続けています。多少名前を知っていただけるようになったこと以外は、それほど変わっていないと自分では思っています。

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アイデンティティは「関係」の中で変わっていく

熊谷:変化に対応しながらも、ご自身の仕事の本質や理念にぶれはないということですね。素晴らしいと思います。日立グループは、「和・誠・開拓者精神」をはじめとする創業の精神を長年継承してきました。しかし重要なのは、たんに継承するだけではなく、理念を理解し、解釈し、表現していくことです。最近も、当社の将来を担う若手を主とした各部門を代表する20人の社員が中心となり、ミッション・ビジョン・バリューをアップデートする取り組みを進めました。理念の「幹」を継承しつつ時代の変化に対応していくことで、2030年、50年に向けて新たな価値を提供し続けることができる。そう当社は考えています。

坪田:企業にとっても個人にとってもアイデンティティはとても大切です。それは「関係」の中で変わっていくものであると私は考えています。有名な哲学者のキェルケゴールは、「自己を決定するのは関係と関係の関係である」※といったことを書いています。それだけだと何を言っているのかよく分かりませんが(笑)、身の回りのことに当てはめてみると理解できます。例えば、塾に通ってきている子がお父さんと仲が悪かったりします。お父さんの機嫌がいつも良くないことが原因なのですが、その理由は、会社で上司にいじめられているからかもしれません。では上司はなぜ意地悪なのか。妻とうまくいっていなくて、部下に八つ当たりしているのかもしれません。そう考えていくと、塾生の悩みはまさに「関係と関係の関係」、つまり関係の網の目の中で生じていることになるわけです。だから、関係が変われば自己のアイデンティティも変わっていくということなのだと思います。

※キェルケゴール著『死に至る病』から

熊谷:企業を取り巻く経済環境や市場の状況が変わり、お客様との関係が変われば、企業のアイデンティティも変わっていくということですよね。一方で大切にしていく本質や理念もある。そのバランスをとっていくのは難しいことだと思います。

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坪田:熊谷さんがおっしゃる「幹」をどう守っていくかということですね。僕は常日頃いろいろな人と話をさせていただきますが、その瞬間ごとの関係を大切にし、目の前の人をリスペクトして、心の中で抱きしめるということをいつも意識しています。相手が変わってもその意識だけはいつも変わらないものであり、それが僕にとっての「幹」であると考えています。

サステナビリティの軸としての人財

熊谷:坪田先生は「才能」についての本もお書きになっています。企業にとっての「才能」については、どうお考えですか。

坪田:僕は、才能とは「尖り」だと思っています。周囲よりも目に見えて尖っているもの。それは企業の場合、歴史によってつくられるものではないでしょうか。歴史の中で培われ、社員の皆さんがそれを認知し、世の中に認められている「尖り」。それが企業の才能なのだと思います。

熊谷:日立ソリューションズの尖ったところはどこか。そう考えてみると、一つはチャレンジ精神だと思います。例えば弊社には「スタートアップ創出制度」という、社員のままで米国でスタートアップを起業できる仕組みがあります。起業に成功したらそのまま独立してもいいし、失敗したら会社に戻ってきてもいい。そんな仕組みです。現在3組がチャレンジ中で、うち1組が起業に向けたステップを進めています。

坪田:とても懐の深い取り組みですね。まさに、「尖った仕組み」と言っていいと思います。

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熊谷:スタートアップの成功の確率は決して高くはありません。だから成功できなくても仕方がない。重要なのはチャレンジすることです。その経験が社員の成長につながり、経験値を積み重ねた人が増えていくことが会社のサステナビリティにつながると思います。

坪田:企業のサステナビリティの軸になるのは人財ということですね。坪田塾にはクレド(信条)があるのですが、それもまさしく人財に関わっています。クレドには「坪田塾は、現代の松下村塾であり、その塾生は世界を築き上げていく人材へと成長します」という一文があります。吉田松陰の松下村塾は明治維新のリーダーたちを輩出しました。坪田塾は現代の松下村塾として、今の時代の、そして50年後、100年後のリーダー人財を育てていきたい。それが私の思いです。『ビリギャル』のさやかさんは、自分が慶應義塾大学に入れた理由を科学的に証明したいと考えて、今は米コロンビア大学の大学院で教育学を勉強しています。彼女はきっと教育分野のリーダーになってくれるはずです。

熊谷:次世代のリーダーや人財を育てることは、企業だけでなく社会全体のサステナビリティを実現するたいへん重要な取り組みです。人財育成の基盤となるのがダイバーシティだと私は思います。塾にいろいろな悩みや問題を抱えたお子さんがいるのと同じように、企業にも性別、国籍、世代などが異なる多様な社員がいます。以前は「こうあるべき」という会社の考え方が先に立って、それぞれの個性を大切にすることがあまり重んじられていなかったように思います。しかし近年は、各人の個性や強みを理解し、それを伸ばす支援をすることがすなわち組織全体の力を伸ばすことになるという考え方が主流になっています。先生がおっしゃった「尖り」を伸ばすということです。しかし、誰もが自分の「尖り」に気づいているわけではありません。一人ひとりと対話をしながら、その人の独自の「尖り」に気づく支援をしていくこと。それが私たちの重要な役割だと考えています。

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坪田:おっしゃる通りですね。人財育成以外のビジョンについてもお聞かせいただけますか。

熊谷:坪田先生は芸能プロダクションのDX推進を担当されていたとのことですが、私たちにとってもDXはたいへん重要な取り組みです。私たちは社内でDX推進組織を立ち上げ、部門ごとにバラバラだったデータを集約し、会社全体の状況をリアルタイムで把握できる仕組みをつくりました。今後生成AIなども活用しながら、このプロジェクトを継続的に推進して、生産性を上げるだけでなく、お客様へのサービスレベルもさらに上げていきたいと考えています。坪田先生のビジョンもぜひお聞かせください。

坪田:一つひとつの出会いを大切にして、その人がやりたいことの実現をお手伝いすることがすべてだと思っています。それが自分にとって一番楽しいことだし、その積み重ねが結果的に自分のキャリアになっていく。そんなふうに考えています。

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