※本記事は2022年10月に掲載されたものです
コンサルティング事業から持続可能なレストラン経営へ
1975年群馬県生まれ。ホテル・飲食店運営会社勤務を経て、2010年に起業。著名観光施設の事業再生や海外でのホテル再生・運営事業、国内ホテルへのコンサルティング事業などを行う。「『ひと』と『地球』の未来を描く」をビジョンに掲げ、持続可能なレストラン「KITCHEN MANE」などを運営する。 |
※黒字= 石関太朗 氏
──サステナビリティに関心を持たれたきっかけを教えてください。
2010年に起業してから10年間は、長崎のハウステンボスなどの観光施設の事業再生や海外のホテル再生・運営事業、帝国ホテルや日光金谷ホテルといった国内ホテルのコンサルティング業務を中心に活動してきました。
サステナビリティを意識し始めたのは、19年にニューヨークに視察に行った時のことです。スーパーマーケットを訪れると、普通に売られている魚も「産地はどこなのか」「誰が水揚げしたのか」が明記されていて、トレーサビリティがきちんと担保されていることに驚きました。働いているスタッフも食材のことを熟知しているし、環境負荷低減のための取り組みも当たり前になっている。日本の消費トレンドとはあまりにも違うと、衝撃を受けたのです。
それ以前に、スリランカでデザイナーズホテルの立ち上げをしたことがありました。その時現地で、SDGsの前身である、01年にまとめられた国際目標のMDGs(※)について知る機会があり、世界の流れはサステナビリティを重視する方向に確実に動いているという認識も、頭の片隅にあったと思います。
※Millennium Development Goalsの略。極度の貧困と飢餓の撲滅、初等教育の完全普及の達成など、2001年にまとめられた8つの国際目標。
一方で、19年9月に当社が開業した「KITCHEN MANE」は、横浜の新しいホテルの最上階(35階)という立地で、美しい海や景色を一望できる希少なお店ではありましたが、このままだとロケーションだけに価値がある店になりかねない、それは危険なことかもしれない......。そう感じていました。
「普通においしい料理を提供するだけではダメ。この店をどう差異化していこうか」。そんなモヤモヤした感情とサステナビリティが、ある時、いきなりつながりました。19年の年末、店の近くを歩いていた時のことでした。「日本ではまだ浸透していないサステナビリティを軸にすれば、唯一無二の新しい食の価値を提案できるのでは?」と思い至ったのです。
そこからは正月三が日もサステナビリティのことばかりを考え続け、アクションプランを一気に書き上げました。その勢いに乗って、年始の会社でのミーティングで、社員に「経営の軸を100%サステナビリティに振り切るぞ」と宣言しました。
──社員の皆さんの反応はいかがでしたか。
当時、大半の社員にとって、サステナビリティというキーワード自体が耳慣れない言葉でした。まさに目が点になっていましたね(笑)。サステナブルなレストランをやろうと言い出した僕自身ですら、当初は分からないことだらけでした。関連書籍はもちろん集めて読みましたが、概論が多く、実業の情報はほぼ皆無。それでも、分からないなりに、「とにかく動こう」というのが僕らのスタイルでした。
ちょうど2月、同じ横浜で「サステナブル・ブランド国際会議」が開かれることを聞きつけました。2日間開催で、参加費として1人1日につき3万5000円もかかる。キャッシュフローが厳しい時期でしたが、"振り切る"と決めた以上、この投資を何倍、何百倍にして取り返すぞという気合で、僕を含め3人で参加しました。
その一人で、現在はサステナブルデザイン室の室長を務める社員は、会場でとにかく名刺を配り、たくさんの専門家とご縁をいただき、本質的な理解を深めていきました。この時、一緒に会議に参加した社員とは、「取り組むからには、薄っぺらいこと、化けの皮がすぐはがれるようなことだけは絶対にやめよう」と話したことを覚えています。
全社員が自ら取り組むサステナブルデザイナーに
──その想いを、社員の皆さんにいかに伝えていったのでしょうか。
20年2月頃から新型コロナウイルス感染症のニュースが広がる中、店が入居しているホテルがコロナに感染した軽症者の受け入れ施設として手を挙げたため、同年4月から8月末まではレストランのほか、1階で運営するカフェ、土産物ショップのすべてをクローズすることになりました。
逆にこれは研修の絶好のチャンスだと感じました。この間、ひたすらサステナビリティの研究に時間を費やしたのです。社員一人ひとりがサステナビリティについて考え、おのおのの役割の中で自発的に取り組みを推進してもらうために、前述のサステナブルデザイン室を新設。全社員をこの部署に配属し、"サステナブルデザイナー"の肩書を付けました。
研修ではテーマと担当を決めてそれぞれ学び考えたことを発表しつつ、全員でその知識を共有するかたちで深掘りを一気に進めていきました。
──研修を経て食材調達の仕方はどう変えたのですか。
何度も回を重ねた研修では、サステナビリティにつながる様々な題材や食材が俎上(そじょう)に載ってきました。あとは、それらをどう"料理"していくか。もともとコンサルティング業をやってきたので、こうした掛け合わせは僕たちの得意分野です。
例えば魚。網にかかったものの全長10センチに満たないサイズのため市場には出せない魚や、獲(と)れ過ぎたせいで市場価格の調整のために廃棄されてしまう「未利用魚」に着目しました。現在は、三重県熊野市の二木島港の漁師さんから、この未利用魚を仕入れています。毎日、何が届くのか開けてみないと分かりませんが、「旬の天然魚で、こういう種類のお魚なんですよ」とお客様にきちんと説明してから、食べていただいています。料理長は料亭での修業を経ているので、「素材を見てから日々、料理を決める」「魚の皮も捨てずに使い切り、それでも残るものはコンポストを活用し食材ロスを極力減らす」という調理スタイルにうまく対応してくれました。
野菜は半径80キロ圏内の近隣で収穫されたもののほか、19年の台風で被災した農家さんの支援をきっかけに始まった、出荷できず捨てられてしまう野菜を販売する組織「チバベジ」さんからも仕入れています。豚肉や鶏肉は、国内の生産者の顔が分かるものだけを調達。国産飼料を使っているため海外からの輸送が不要で、全体的にCO2排出が少ない素材を提供しています。
KITCHEN MANEの取り組み 規格外を含む無農薬野菜や未利用魚を使ったメニューの例。
料理長は和食の修業時代に培った技を使い、魚の皮や骨までうまく調理して、 丸ごと味わえるよう心がけている |
──サステナビリティを追求する中で、何か手応えを感じたことはありましたか。
「食のサステナビリティを極めよう」と掲げた目標の中で、一つ明確なゴールとして位置付けたのが、日本サステイナブル・レストラン協会(SRA-J)が認定するサステナブルな飲食店の格付けプログラム「FOOD MADE GOOD」で三ツ星を取ることでした。これは10年に英国で本部が立ち上がった協会で、全世界では1万2000店以上のレストランに影響を与えたといわれていますが、日本での登録数はまだまだ少ないのが実情です。
SRA-Jは、地産地消の推進や食材ロス削減、フェアトレード、地域コミュニティの支援などの観点から調査し、総得点によって星の数を決めます。日本ではまだ二ツ星レストランしかなかったので、「絶対に、うちが初めての三ツ星を取るぞ」と社員に宣言しました。協会が定める250の指標を満たす取り組みを進めた結果、21年秋、「KITCHEN MANE」をはじめ、同じホテルの1階で運営する「haishop cafe」など、弊社の3店舗で三ツ星を獲得できました。
コロナ禍で世の中はこれからどうなるのかと、多くの人が未来への不安を抱えています。そういう時に大きな目標を掲げ、そこに向けてみんなで走ることは、社員にとって"光"になります。皆の気持ちが乗ってきたなというタイミングで"光"を提示して、目標を実現できたことは本当に良い経験になりました。
メニュー価格を決めずお客様に食の価値を問い直す
──店側は価格を設定せず、お客様に決めてもらうというユニークなコースも話題になりました。
食を通して、SDGsなど社会課題の解決をめざすきっかけづくりを提案していこうというコンセプトができつつあった、そんな中で、サステナブルデザイン室長から「あえて価格を付けないことで、サステナビリティについてお客様に考えてもらい、気づきを促すのはどうか」という提案がありました。僕もこれを聞いてシンプルにワクワクしたので、スタートさせたのです。
──お客様の反応はいかがでしたか。
料理の値段を決めない代わりに、接客を通して、僕らがサステナビリティについて研究したこと、実践したこと、使っている食材の由来などを、お客様に丁寧に伝えるよう心がけました。メニュー名も「賞味期限を問うチーズケーキ」のように、お客様に「?」と思っていただく工夫をした結果、以前と比べてお客様の反応は抜群に良くなりましたね。社会的な意義が伝わり、ディナーコースの客単価は定価を設けていた頃と比較して2~3割上がり、予測を上回りました。
──今後の経営ビジョンについて、聞かせてください。
これまでの日本は、世界のトップランナーの背中を追いかけて走ってきた社会だったと思います。ところが今はその目標を見失い、走っていく"先"が分からなくなっている企業が多いように感じています。
こんな時代に何より必要だと思うのは、自分たちが何をやっていくのかという指針を明確に持つこと。経営トップとして志を持ち、フラッグを立ててあそこに向かって迷わず走るんだという、強い"想い"と"行動"が重要なのではないでしょうか。
僕らの場合は、そのフラッグの一つがサステナビリティであり、これからも、食のシーンから様々な切り口でお客様を刺激し、サステナブルな生活に向けて行動を起こす人たちを増やしていくこと。これに向かって邁(まい)進していきたいですね。
サステナビリティのために何ができるか、お客様と共に考える仕組みを石関氏が運営するInnovation Designは多数生み出しています。同社が経営する「haishop cafe」では、「規格外トマトでつくるガスパチョ風かき氷」など、食材ロス削減につながる無添加かき氷を、生産者と一緒に共同開発したり、「おにぎりから考える地球温暖化」など、身近なテーマから社会課題を考えるワークショップも開催したりしているそうです。レストランやカフェを媒体として、お客様と共にサステナブルな社会を実現していきたい。石関さんのそんな強い思いひしひしと感じられる取材となりました。