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「シニアDX」で年齢を重ねることを
ポジティブに変えていく|菊川 諒人

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シニア向けSNSを運営するほか、企業や自治体とともに「シニアDX」事業を展開する菊川諒人氏。デジタルを通じて新たな体験や出会いを提供し、シニア世代が生きがいを持ち健康でいられる社会を創っていきたいという菊川氏に、「シニアDX」誕生の経緯やめざすことなどを伺いました。

※本記事は2023年6月に掲載されたものです。
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    菊川 諒人

    株式会社オースタンス CEO

    2010年慶應義塾大学経済学部を卒業後、リクルートに入社。
    新規事業開発室で複数の事業立ち上げや統括を担当。15年にオースタンスを創業。シニアインフルエンサーやシニア劇団のプロデュース、国内最大級のシニアコミュニティサービス「趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)」を運営。法人や自治体向けにシニアDX戦略の立案と実行を支援。

    株式会社オースタンス

36万人が集うシニア向けSNSが「発信」の機会に

─御社ではシニア向けSNS「趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)」を運営するなど「シニアDX」という事業に取り組んでいますが、「シニアDX」とはどのようなものですか。

シニアDXとは私たちが作った言葉で、「シニア世代でデジタルを活用できる人を増やし、日常の楽しみを創造し、年を重ねることをポジティブに変えていくこと」です。

対象は55歳から70歳くらいの人たち。「子育て」「定年退職」という大きなライフイベントを終え、手帳から予定がなくなり、平日に時間に余裕ができた人たちをイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。

─50代、60代ならば退職前ですし、まだまだ若い印象ですが。

そうなんですけれど、女性であれば子育てが終わるのがこの頃。二十数年にわたってコミットしてきた子どもが巣立って社会とのつながりが薄くなり、でも新しいことができずにいる。そのような世代の母親たちには、もっと働きたいという気持ちややりたいことを我慢して20代、30代を子育てに注力してきた人も多い。定年退職前の男性でも役職定年があり、仕事の頭打ち感を感じていることがありますね。そういう人たちが新しいコミュニティを見つけたり、チャレンジすることを支援したいと思っているのです。

─シニアDX事業として、具体的にどのようなことに取り組んでいますか。

「私の好きが、世界を、動かす。」を企業理念として、身近な存在である両親世代への思いを大切にしています。事業としては、自らサービスを生み出すBtoCをはじめ、企業とのBtoB、官公庁や自治体、教育機関とのBtoG(Government)という3つの軸があります。

BtoCの柱となっているのは、4年前にDeNA から買収した「趣味人倶楽部」というシニア向け匿名SNSで、現在36万人が会員登録しています。ここでは日記機能やフォト機能で自分たちの日常や思い出を発信しつつ誰かと共有したり、共通の趣味を持つ人たちとのコミュニティとして活用されています。また、年間10万人がオフ会に参加して、アフタヌーンティー、カラオケ、ハイキング、旅行などを楽しんでいます。

BtoBでは、シニア向け事業を展開したいという民間企業との協創を進めています。最近特に増えているのが自治体とのBtoG事業です。地域の人々のデジタルリテラシーを高めつつ、デジタル利用を促すことで豊かな体験や健康増進に貢献しようというものです。

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シニアダンサーの動画をアップしたら世界で数億回再生

─シニア層をターゲットにしようと思ったのはなぜですか。

そもそものきっかけとして、親友がダンスの大会で世界2位になっても、ダンスだけでは生活できない状況を助けたいと、アーティストをプロデュースする会社を起業したのが最初でした。

16年末にシニアダンサーのカッコいいダンス動画をネットにアップしたところ、ブルーノ・マーズにシェアされたことをきっかけに、世界で数億回再生されるほどバズりまして。3人のシニアダンサーたちの「いくつになっても好きなことをやればいい」という言葉がすごくカッコいいと思ったので、そういうことをもっと伝えていきたいと思い「〝カッコいい〞に、年齢は関係ない」という価値観で活動しているシニアアーティスト集団「シニアモンスターズ」のプロデュースを始めました。

─アクティブでカッコいいシニアは、若い世代から見てもとても憧れます。

そうですよね。でも、実際には活動的なシニアばかりではありません。特に衝撃的だったのは、趣味人倶楽部に参加している人が「朝起きる理由がない」と話していたことでした。その人は「朝起きても何も予定が入っていないので、このまま起きなくてもいいんじゃないか」と言うのです。

シニアモンスターズがバズって国内外で多数の取材を受けた時も、国内のメディアでは「おばあちゃん〝なのに〞うまい」というギャップを前面に打ち出していました。対して海外メディアの評価は、ただ「クール」というだけ。年寄りだからという目では見られません。

「老害」という言葉があったり、日本には年を取ることに対してネガティブな印象があります。それをなんとかしてポジティブに変えていきたいというのがシニアDXなのです。

─ご両親もターゲット世代だと思いますが、デジタル利用はいかがですか。

デジタルリテラシーは高くないです(笑)。でも、母親はすごくポジティブな人で、私の事業をきっかけにダンスを始めて、今も毎週ヒップホップを踊っています。そしてダンスの仲間と一緒に美術館やカラオケに行くなど、コミュニティをすごく楽しんでいますし、ダンスをしているおかげで足腰が強くなり、健康になり、ダイエットにもなるなど、いいことしかないと言います。そんな母に引っ張られるようにして父も外出することが増えたそうです。

そんな両親のために価値を創ることにやりがいを感じるようになったのがシニアDXの原点になっています。今も「身近な人をハッピーにする」という価値観をすごく大切にしています。

─シニア世代の中にはデジタルリテラシーが高い人もいれば低い人もいて、全体としてはリテラシーもアクティブ度もそれほど高くない人が大多数だと思います。

確かにデジタルリテラシーが高くない人、自分でイベントを立ち上げたりはしないフォロワータイプは多いです。でも、近くにお子さんが住んでいてスマートフォンの操作を教えてくれるとか、地域差などもあると思います。

そんな中でも多いのは、スマートフォンは持っているけれど、電話とLINE、写真を撮るくらいしかできないという人たちです。そういう人たちは子育て後や定年退職によってアウトプットの場がなくなってしまうので、撮りためた写真をシェアする場所を提供するなど、「発信」する場を作ることを大事にしています。趣味人倶楽部でも、自分が家庭菜園で育てた野菜やそれを使った料理の写真をアップして楽しんでいる人がいますが、それってかつて我が子の写真をアップしていたのと同じ感覚なんですよ。趣味人倶楽部は匿名なので、経歴や経験にとらわれずに好きなことを発信し、反応をもらうことに喜びを感じる人も多いようです。

─さらにリテラシーが低い人に対してはどう対応していますか。

そういう人たちにはスマートフォン教室などのリアルイベントが有効ですが、すごくコストがかかるという難点があります。そこで最近は、自治体と企業、地域の人をマッチングするイベントを検討しています。

ただ操作法を教えるのではなく、「その先の楽しみ」を伝えることで新しい発見や学びを得られると思うので、例えばメルカリを利用してみようといったテーマの教室でメルカリの方に協賛していただき、企業や地域の人に講師を務めてもらう。人集めの広報と場所提供は自治体がしてくれますから、コストもそれほどかからず、シニアの皆さんも明確な目的を持ってスマートフォン操作を学べるわけです。

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「シニアDX」はあらゆる世代の課題解決につながる

─シニア向けビジネスを展開したいという企業に向けてアドバイスすることはありますか。

シニアに向けたUI/UXでは、デザイン性はシニア扱いしないことを意識しつつ、老化やITリテラシーを考慮した設計をしなければなりません。例えば、画像を多めにしたり、一定以上のフォントサイズにしたり、コントラストを強めにしたり。チュートリアルも使い方を十分体験させるような内容にするなど、若者向けとは違う配慮が必要ですね。

そもそも企業の人は、シニアがどんな人たちで、どんな課題を抱えているのか十分に理解できていません。私たちは趣味人倶楽部のメンバーに対するデプス調査を行うほか、大学の研究者などと共同でシニアの行動データから課題解決の知見を調査・発表する「シニアDXラボ」を運営しているので、そうして得られたデータなどを参考にクライアント企業の解像度を高めてもらいつつ、プロダクトの提案なども行っています。

─今後シニアDXをどのように広げていきたいですか。

できるだけ広範囲に広げていきたいです。もちろん当社だけではできませんが、ありがたいことにうちは昔から応援してもらいやすい会社で、すべてのステークホルダーと「一緒にやりましょう」というスタンスで向き合っています。そういう人たちとともに、シニアの人たちの新しい価値や楽しみをどんどん創造していくことを続けていきます。

ここまでポジティブな話ばかりしてきましたが、今の日本は要介護の高齢者が増えて介護医療費は増大していく一方です。それにより若い世代の負担が増し、世代間の断絶が進むなど、社会課題に関わることの責任も感じています。しかも、私たちが高齢化問題だと思っていることの多くは若い世代が抱える問題とも関連しています。シニアの発信力を高めて活躍できるようになれば、あらゆる世代の課題解決につながると思っています。また、日本は他の国より早く高齢化を迎えた国として、多くの国から注目されています。私たちは「高齢化先進国」として、世界レベルの課題を解決する成功事例を作っていきたいとも思っています。

シニアDXで実現したい未来
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─課題でもある高齢化が、日本にとって強みになるのですね。

世界規模の話ではありますが、自分としては「身近な人を幸せにしたい」という気持ちが原点です。私だって30年後には60歳になりますが、今のままではつまらない。自分たちがこうありたいと思えるようなシニアの人がいて、自分たち世代が年を取った時にも楽しめるようなものを作っていきたいですね。

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取材後記

今や、日本の人口の半分が50歳以上であり、スマートフォン普及率、デジタル利用率も急激に高まっています。一方で、要介護のシニアが増えることで、介護医療費の増加、社会補償制度の崩壊などさまざまな問題があります。これらの問題を解決する糸口として、シニア世代とデジタルを結びつけた「シニアDX」を展開している菊川氏。そのビジョンはかなり壮大ですが、全ての原動力は「身近な人を幸せにしたい」というものでした。ヒップホップダンスを踊り、ますます元気になるシニア世代のお母さんは最高のロールモデルです。イキイキとしたシニアの姿は、若い世代にこそ希望を与えてくれます。

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