2022年度に本格的にスタートした「SX(Sustainability Transformation)プロジェクト」は、2023年4月の新MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)の公表を経て、2023年度中にはマテリアリティ策定プロセスに移行した。マテリアリティを検討する際、重要な役割を担ったのが、若手・中堅社員を中心に構成されたワークショップである。ワークショップメンバーの2人、SXプロジェクト事務局メンバー1人の話をもとに、マテリアリティ策定の過程を振り返りつつ、その意義について考えたい。
佐井 瑞斗
株式会社日立ソリューションズ
経営戦略統括本部 経営企画本部 サステナビリティ経営部
主任
牧野 由美
株式会社日立ソリューションズ
業務革新統括本部 AIトランスフォーメーション推進本部 AX戦略部
部長代理
田林 直也
株式会社日立ソリューションズ
営業統括本部 モビリティサービス営業本部 第3営業部 第1グループ
主任
Sustainability Transformation Project
2030年の日立ソリューションズの提供価値を定め、バックキャストで経営と事業のサステナビリティを実現するための社内プロジェクト。
日立ソリューションズの「SXプロジェクト」は2022年度に本格的にスタートしました。サステナビリティの観点で自らの事業と組織を見つめ直し、不確実性の高い時代における持続的な成長と価値創出をめざす。こうした思いのもと、 SXプロジェクトにおいて当社は「環境価値」と「社会価値」、「経済価値」をともに追求し、これまで以上の社会貢献を実現したいと考えています。
SXプロジェクトの大きな柱の1つが、MVVのアップデートです。私たちは自社の過去の歩みを振り返りつつ、日立ソリューションズのDNAを深掘りして考察しました。同時に、2030年/2050年の未来社会を想定し、未来における当社の位置づけなどについて議論を重ねました。
新MVVの策定は2022年夏から冬にかけて行われ、多くの若手社員が参加したワークショップが大きな役割を担いました。ワークショップでの議論をまとめ、それをもとにメンバーが役員と討議を行い、最終的な決定に至りました。
こうして2023年4月、「時代の先を見つめ、変化を先駆ける。確かな技術と先進のソリューションで、地球社会の未来をみんなと切り拓いていく。」との企業理念(ミッション)をはじめとする新MVVが発表されました。
経営ビジョンは「グローバル化・デジタル化がもたらす新しい景色を、すべての人へ。」、大切にする価値(バリュー)は「オープンに力を合わせる」、「未来へ踏みだす」、「挑戦を支える」、「ワクワクを広げる」、「誠実に行動する」となりました。
2023年5月~12月には、マテリアリティ策定に向けたワークショップが開催されました。マテリアリティは、新たに定めたMVVを業務に落とし込むための、いわば「道標」です。
「一般的に、マテリアリティはステークホルダーの期待や要請に応えるための重要課題、といった意味で使われます。私たちはマテリアリティを新MVV実現のための重要課題と位置づけ、若手・中堅社員を中心に約30人のメンバーによるワークショップを実施しました。ワークショップには、本部長・部長クラスの4人も助言者として加わりました」と語るのは、経営戦略統括本部 経営企画本部に所属し、SXプロジェクト事務局メンバーでもある佐井瑞斗です。
将来のあるべき姿は、新MVVで定義されています。その将来像と現状とのギャップを明らかにし、どのように埋めていくかを考える。それが日立ソリューションズにとっての長期視点でのマテリアリティです。
ESG視点の目標からマテリアリティに落とし込む企業も多いようですが、当社は日本でも多くの企業がサステナビリティ情報開示に活用している国際イニシアチブを参考につつ、自分たちを中心に置いて検討することにこだわりました。
ワークショップは計4回開かれました。1回目のワークショップでは新MVVの描く世界観への理解を深めた上で、当社が未来の社会にどのように関わりたいかを議論しました。2回目は2030年の「あるべき姿」を踏まえて、どのようなアセットやケイパビリティを持つべきかを検討。同時に、マテリアリティの要素を洗い出しました。
3回目では、現状とあるべき姿のギャップ、マテリアリティの優先度などを考え、1回目と2回目で提示された多くのマテリアリティの候補やその要素を、体系化した形で収束させました。その後、マテリアリティに関する全社アンケートを実施。その調査結果なども踏まえて、事業部長・統括本部長クラスとの討議が行われました。
4回目はそれまでの議論の結果を踏まえて、ワークショップメンバーが役員クラスに対してプレゼンテーションを実施し、メンバーと役員クラスとの対話に移行しました。
こうしたプロセスを経た上で、2024年1月にマテリアリティを決定。「経営基盤」と「人・組織」、「協創・技術(提供価値実現の手段)」、「提供価値」という4分類、11項目のマテリアリティが公表されました。
ワークショップに参加したメンバー、約30人は多様な部門から選ばれました。その1人である営業統括本部 モビリティサービス営業本部の田林直也は、こう語ります。
「ワークショップは本社のある東京で開催されました。私は普段関西で業務を行っていることもあり、ワークショップでは初対面のメンバーが多かったですね。日常的なビジネスをいったん離れて、望ましい未来社会について話し合う中で、新鮮な視点に接するとともに、共感できる多くの意見を聞くことができました」
また、業務革新統括本部 AIトランスフォーメーション推進本部の牧野由美は、「これまで、社会課題と日常業務の間には少し隔たりがあると感じていました。ワークショップでの経験を通じて、そのギャップがかなり埋められたように思います。自分たちの仕事を通じて、こんな風に社会課題を解決することができるという具体的なイメージを持つことができました」と話します。
経営基盤に関するマテリアリティは、国際イニシアチブの要請に対応する5項目。「脱炭素社会への貢献」、「人権への取り組みの推進」、「従業員の健康と安全の促進」、「サプライチェーン・マネジメントの高度化」、「成長を支えるガバナンスの進化」です。
人・組織については、「多様なタレントが活躍するDEI(DiversityEquity&Inclusion)の実現」、「挑戦を拡げるアジリティの高い組織づくり」という2項目のマテリアリティがあります。
「ワークショップでよく話題になったテーマの1つが挑戦です。当社は挑戦を支える制度や仕掛けは充実していると思うのですが、自ら手を挙げて挑戦するにはいくつかのハードルを乗り越える必要があると感じます。例えば、挑戦しようにも日常業務に追われて時間を確保できないといったことや、周囲の人を引き入れることが難しく、結果として一部の人だけが頑張っているようなケースもあるでしょう。『挑戦を拡げるアジリティの高い組織づくり』のマテリアリティの解説にある、『周囲が(挑戦を)後押しする組織文化の醸成』という一文は重要だと思います。ワークショップの中でも、『周りが応援する雰囲気や文化が大事』といった議論を交わしたことを覚えています」と牧野は語ります。
人・組織が強化されれば、提供価値を実現する手段も豊かになります。その手段が協創と技術であり、マテリアリティとしては「ステークホルダーをつなぐ協創の加速」と「社会に先駆けた最新技術の活用による新たな体験のデザイン」と表現されました。田林はワークショップでの議論をこう振り返ります。
「話し合いの中で、協創というキーワードが何度も出てきました。その大切さは、私も日々の業務で実感しています。私が営業として担当しているのは、コネクテッドカーに注力する自動車業界です。当社はお客様の開発部門に対して最新技術を提供していますが、時には潜在的な競合企業とのコラボレーションが必要なこともあります。そこには一種のエコシステムがあり、私たちはその一員として参加している形です。こうしたスタイルは今後、多くの業界で求められるようになると思います」
また、牧野は「体験のデザイン」という言葉に深い思い入れがあると言います。
「ワークショップに参加していた当時、私はⅠT基盤に関わる部門のマーケティングを担当していました。エンドユーザーとはかなりの距離があり、どのようにメッセージを発信するか悩むことも少なくありませんでした。そうした中で、自分たちの作るものが将来的にどのように社会につながっていくかをイメージし、『体験をデザインする』という言葉に思いを込めました。それはソリューションのデザインだけでなく、メッセージングのデザインにも言えることだと思います」
経営基盤、人・組織、協創・技術という3分類に体系化された活動によって、持続可能な社会を実現するための価値を提供する。もう1つの分類である提供価値では、「デジタルによる安全安心なボーダーレス社会の実現」と「価値創造を連鎖させることによる社会課題の解決」という2項目のマテリアリティが策定されました。
これら4分類11項目のマテリアリティへの取り組みは、企業活動と事業活動を通じて社会に届けられます。その際、環境価値と社会価値、経済価値がトレードオンの関係になることが重要です。トレードオフではなく、それぞれの価値が互いに高め合うような価値提供のあり方を追求します。
「今後は、社内でマテリアリティへの意識を高めること、そして日々の業務でマテリアリティ重要課題に対していかに向き合うかが問われます。全社レベルでは、現在準備中の次期中期経営計画(2025~2027年度)が重要になります」と佐井は語ります。SXプロジェクトの成果である新MVVやマテリアリティも反映されることになります。
2028年度以降も続けて新しい中期経営計画が策定されていきますが、サステナビリティと経営がつながった中期経営計画の取り組みにより、私たちは将来の「あるべき姿」に近づいていきます。
これまでの中期経営計画では主に財務指標が注目されましたが、次期中期経営計画には SXの要素が組み込まれます。佐井はこう続けます。
「マテリアリティについては非財務の指標を設定する予定です。こうした指標により、当社の取り組み状況を適切にモニタリングすることが可能になるでしょう。事務局が中心となり、関係する部門と一緒に『どのような指標を設定すべきか、それが本当に機能するのか』といった議論を始めています」
例えば、ステークホルダーとの協創。これまでは協創の定義が曖昧で、協創案件の増減や進捗などの把握は容易ではありませんでした。定義を明確にすれば、コラボレーションやエコシステムづくりをより促進することができるでしょう。
このほか、「SXの自分事化」をテーマにしたコミュニティづくりも検討されています。
「マテリアリティへの向き合い方を、各自が考えられるような場を立ち上げる予定です。サステナビリティ・コミュニティという名称で、個々人が SXの意味や意義を肌で感じられるような場にしたいと考えています」と佐井は言います。
また、2024年度からは、個人目標の中に SXに関する目標を組み込む制度がスタートしました。これも、マテリアリティを自分事化するための仕掛けの1つです。それぞれの社員が日常業務において、いかに SXとマテリアリティに向き合うかが問われます。
「自動車メーカーでは、皆さんがカーボンニュートラルを真剣に考えています。もちろん、人権の問題やサプライヤーとの公正な取引も含め、サステナビリティ経営への意識は非常に高い。そのようなお客様に寄り添いたいと思うほど、結果として、私たちの活動もSXに近づいていくのではないでしょうか」と田林は語ります。
持続可能な未来社会づくりのため、様々な業界の多くの企業が同じ方向へ向かっています。SXを環境価値と社会価値、経済価値のトレードオンにつなげるための外部環境は、着実に整いつつあるといえるでしょう。