キャリア研究やキャリアコンサルタントとして、長年にわたってキャリア開発や人材育成に携わってきた経験から、独自のキャリア論を展開してきた高橋俊介氏。変化が激しく、先が見えない現代、個人や組織はどのように「キャリア自律」を実現していくのか、キャリア形成のポイントを教えてもらった。
高橋 俊介
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員
東京大学工学部航空工学科を卒業。日本国有鉄道に勤務後、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。マッキンゼーアンドカンパニー東京事務所を経て、ワイアットカンパニーの日本法人ワイアット(現ウイリス・タワーズワトソン)の代表取締役に就任。その後独立してピープル・ファクター・コンサルティングを設立し、コンサルティングや講演活動、人材育成支援を行う。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授などを経て、2022年から現職。
―近年、企業が社員に対して「キャリア自律」を勧めるなど、キャリアに対する考え方が変わってきたのはなぜでしょうか。
背景にあるのは、21世紀前後でキャリア形成のあり方、特に企業に勤めるホワイトカラー系の人たちのキャリア形成のメカニズムが大きく変化したことです。日本では、1990年代終わりに大手証券会社の破綻、大手電機メーカーによる大規模リストラといったショッキングな出来事が続き、終身雇用が揺らぎ始めました。
そのように変化が大きく、先が見通せない中で出てきたのが「キャリア自律」という考え方です。それ以前は、キャリアは会社が用意するもので、会社が用意したレールに乗っていれば豊かさを手に入れられました。しかしバブル崩壊後、「経済的豊かさ」より「精神的豊かさ」が重視されるようになりました。それにより豊かさのものさしがかなり多様になり、キャリアも会社が示すものではなく、自分が思う豊かさのために「自分らしいキャリア」を考えなければならなくなりました。
―「自分らしいキャリア」をつくるポイントはどこにあるのでしょうか。
キャリアをつくるのは習慣であって、目標ではないということです。世の中には、まず目標ありきで、そこから逆算して今やるべきことを明らかにするバックキャスティングを提唱するキャリア論もありますが、21世紀のキャリア形成にそのやり方は当てはまりません。
米国の社会学者ジョン・D・クランボルツ博士が500人以上に対して行った転職に関するインタビュー調査では、個人のキャリア形成の8割近くまでが偶然の出来事によって行われていたことが分かり、キャリアを計画的につくることはできないことが明らかになりました。これが1999年に発表された「計画的偶発性理論」です。
―キャリアというのはめざすものだと思っていました。
10年後の具体的なキャリアゴールを考えて、そこからバックキャスティングして一つひとつキャリアをつくっていくなどというのは、先が見える時代のやり方です。しかし、今は先が見えない時代なので自律的にキャリアを形成することの前提として「内的動機」を理解することが必要です。
「内的動機」とは、その人が生まれつき持っている部分も少なくないもので、自然に出てしまう行動など、考え方や行動の"利き手"といえるもの。例えば、同じ営業職でも、高い目標を達成することが動機になる人、相手を説得することが動機になる人、感謝されることが動機になる人などがいます。そのように自分の内的動機をドライブさせた仕事ができていれば燃え尽きない。それが自分らしく仕事をしているということになります。
―内的動機に合わない仕事をしているとどうなりますか。
それは利き手ではない手で一生懸命字を書くようなものですから、すごくつらくなってきます。人が仕事で燃え尽きるのは長時間労働が原因というより、内的動機とマッチしていないからなのです。その証拠に、休みなく働いている経営者たちは燃え尽きませんよね。そんな創業経営者やトップアスリートの本に「人生に目標を持て」と書かれているのは、彼らが達成動機の強い人で、そういうやり方が好きだからです。しかし、世の中にはそうでない人の方が多いので、安直にまねするのは危険ですね。
―ゴールから逆算せずにどうやって自律的にキャリアを形成すればいいのでしょうか。
その方法として、私は、「主体的ジョブデザイン行動」「ネットワーキング行動」「スキル開発行動」という「3つの行動」を提唱しています。
「主体的ジョブデザイン行動」とは、自分らしく仕事をデザインすること、価値観や仕事観ともいえるものです。これは自分が仕事や人生において大切にしているものを、自分の仕事や会社のパーパスの中で感じ取れているかどうかに関わってきます。そういったものは会社から与えられるものではありません。今の仕事で感じられないのなら、大切だと思う価値を生み出せるように自ら仕事を再編成すればいいのです。
その時には、自分の自論※を持つことが必要になります。これは日本人が苦手なところですが、誰かに言われたからやるのではなく、自分はこう思うという意見や自分なりの仮説を持って仕事をすることです。
―「ネットワーキング行動」はどのようなものですか。
人生を振り返ってみると、仕事や上司、お客様などとの出会いをきっかけにチャンスが訪れ、物事が一気に進み始めたということがありませんか。思いがけない出会いや偶然が自分のキャリアのきっかけになったという人も少なくないはずです。
最初に話した「計画的偶発性理論」がまさにこれで、自分らしいキャリアになった人は、後から振り返って良い偶然に出会える確率が高くなる行動をしていました。そのような「良い偶然」に出会う確率を高めるための行動を「ネットワーキング行動」と呼んでいます。
―計画的に偶然の確率を高められるのですか。
あくまでも偶然ですから、どんな行動を、いつ、何回やればいいということではないですし、計画しようとしてはいけません。
やることは、役立つかどうか分からない「無駄打ち」です。具体的には、人脈に対する布石行動、投資行動というもので、ふとした時に自分のしていることや問題意識をキーパーソンだと思える人にアピールしておくとか、困っている人がいたら助けるといったこと。
布石なのですから、当然すべてが役立つわけではありませんが、人との関係性に投資する、布石を打つ行動は、学びやキャリアチェンジのチャンスなど、いろいろなものに結びつきやすいものです。
―キャリアの転換点となる出会いがあるまで待てない人はどうすればいいですか。
「節目のデザイン」を意識するといいと思います。社会に出ると、節目といえるフェーズが何回も訪れるはずです。そのフェーズごとの働き方や暮らし方を分析し、デザインする考え方です。
若い人ほど一つひとつのフェーズのサイクルが早く、1年、2年、3年とだんだん長くなっていきます。専門性を深掘りするフェーズ、キャリアに幅を持たせるフェーズ、仕事に寄るフェーズ、家庭に寄るフェーズというように、メリハリと切り替えをしていきましょう。「この数年間はこういう意味があった」と、過去に意味づけをしていきます。
目標から逆算するのではなく、「今からの3年間は20年後に振り返った時にどういう名前をつけられるフェーズにしたいですか」と問いかけてみるのです。
―最後の「スキル開発行動」について教えてください。
「スキル開発行動」は、自分自身に投資して、主体的に学ぶことをさします。日本は主要国の中でも自己投資にあてる時間とお金が最低レベルで、学びの主体性が低いといわれています。でも、例えば50歳になって全然違う分野で学び直すなんて、学びの主体性がなければ無理ですよね。だから主体的に学ぶことが必要になります。
「スキル開発行動」は3層に分かれていて、1層目が仕事と直結したスキル開発の層です。例えばソリューション提案を行うための顧客の業界や世の中の最新動向などを学ぶことで顧客の信頼を得て一段上の関係を築けるようになります。キャリアというのは登山と同じで、登る前は頂上が見えていませんが、一生懸命歩いていくとある時視界が開けて頂上が見えてきて、その先に周りの小高い山がたくさん見えてくる。そのように先の山を見通せるようにするための学びが1層目です。
でも、その連続では限界を感じるので、2層目の専門性を深める学びへと進みます。これは自分の中で一生かけて追いかけたいと思えるテーマに出合い、仕事に関係なくても学んでいこうというもの。仕事が変化しても、長期的に取り組む専門性があることが大事です。
そうやって2層の学びを経て、最終的に行き着くのが3層目のリベラルアーツ的学びです。いわゆる教養といわれるもので、本質的に思考する力を身につけて、引き出しを増やすことにつながります。
―結局のところ、自分らしさは自分にしか分からないということですね。
そうなんです。つまるところ、自分がどうしたいか、自分らしさをどうカテゴライズするのかということになってきます。誰しもこのことは、日々の生活において大切です。例えば、会社の言うとおり受け身でやってきた人は定年退職後に何もできなくなってしまいます。先の見えない時代だからこそ、一刻も早くキャリア自律をしてほしいと思います。
時代が大きく変化する中で「キャリア自律」が求められるようになりました。しかし、必ずしも正しく理解されているとはいえません。個人のキャリアとしてだけでなく、人的資本経営やイノベーション創成という面で組織にも必要な「キャリア自律」について、1990年代から研究対象としてきた先駆者が高橋氏です。現在も膨大な数におよぶインタビュー調査を行い、実践に即した提言を行う高橋氏の言葉の一つ一つから、これからの人生を生き抜くヒントをいただきました。