※本記事は2023年2月に掲載されたものです
リーダーに求められる自信と安定感
中村廣津留さんは、音楽活動、テレビのコメンテーター、大学教員と色々な方面で活躍されていますよね。今一番注力している活動は何ですか。
廣津留やはり演奏活動ですね。公演がようやくできるようになってきて、特に地方で演奏させていただく機会が増えています。色々な方々に直接音楽をお届けできることがとてもうれしいですね。
中村私も中学時代から吹奏楽部でトロンボーンを吹いていて、今も日立フィルハーモニー管弦楽団というオーケストラに参加しています。2022年の7月に2年ぶりにコンサートを開催することができました。やはり、聴衆を前に演奏するのはいいものですよね。
廣津留さんはハーバード大学とジュリアード音楽院で、大学のオーケストラのコンサートマスターをされていたそうですね。多様で個性的な人たちをまとめるのは大変だったのではないですか。
廣津留大変でしたね。自由で独立心が旺盛な人たちばかりなので、最初はどうしていいか分かりませんでした。あの経験で学んだのは、リーダーの立場に立つ人は細かな指示を出すよりも、どんと大きく構えて「この人についていけば大丈夫」と信頼してもらうことがまずは大切だということです。でも、本当にメンバーをまとめ切れていたのかどうかは分かりませんね。
中村私たちも社内でリーダーシップ研修などはやっていますが、本当の意味でのリーダーシップを身に付けてもらうことは簡単ではないといつも感じています。おっしゃるように自信や安定感が何より大事ですし、相手に自分の言葉をしっかり伝える力が求められると思います。
廣津留世界的なチェリストであるヨーヨー・マさんは、音楽家としてだけでなく、リーダーとしても一流の方でした。休憩中はジョークを言って良い雰囲気をつくり、ステージ上では目線だけで何をすべきかをメンバーに伝えることができるんです。彼の一声に皆が従ってしまうと分かるからこそ、自分から前に出ることはせずに皆の士気を高める、素晴らしい「伝え方」を持っていらっしゃると感じました。
中村確か、ハーバード大学の3年目にヨーヨー・マさんと出会われたのでしたね。
廣津留そうですね。彼との出会いは、私にとってとても大きかったです。音楽には、「楽しい」とか「演奏が上手」ということのその先があると教えてくださったのがヨーヨー・マさんでした。教育、慈善活動、社会貢献、あるいはビジネス──。そういったものと結びつくことで価値を生み出せるのが音楽であることをヨーヨー・マさんは実践によって示されています。
「属性」の多様性から「個」の多様性へ
中村音楽には人を楽しませること以上の力があるということですよね。私は、音楽の素晴らしさの一つは多様性だと感じています。例えばオーケストラのメンバーは、年齢や性別、社会的な立場と関係なく一緒に演奏ができるし、練習が終わればみんなでお酒を飲みながら色々な話ができます。このような多様性が会社の中でも実現することが理想だと私は思っています。バックグラウンドが異なる多様な人材が集まることで、新しいものが生まれるし、世の中の変化にも柔軟に対応できるようになるからです。一つの組織の中で長く生活していると、価値観が固まってしまいます。それは人間だから仕方のないことなのですが、外部から多様な人たちが入ってくることで、凝り固まった価値観を柔らかくすることもできると思うんです。
廣津留私が8年間ほど過ごした米国では、価値観が本当に多様でしたね。すべての人に共通する価値観というものはないし、「みんながやっているから私もやる」といった考え方もありません。「みんなって誰のこと?」という感じです(笑)。
中村私も50歳の時にシリコンバレーにある日立のグループ会社に出向した経験がありますが、あらゆる人が本当に自由で驚きました。ワークスタイルも、ライフスタイルも、服装もみんなそれぞれだし、パーティーにも集まる時間もばらばらなんですよね。LGBTQの人たちが職場にいるのもごく普通のことでした。
廣津留日本に帰国して感じたのは、多様性を実現するにはマイノリティとマジョリティの双方の意識が変わる必要があるのではないかということでした。これまでの常識を変えるためにはマイノリティ側も積極的に動いていかなければなりませんし、それを受け入れる土壌がないと新しい考え方はなかなか定着していきません。双方のコミュニケーションと理解があって初めて多様性は根づいていくのではないでしょうか。
中村おっしゃる通りですね。私たちも含め、多くの企業では女性や障がい者や外国人など、これまでの企業文化の中ではマイノリティに属していた皆さんの登用を積極的に進めることでダイバーシティを実現しようとしています。その取り組みはもちろん重要ですが、最終的にめざすべきは、「属性」ではなく「個」のダイバーシティです。個々人の価値観、考え方、生き方。そういったものが尊重されるような組織が、本当の意味でダイバーシティが実現している組織なのだと思います。
チャレンジが
人とのつながりを生む
中村廣津留さんは海外留学をはじめ、色々なことにチャレンジされてきましたよね。そのチャレンジ精神はどこから生まれているのですか。
廣津留負けず嫌いなこと、楽観的なこと、それから好奇心が強いこと。そういうもともとの性格が自分をチャレンジする方向に向かわせているように思います。特に、好奇心ですね。高い山に登るといろんな景色が見えますよね。それを一度経験すると、もっと高い山に登って別のものを見てみたいと考えるようになる。それがチャレンジの原動力になっています。
中村恐らく、ご自身の中に確かな軸があることも大きいのでしょうね。3歳くらいからバイオリンを始めて音楽の素養を身に付けられて、同様に英語の勉強にも早い時期から取り組まれてきた。その2つの揺るがぬ軸があったからこそ、色々なことに積極的に挑戦できたということなのではないでしょうか。
廣津留それが自信になっていたことは確かですね。自信があればチャレンジしようという気持ちになれますし、新しいことに挑戦すればそれだけ人との出会いやつながりも増えていきます。それが楽しいから、またチャレンジしたくなる。その繰り返しのような気もします。
中村チャレンジが人との新しいつながりを生む──。それはとてもいい視点だと思います。コロナ禍以降、人とのつながりの大切さが改めて見直されるようになっています。日立ソリューションズでは、コロナ禍をきっかけに働き方を見直した結果、現在は社員の出社率10~20%程度での就労が実現しています。一方、新しい発想を生み出すにはフェース・トゥ・フェースのコミュニケーションも欠かせません。リアルな「つながり」ですよね。ですから、今後はオンラインとリアルをハイブリッドにした働き方を私たちのスタンダードにしていきたいと考えています。
また、人材登用に関しても「つながり」を重視するようになっています。会社を辞めた人たちをネットワーキングして、いつでも戻ってこられる仕組みをつくったり、リファラル(紹介)採用の制度を整備したりしています。
廣津留人とのつながりは、生きるモチベーションになりますよね。大学で学生の皆さんと接していると、コミュニケーションの大切さをいつも感じます。大学での私の授業の一つに、例えば「音楽」を教育や心理学など様々な視点から見るというものがありますが、そうして人との関わりに必要な多角的な視点を養うと同時に、仕事や好きなことに対する自分の姿勢や行動を実際に示すことで若い人たちをモチベートしていくことも大切にしています。
中村同感ですね。言葉だけではなく自分の態度や行動で、新しいことに取り組むことの大切さを伝えること。それから、若い人たちがやりたいと考えていることを絶対に潰さないこと。その2つを私は大事にしています。オーケストラで演奏していることにも、「年を取っても好きなことはできる」と若手に伝える意味があると感じています。
最後に、廣津留さんのこれからの目標をお聞かせいただけますか。
廣津留やはり、演奏活動に力を入れていきたいですね。たくさんの人たちに私の音楽を届けていくこと。それが今の一番の目標です。クラシックという音楽ジャンルや、古い常識にとらわれたりせず、色々な表現にチャレンジしていきたいと思っています。
中村本日はありがとうございました。今後のご活躍を楽しみにしています。