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落語の世界をもっと自由にもっと豊かに|林家 つる子

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2024年、女性噺家として初めて、12人の先輩を追い抜く抜擢真打となった林家つる子氏。古典の名作に出てくる女性の登場人物を主人公にして物語の裏側を描く彼女の挑戦は、落語ファンの心を捉えている。ボーダーを越える挑戦を続けるつる子氏が、自身の生き様を語る。

※本記事は2026年1月に掲載されたものです。
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    林家 つる子

    落語家

    はやしや・つるこ
    群馬県高崎市出身。中央大学で落語研究会に所属。2年次に全日本学生落語選手権・策伝大賞で審査員特別賞、4年次に全国女性落語大会(ちりとてちん杯)で優勝する。卒業後の2010年、九代林家正蔵氏に弟子入り。24年3月に落語界で女性初の抜擢真打昇進を果たす。

12人抜きで真打に昇進

吉原の女郎にうつつを抜かす夫に愛想をつかして、幼い息子とともに家を出る「子別れ」のお徳。酒ばかり飲んで働こうとしない夫の気持ちを入れ替えさせるために、3年間嘘をつきとおす「芝浜」のお光──。

古典落語には、耐える女性や許す女性が数多く登場する。その存在が物語の肝となる場合も少なくないが、物語のほとんどは男性が主人公で描かれているため、女性はおのずと脇役となる。歴々の名人たちが演じてきた古典落語の中の女性の登場人物を主人公にして語り直し、一躍注目を集めた。

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30代半ばにして異例の12人抜きで真打に昇進した理由は語られないことではあるが、その斬新な芸が評価されたことは間違いないだろう。兄姉弟子を抜いて真打となる抜擢真打は12年ぶり、女性落語家としては初めてのことだった。青天の霹靂だったとつる子氏は言う。

「抜擢の話が出ているから、至急連絡をするように。そんな留守電を電車の中で聞きました。頭が真っ白になりましたね」

思いがけず師匠と呼ばれる立場になって、周囲や世間からの目が大きく変わったことを実感した。高座にも彼女を目当てに来る客が増え、大きな喜びとプレッシャー、その両方を感じたと話す。

落語は究極のエンターテインメント

内気な子どもだった。表現の面白さを知ったのは、小学五年生で出合った演劇だった。高校で演劇部に所属し、コメディで客の笑いを取る快感を知った。

落語に出合ったのは大学に入学してからだ。演劇か音楽のサークルに入りたいと、新入生勧誘の声に耳を傾けながらキャンパスを歩いていた時に、落語研究会のメンバーから声を掛けられた。「うちはコントもやるから、演劇好きなら絶対気に入ると思う」と誘われた落研が、実は古典落語ばかりをやるサークルであることを知ったのは入部した後だった。

「騙されたと思いました(笑)。でも、先輩方の落語が本当に面白かったんです。落語は年配の皆さんの演芸というイメージがあったので、若い人たちが落語をやっているのがとても新鮮でした」

一人で何役もこなしながら、所作と語りだけで情景を伝え、物語を進めていく。演目には滑稽噺もあれば人情噺もあり、客を笑わせることも泣かせることもできる。江戸時代を舞台にした物語が現代に生きる人々の心を捉える。同じ演目でも、演者によって趣は大いに異なる──。落語は究極のエンターテインメントだと感じたとつる子氏は言う。

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大学の4年間は落語にどっぷりとつかり、学生落語の大会で賞も幾度か受賞した。もっと落語を突き詰めたい。そう思ったが、プロの落語界は全く未知の世界である。恐れが先に立ち、まずは社会人に、と就職活動を始めた。

就職活動に今一つ身が入らなかったのは、落研の卒業公演を控えていたからだ。学生最後の高座に手は抜きたくはなかった。就職と落語。その2つを天秤にかければ、重りは落語の方に傾く。就職活動をしたことで、自分の心を知った。

両親に噺家になりたい旨を伝えた。娘を慮る父は、一度就職してからでも遅くはないと諫めた。漫画家になる夢を断念した経験のあった母は、やりたいことがあるならやるべきと娘の背中を押した。

母の激励の勢いを駆って、落研顧問にして新作落語の作家でもあった黒田絵美子教授のもとに赴いた。教授が、当時は落語協会理事、現在は会長を務める人情噺の大家、柳家さん喬氏と縁深く、2人に相談すると、縁がつながり、かつてテレビでこぶ平の名で愛された九代林家正蔵氏のもとへの入門が決まった。2010年9月のことである。

「古典落語に真正面から取り組む師匠の姿に感銘を受けて、ぜひ弟子入りさせていただきたいと思いました。林家一門で初めての女性弟子であったなな子姉さんがいらしたことも大きかったですね」

しかし、弱冠22歳の女性が、男性が多数を占める落語の世界で生きるのは楽ではなかった。移動時に師匠方たちの荷物を持つのは前座の仕事だが、女性に荷物を持たせる様子は世間体のいいものではない。楽屋での着つけを女性に手伝ってもらうことを遠慮する師匠もいた。古典落語には、バレ噺や廓噺など性的なニュアンスを含む演目、江戸っ子の乱暴な言い合いが出てくる演目も多い。それを女性弟子にどう教えればいいか、師匠にも戸惑いが見られた。苦労したのは、楽屋や稽古場だけではない。高座に上がれば、女性の噺家が出てきたというだけで、露骨に嫌な顔をする客もいた。

「男性の若手と比べて、越えなければならないハードルは多かったかもしれません。でも、それが努力する意欲につながったことは確かです」

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師匠が開いてくれた独自の芸風への道

古典落語を女性ならではの視点で解釈する芸風に道を開いてくれたのは、師匠である正蔵氏の度量であった。古典をしっかり身につけて、耳の肥えたお客様に納得していただくことももちろん大事だけれど、俺はそれだけじゃないと思う。女性にしかできない噺は絶対ある。挑戦したいと思うことがあれば何でもやってみたらいい─。師匠のその言葉で、一気に頭が柔らかくなり、視界が広がった。

前座の頃からアイデアを練り、二つ目になって恐る恐る新解釈による古典に取り組み始めた。勇気あるその一歩が今につながっている。

「『芝浜』や『子別れ』を幾度となく聞いてきた通のお客様の前で自分の解釈を披露するのは、本当に怖いことでした。でも"そういう見方があったんだ""つる子にしかできない噺だね"と言ってくださる方が男女を問わずいらっしゃって、それが支えになりました。"古典を侮辱している"といった否定的な意見もありましたが、信念があったので、やり通すことができました」

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現在は、ストレートな古典、新解釈の古典、新作と、バランスの取れた演目で多くの愛好家の心を捉える。一方で、MC曼荼羅というアーティスト名でラップにも取り組んでいる。つる子氏のラップに興味を持ち、そこから高座を聞きにくるようになった人もいるという。すべては、落語ファンの裾野を広げるための活動だとつる子氏は言う。

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「若い方々に落語の魅力を伝え、落語の間口を広げていくことが、私たちの世代の噺家の使命だと思っています」

大阪・関西万博(©Expo 2025)では「ウーマンズ パビリオン in collaboration with Cartier」で落語を披露し、海外からも注目を集めた。振り返れば「ボーダー」を越えることを繰り返してきた歩みだった。男女のボーダー、古典と現代性のボーダー、芸と芸のボーダー、国と国のボーダー。この先どのようなボーダーを越えていくのか。それはまだ分からない。

「真打昇進までは、落語界が花火を打ち上げてくださいます。でも、ここから先は自分で花火を上げなければなりません。新しいことに挑戦し続け、お客様に喜んでいただける花火を上げられる人でありたい。そう思っています」

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取材後記

客入り前の浅草演芸ホールで撮影とインタビューをさせていただきました。演芸ホールでの興行、全国を飛び回っての高座、ラジオ番組への出演、YouTubeチャンネルでのコンテンツ配信と、八面六臂の活躍を続けるつる子師匠。そんなお忙しい中での取材でしたが、笑顔を絶やさず、こちらの質問に丁寧に言葉を選びながら答えてくださるその姿勢に大変感銘を受けました。芸人はいつも謙虚で、周囲への感謝の気持ちを忘れてはいけない──。そんな信念があるからこそ、つる子師匠は多くの落語ファンに愛されているのだと思います。「第42回浅草芸能大賞」の新人賞も獲得され、ますますのご活躍が期待されます。これからも素敵な落語をたくさんの人に届けていただきたいと思います

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