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社会課題と人の思いを絵の具に託し100年先の未来へつないでいく|綾海

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駆除された鹿の角、製造途中で折れた線香、廃棄されたエアコンの銅線......。廃材から絵の具をつくり地域の文化や歴史、直面する課題を、絵画を通し発信しているのが、アーティストの綾海さんだ。キャンピングカーで全国に赴き、地域の声を聞いて絵の具をつくり、絵を描く。その挑戦の原動力とは。また作品を通して伝えたいものとは。

※本記事は2024年5月に掲載されたものです。
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    綾海

    アーティスト

    長崎県出身。デザイン専門学校卒業後、東京都内のデザイン事務所勤務を経てフリーのアーティストに。社会を良くするアート作品をつくりたいという思いを抱き、廃材を絵の具にして絵を描く手法を考案。以降、キャンピングカーで全国を旅しながら、現地の廃材を利用し作品を制作。年1回の個展は毎回盛況を博している。

銅線、鹿の角、線香各地域の廃材をアート作品に

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プロワイズ71号の表紙の作品『人の目に空見える』の全体。幹のうねりは隅田川の流れを模している

─プロワイズ71号の表紙は、綾海さんの廃材アート作品『人の目に空見える』です。そもそも廃材アートとは何でしょうか。

廃材でつくられたアート作品を、そう総称しています。私自身は、廃材を絵の具にして絵を描いています。

─廃材をどうやって絵の具にするのでしょうか。

絵の具の顔料にいろいろな廃材を微粉末にしたものを使用しています。例えば表紙の作品は、マンションをリノベーションする時に出たふすまをキャンバスにし、エアコンの銅線を酸化させてつくった青さび、石こうボード、壁のタイルなどを絵の具に使っています。他にも、焼いた鹿の骨や乾燥させたカニの甲羅など、様々なものを顔料にしています。

石を砕いて上薬にする焼き物の手法や、色の成分を煮出して様々なものと混ぜて色数を増やす草木染の手法など、古くから伝わる手法を学びながら試行錯誤して開発しました。

─絵の具にする素材は、どのように選ぶのですか。

私は「100年後の未来」をテーマに、各地域が直面する社会課題や、それを乗り越えようと努力している人たちの思い、守ろうとしている自然や文化を、たくさんの人に伝えたいと思って作品を描いているので、そのテーマに関連している廃材を絵の具にします。例えば、鹿の角の絵の具は、岩手県の大槌町が抱えていた鹿の獣害について描くためにつくりました。大槌町では近年、鹿に農作物が食べられてしまうという被害が相次いでいました。そこで、鹿を資源にしようと農家から猟師に転向された方が、ジビエとしての販売に尽力されています。そんな社会課題や、奪った命を少しでも価値あるものにして人と自然の共存を守っていこうとがんばっている人々の思いを作品にするために、使い道のなかった角と骨を絵の具にしたのです。

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試行錯誤を経て、今では繊維が多い素材以外、何らかの方法で顔料にすることができるという

─作品には、手づくりの絵の具しか使わないのですか。

はい。関連性のない地域や素材でできた絵の具を同じ絵に使うこともありません。私のアートは、私の技術や世界観を表現する手段ではなく、あくまでも廃材の持つストーリーを通し、その土地の歴史や文化、課題を伝えることが目的だからです。色数が欲しい時は、その土地の廃材で他の色を生み出せないか、手法を変えて工夫して作製しています。

〝人が好き〞が新しい分野を開拓し続ける原動力に

─廃材アートに取り組むようになった経緯をお教えください。

小さい頃から絵を描くことが大好きでした。デザイン専門学校に進み、卒業後は東京都内のデザイン事務所に就職したのですが、やっぱり自分の絵を描きたいと思い、退職して21歳でフリーのデザイナー兼アーティストになりました。

ところが数年たつ中で、生きづらさを感じるようになったんです。アーティストとして食べていきたいけれど、どうやって自分を売り出していいのか分からないし、作品をつくっても売れない。そもそも社会全体のアートへの関心が薄いのではないか。それで、もっと社会が豊かだったら人々の関心がアートに向くのではないかと考え、先に社会を良くしたいと思いました。

良くするためには、もっと社会を知るべきだと人から勧められ、社会課題に関する講演やシンポジウム、イベントなどに出席したり、社会課題に取り組んでいる人に会いに行ったりするようになりました。

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─行動的ですね。

そんな時に、岐阜の林業家の方に、山の中の切り株に絵を描かないかと声をかけていただきました。でも山の中に描くとなると、動物が来て絵の具をなめる可能性があります。絵の具に有害物質が入っていては危険だと考え、絵の具の成分に注目するようになりました。それと前後して、沖縄の珊瑚(さんご)の白化に関するシンポジウムに参加し、死滅してしまった珊瑚の除去の必要性を知りました。自分も何か貢献できないかと考えるようになって、珊瑚を絵の具にするというアイデアを思いついたのです。

以降、新たな社会課題を知るたびに、現地の廃材を絵の具にする方法を考えるようになり、2020年から廃材アートの制作を始めました。

─今はキャンピングカーに乗って、全国を旅しているとお聞きしました。

2021年にクラウドファンディングで資金を募り、キャンピングカーを購入することができました。粉砕機などの機械や画材一式を積んで、日本中を回っています。これまで45都道府県を旅しました。

─わざわざ現地に行くのはなぜでしょう。

やはり、実際に行かないと見えないことが多くあるからです。例えば2021年の、沖縄県などに大量の軽石が漂着し、漁業被害が出ているというニュースは皆さんの記憶に新しいと思います。私もいろいろな人から「軽石は絵の具にならないの?」と言われました。さっそく沖永良部島に行ったところ、予想に反し、土地の漁師さんは「自然様のやることだから」と問題だと思っている方が少なかったのです。その時に、現地に行って当事者から直接聞かないと分からないな、と感じました。

他にも、佐賀県の漁師さんが有明海のヘドロで困っていると聞き、現地に行ったこともあります。ヘドロなら生活排水の問題だからそれを減らそうという絵を描けばいいだろうと考えつつ、有明海のあちこちの湾の漁師さんのお話を聞き歩いたところ、漁師さんたちは生活排水由来の泥ではなく、酸素のない土をヘドロと呼んでいると知りました。やはり、現場の方の声をしっかり聞かないとダメだなと思った出来事です。

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クラウドファンディングで調達したキャンピングカー「ひまわり号」を自ら運転し、全国をめぐる

─しっかり取材をしていらっしゃるのですね。ご苦労も多いのではないでしょうか。

苦労はいっぱいあります(笑)。主に第1次産業の方を訪ねてお話を伺うのですが、毎回、心を開いて話していただけるか不安です。素材をいただいて絵の具に加工するにも、何度も実験を繰り返さなくてはいけないし、思った色が出ないこともあります。

私は、事柄の本質をちゃんと理解するまでは絵を描けないタイプなんです。絵の具だけできても、「100年後の未来はこうだろう」とか「こうあってほしい」と想像するための材料がすべて集まるまで描けません。描いたら描いたで、ちゃんと土地の皆さんの思いを見る人に伝えられているのか不安になります。

総合すると、全部大変なのですが、それでも続けられているのだから、結局、私には全部が楽しいことなんだと思います。

─新しいアートの分野を開拓する中で、その挑戦を支えるものは、何でしょうか。

人が好きだということです。私自身、最近になって気づいたのですが、毎回、出会った方たちを、すごく好きになってしまうんです。皆さんそれぞれが素晴らしい活動をされているので、幸せになってほしいし、その力になりたいと感じています。それに、日本中に美しい文化があり、がんばっている人がいるんだよ、と絵を通して伝えることで、見てくれた人も心が豊かになる。そんな人を増やしたいと思っています。

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アートの力でたくさんの人と共に豊かな未来を描きたい

─課題や背景を説明したい場合、文章の方が多くの情報を伝えられます。なぜ絵なのでしょうか。

SDGsやプラスチック問題が注目されるようになったきっかけの1つに、ストローがウミガメの鼻に刺さった映像がありました。とてもセンセーショナルで心が痛みました。文章も大事ですが、一瞬で人の心が動くものは、読むものではなく、見たもの。写真や絵だと思うのです。最初に美しいものを見て興味を持ち、その素材の背後にあるストーリーを知っていく、という流れになるといいなと思い、絵を描いています。

2021年から、年1回のペースで個展を開催しています。作品を見た方が、素材に込めた社会課題に興味を持って「有明海のノリを選ぶようになった」「鵜飼(うかい)を見に行った」など行動を変えてくれたという報告を、SNSに寄せてくれることがあります。本当にうれしくて、やりがいを感じます。

─絵を通し、多くの人を地域課題に巻き込むことができるのは、なぜだとお考えですか。

難しい質問です。まだまだ、多くの人を巻き込んでいる実感も少ないのですが、強いて言うなら、行動を起こしてくれた方々には私が本気で問題に向き合って取り組んでいることが伝わっているからではないでしょうか。現地に行って、その温度感をちゃんと伝えようとしていることが、見る人にも伝わるのかなと思います。

─今後、描いてみたいものはどんな作品ですか。

より素材の本質の部分を伝えることができる作品です。例えば環境課題があった時、課題を伝えるだけではなく、なぜ起こるのか、また100年先の未来のために、今どう対処すればいいのか、見た人が自身で考え選択する。そんな作品をつくっていきたいですね。自由に考えて選択できることは人の幸せや豊かさにつながると、私は思います。

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取材後記

今回のインタビューは、個展「廃材から描く展2023」の会場で行われ、綾海さんご自身に作品の解説をしていただきました。その話の奥深いこと!制作にあたって現地取材にどれほど長い時間を費やしたかがうかがわれます。個展では、毎回来場者1人につき1作品、綾海さんに解説をお願いできるそうです。ぜひ次回も足を運ぼうと心に決めました。

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