全米小売業協会主催の「NRF 2025 : Retail's Big Show」が、2025年1月11日から4日間にわたってニューヨークで開催されました。NRFは小売り系世界最大級のカンファレンスで、例年100カ国以上から4万人以上が参加します。
田中 秀治
Hitachi Solutions America
Business Development Specialist
Business Development and Alliance
Group (BDAG)
日立ソリューションズ入社後、サービス事業開発、グローバル情報通信基盤更改案件などのプロジェクトを担当。2018年より、海外アライアンス事業における事業開発を担い、2021年よりシリコンバレーに赴任。スタートアップ協業、日系企業との新規事業共創活動に従事。2023年7月よりシリコンバレーのサンマテオオフィス責任者。
米国の市場ではコロナ禍により過剰貯蓄となっていましたが、近年は個人消費支出が好調です。インフレ率は低下し、FRBによる利下げ効果もあって購買意欲が高まっています。さらに、トランプ大統領の関税政策の影響を受け、一時的な需要拡大が予想されている他、移民制限施策による労働者不足が深刻化する懸念が出てきました。
そのような市場環境のなか、全米小売業協会(NRF: NationalRetail Federation)主催の「NRF 2025 : Retail's Big Show」(以下、NRF)が、2025年1月11日から4日間にわたってニューヨークのジェイコブ・ジャヴィッツ・コンベンション・センターで開催されました。小売業者をもてなすためのカンファレンスとして、小売業者と非小売業者で参加チケット代に大きな差があり、小売業者に訴求したいテクノロジー企業によるスポンサーシップで運営費用の一部が賄われています。会場内には体験できる展示物が並び、全身をスキャンしてジャストサイズの洋服を提案するAIなどの他、ロボットを使ったポテトフライを提供するデモブースもユニークで印象に残りました。このブースでは、タッチパネルで注文すると自動でロボットがポテトフライを揚げてくれます。味付けは人間のスタッフが行い、完成したら専用ロッカーへ。注文者はアプリで完成の通知を受け取るとロッカーからポテトフライを取り出すことができ、従業員不足に対応したソリューションとなっています。
写真1:80年代のダイナーをほうふつさせるような店内装飾と音楽が流れる
Raising Cane's Chicken Fingers(チキン料理のファストフード店)
今年のキーワードは「AI利用による効率向上とリアル店舗での体験」で、次の4つがトレンドとなっていました。
①リテールにおけるAIの活用
②リアル店舗におけるデジタル体験
③Z世代をターゲットとしたリアルな店舗体験
④リテールメディアとデータ連携
まず、①リテールにおけるAIの活用については、関連する展示ならびにセッションで社内向け、顧客向け双方のAIが紹介されていました。その1つが店頭作業用のハンディーターミナル端末にAIエージェントを搭載したモデルです。これを使えば経験が浅い店員でもAIエージェントと作業を実施でき、人によるオンボーディングが必要なくなるため、人手不足に貢献します。また、ある化粧品メーカーは、プロダクトデジタルツインという概念を提唱し、二次元コードから製品情報や使い方、さらにはヘアカラーで染めた際のイメージをアプリで入手できるプラットフォームを発表しました。
米国ではすでに小売企業の40%がAIを導入し、2026年には80%以上に達する見込み(※)で、各社ともROI(投資収益率:収益成長、コスト削減、顧客満足度)に対する意識が強まっています。ある調査会社のCEOは、消費者がAIに抵抗感を覚えるバックラッシュのリスクを指摘していました。生成AIは最も注目されるテクノロジーではあるのですが、AIに対して雇用の創出よりも雇用の喪失やディープフェイクなどのデメリットの方が大きいと感じる人や、企業ブランドのリスク、AIを使うことがあたりまえになっているためマーケティングとして大きなアドバンテージにならない、と話していました。
次に②の店舗におけるデジタル体験については、ユニファイドコマースがキーワードになっています。実店舗やオンラインショップなど顧客接点を増やすオムニチャネル化がひところ流行しましたが、ユニファイドコマースではチャネルごとに分かれていたアカウントを統合。オンラインの購買履歴を店頭でのマーケティングに活かすなど、一人ひとりに最適な購買体験を提供し、ロイヤルティーの向上をめざすことができます。
また、アマゾンの無人店舗ソリューション「Just Walk Out」のデモブースも注目されていました。従来は大量のカメラで万引き防止を実現していましたが、ここでは商品にRFIDを貼付して管理することでコストの低減が図られていました。
いま米国の小売業で最も盛り上がっているのが、③のZ世代をターゲットとしたリアルな店舗体験です。
デジタルネーティブのZ世代はテクノロジーとの親和性が高く、従来の消費者行動とは異なる傾向があります。彼らは興味があるものに対する購買に意欲的で、 ソーシャルメディアやインフルエンサーの影響を受けやすい傾向にあるようです。彼らの顧客満足度を高めるにはパーソナライズおよびスムーズな買い物体験の実現と、高度化する要求に応えていくことが重要です。
そんなZ世代に支持されているお店の1つが1980年代のダイナーをイメージしたチキン料理のファストフード店です(写真1)。BGMも80年代の音楽で、独特のノスタルジックな体験ができるとして評判を集めています。彼らは自分たちが実際に経験していないにもかかわらず、この時代を懐かしく感じるようです。これは「アネモイア」と呼ばれる現象で今後も拡大していくと考えられています。また、食べ物をモチーフにしたぬいぐるみ店は、ピザ店やハンバーガー店のようなスタイルで注文を受け、本物の食べ物のごとくぬいぐるみを包むラッピングサービスが話題です。自らの体験をSNSで発信するために、連日行列ができるほどの人気です(写真2)。物質的なものよりも体験やサービスに価値を感じるZ世代ほど、こうした「体験型の消費」を好む傾向が強いといえます。
写真2:米国の玩具ブランドFAOシュワルツが、
ぬいぐるみブランドのジェリーキャット・ロンドンと提携し、最新「フードメニュー」を販売
最後に、④リテールメディアとデータ連携は日本企業の注目度も高いテーマではないでしょうか。リアル店舗は購買意欲の高い顧客が集まる場であり、店頭広告媒体のリテールメディアには大きな可能性があります。しかし、パーソナライズ広告に必要なデータ連携の仕組みが確立しておらず、十分に活用できていません。逆に言えば、新しい領域で、パーソナライズされた広告が実現できれば大きなビジネスチャンスになることは間違いないため、リテールメディアは引き続きトレンドとして注目されると思います。