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農業・福祉あらゆる境界を越えて自然との再接続を試みるAGRIKOの挑戦|小林 涼子

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数々のドラマや映画に出演する俳優であり、農業と福祉を融合させた事業を手掛ける「AGRIKO」の経営者でもある小林涼子氏。東京生まれ東京育ちの小林氏がなぜ農業に興味を持ち、会社設立に至ったのか、芸能・農業・福祉という一見すると無関係にも思える複数の世界を生きる小林氏に話を訊いた。

※本記事は2026年2月に掲載されたものです。
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    小林 涼子

    AGRIKO代表取締役、俳優

    こばやし・りょうこ
    東京都出身。子役としてデビュー、NHK連続テレビ小説『虎に翼』をはじめ、数多くのドラマや映画など出演。俳優業のかたわら、2014年より農業に携わり、家族の体調不良をきっかけに2021年株式会社AGRIKOを起業。農林水産省「農福連携技術支援者」を取得し、自然環境と人に優しい循環型農福連携ファーム「AGRI KO FARM」の運営、アート事業を展開。さらに報道番組への出演やラジオナビゲーターなどパラレルキャリアで活動の幅を広げている。

おいしいお米を買えるのは当たり前ではない現実が起業の原動力に

─俳優と並行して起業家としても活動されています。キャリアを広げたきっかけを教えてください。

俳優の仕事は4歳の頃に始めて、ドラマ出演などもしましたが、思うようなキャリアを描けず、同級生が就職活動を始めた頃に、将来への不安に襲われました。10代から20代を駆け抜け、心が少し疲れてしまったのだと思います。そんな私を見た家族が、父の友人の田んぼがある新潟で稲刈りをしようと連れ出してくれました。うちの実家は農家ではありませんでしたが、もともと食育が豊かで、果物狩りや潮干狩りなどにも頻繁に行っており、稲刈りもその延長線上だったのだと思います。それが農業との出会いでした。

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─現地での体験はいかがでしたか。

お米はおいしいし、空気も景色もきれいで、人が優しい。必要以上に着飾る必要もなく、等身大の自分でいられました。その心地良さにすっかり魅せられ、仕事の合間に通っていたのですが、コロナ禍と家族の体調不良が重なって新潟に行けなくなりました。現地では農業の担い手が不足していたので、このままでは継続が困難になるかもしれないと実感。米不足を経験した今ならば、お米を食べられることが当たり前ではないと分かりますが、当時は夢にも思っていなかったんです。そこで個人の善意や寄付に頼らず、持続可能にするにはどうしたらいいのかを考えた結果、起業に思い至り、2021年にAGRIKO(アグリコ)を設立しました。社名は農業を意味するアグリカルチャーに子どもの子を合わせた造語。これまで、農業は家業として受け継ぐことが多かったと思います。しかし、それが立ち行かなくなるならば、私たちが代わって継ごう、ここに集まる私たちがアグリカルチャーの子どもになろうという意味です。

─小林さんの起業に対し、周囲の方は驚かれたのではないですか。

コロナ禍では動画配信など新しい分野に挑戦する方が多く、その1つと受け止められたのだと思います。俳優業の所属事務所も「頑張ってね」と応援してくれました。ただ、私はそれまでパソコンも使っていませんでしたし、事務仕事の経験もないので、一から家族に教わり、行政の窓口にも通い、地道な方法で会社を起こしました。具体的な事業内容は固まっていませんでしたが、2014年から自分が農業に携わりだした経験をもとに農福連携を主軸にしようと考え、農林水産省「農福連携技術支援者」を取得しました。

自然は思うようにならないタイパ・コスパの対極に農園を位置づける理由

─農福連携に着目した理由を教えてください。

俳優としてオーディションを受ける時はいつもポジティブに、勝ちに行く気持ちで臨んでいたのですが、ある日ふと頑張れなくなることを経験しました。自分では健康なつもりでも、そうじゃなかった。「健康な状態」と「健康ではない状態」の間には明確なボーダーがあるわけではなく、グラデーションだったんです。福祉はケアする・ケアされるという二極で考えがちです。しかし、福祉の語源は「幸福」であり、立場を分かつ言葉ではありません。農業も福祉も農福連携も、誰かのためではなく、みんなのためであって、自分や大切な人の幸せのためでもあるのです。

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─その思いを体現する事業の1つが都市農業ということですね。

農業をやると決めて起業したものの、東京には新潟のような広い土地も川の水もありませんから、新潟と同じ農業はできません。それならば東京にしかないものを活かそうと考えていたところに、OGAWA COFFEE LABORATORY 桜新町さんとのご縁を頂き、2022年に世田谷区桜新町に屋上ファーム「AGRIKOFARM PW 桜新町」を開園しました。1階にあるOGAWA COFFEE LABORATORY 桜新町さんの店舗では当農園の農作物を使っていただいています。翌年には品川区にあるイタリア料理のgicca池田山さんの屋上に「AGRIKO FARM白金」を開園。こちらでも、パティスリーとレストランに納品しています。

─屋上ではどのようにして農業を行っているのでしょうか。

なるべく自然に近い形にしたいと考え、建築廃材の木や放置竹林の竹を使った水耕栽培と魚の養殖とを組み合わせたアクアポニックスという栽培システムを採用しています。地方は自然のダイナミズムの中にあり、雨や風や、あらゆる生物と接続されていますが、私を含めて多くの人が暮らす都市はそういったものから切り離されています。だからこそ都市農業には自然との再接続という機能が重要と考え、アクアポニックスを採用しました。農園は猛暑や豪雨の影響も受けますから、生産性を考えるなら他の方法にすべきでしょう。でも、タイムパフォーマンスやコストパフォーマンスを追求する中で人は疲弊するのだと思います。少なくとも私はそうでした。私が新潟で感じた心地良さは効率重視の人工的な世界では得られない。都市農業を通して、都市の人たちに自然のダイナミズムを感じてもらいたいと思っています。

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アクアポニックスは、魚の排泄物を微生物が分解して養分に変え、
その水を用いて化学肥料を使わずに野菜を栽培。植物が水を浄化し、再び魚の水槽へ循環させる仕組み。

「いいね」だけでなく「嫌い」も許されるからこそ都市的価値観とは正反対

─現場ではどういった人財が活躍しているのですか。

地域の障がいのある方々にスタッフとして働いていただいています。障がい特性は多様です。それぞれが得意な仕事に従事することで、生産力を発揮しています。先日農園でエディブルフラワーの剪定を手伝おうとしたら、栽培に長けたスタッフから「それはまだ剪定しなくてもいい」と教えてもらいました。そんなスタッフの活動を支えているサポーターが、子育て世代の女性です。彼女たちは子育ての経験を活かし、表情やしぐさなどから体調の変化を読み取り、感情の起伏に配慮して話すなどコミュニケーション能力に長けています。当農園は従業員定着率がおよそ98%で、転居と結婚以外の理由で辞めた人はいません。それだけ気持ちよく働いていただいているのだと思います。

─パラアートにも力を入れているそうですね。

ハーブティーや菓子などのパッケージデザインを絵が得意なスタッフに任せたところ好評だったので、企業とのコラボ商品にも携わってもらっています。その際にお世話になった方から、2024年に法人向けのアートのレンタル事業を承継しました。昨今は周囲が「いいね」というものを「いいね」と言わないといけない風潮が強いですが、アートに対しては「嫌い」「意味が分からない」といったネガティブな意見も許容されています。花を咲かせるためには栄養豊富な土が大切なように、企業にとっては多様な意見が必要。ネガティブな意見はチーム内の心理的安全性が担保されていなければ出てきません。アートをチームビルディングやコミュニケーションの一助として企業を育てるエネルギーにしてほしいとの願いを込めて、アートレンタル事業を「アートネガティブ」と命名しました。現時点で病院や高齢者住宅、飲食店、企業など約150社にご活用いただいています。

─俳優業と経営者という2つの仕事を行き来することで、何か影響は出ていますか。

俳優という仕事柄、ものを伝えることは得意な方だと思います。一例ですが、当社では六次産業化にも取り組んでおり自社農園で栽培したホップでビールを製造するほか、それを企業のノベルティーなどに使っていただいています。その際に「障がい者と健常者」から「生産者と消費者」へ関係性を改めることで企業の想いやスタンスを伝えています。また、今日のように取材していただけるのは、俳優というお仕事をやってきたからだと思います。

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六次産業は、一次産業(農業・林業・漁業など)、二次産業(食品加工・製造業など)、三次産業(製品やサービスの流通・販売・提供)を融合し、付加価値を創出する取り組み。

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AGRIKOでは、ホップを自家栽培し、ビールを製造。
企業のノベルティーとして販売。

一方で、起業してから役づくりの解像度も上がりました。今まではパソコンを使うシーンでもその意味まで考えたことがなかったのですが、今は自分事として考えられるので「朝だと昨夜のメールを必死で返している」「夜なら今日中に片づけたい仕事に取り組んでいる」といった部分まで想像でき、地に足の着いた気持ちで演じることができています。

─これからの農業の展望を聞かせてください。

日本の農業はいま転換期を迎えています。米価の変動を見て、農家の立場では、少しほっとするような気持ちの一方で、消費者の立場だと高いと感じますから、何を正解とするかは難しい。だからこそ発信をして相互理解を深めることで「生産」と「消費」のボーダーの概念をなくして両側面から持続可能性を話し合っていく必要があると思っています。

消費者にとっては食べる行為も立派な応援で、当社のビールも生産者である障がい者に還元されるようになっています。買い物の際には生産者に思いを馳せてもらえたら、そうやって生産者と消費者の間のボーダーが少しずつ曖昧になっていったらうれしいです。

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取材後記

表参道のオフィスに佇む小林さんはまばゆいばかりの俳優さんのオーラをまとっていました。しかし取材が始まると一転、農業と福祉と食を熱く語る経営者の顔になり、どの質問にも真摯に答えてくださいました。農業が持続可能であるように、食べ物を選ぶときは少しだけ生産現場に思いを馳せてみませんか。

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