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手のひらサイズの小さな鉢に宿る美しく可憐な命~ミニ盆栽~|山崎 ちえ

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鉢の中で丁寧に樹木を育て、枝ぶりや季節ごとの変化を愛でる──。日本独自の文化である盆栽は、近年海外にも愛好者が増えている。盆栽の中でもとくに小ぶりの「ミニ盆栽」の専門家である盆栽師・山崎ちえ氏が、盆栽の尽きせぬ魅力を語る。

※本記事は2025年3月に掲載されたものです。
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    山崎 ちえ

    ミニ盆栽作家

    やまざき・ちえ
    全日本小品盆栽協会認定講師・理事。日本小品盆栽協同組合組合員。一般企業を退社後、2009年より「やまと園」で修業し、12年に独立する。13年、日本盆栽作風展新鋭作家部門銀賞を受賞。上野、横浜などで盆栽教室を開催し、盆栽展にも出店している。

小さな樹木が元気に生きている様子を間近で見るときの感動は言葉になりません

現存する日本最古の盆栽は、徳川三代将軍家光が所有していた五葉松である。樹齢550年の古木が皇居内で管理され、現在も新芽を吹くという。家光が没したのは370年ほど前である。ということは、家光が愛好していた時点で、この盆栽はすでに長い歴史を生きていたことになる。丁寧に手入れをすれば、鉢の中で数百年にわたって生き続け、人々の目を楽しませてくれる。それが盆栽の大きな魅力だ。

盆栽師の山崎ちえ氏が盆栽の世界に関わり始めたのは22歳の時だった。大学卒業後に勤めた会社の仕事が肌に合わず、ワンダーフォーゲル部で山登りに熱中していた頃を思い出して、自然の香りや空気を求めるようになった。書店でたまたま盆栽の本を見つけたのが盆栽教室に通うきっかけだった。

「写真で見る盆栽には自然の風景が凝縮されていて、山歩きの途中に木の根元で休憩して木立を見上げていたイメージがよみがえってきました。盆栽教室に通い始めてから、これを仕事にしたいと思うようになりました」

盆栽の世界を志す人は、盆栽園で最低3年間は修業を積む必要がある。山崎氏が修業したのは、神奈川県大和市の「やまと園」だった。その園が小品盆栽、いわゆるミニ盆栽に力を入れていたことが、山崎氏のその後の歩みに大きく影響することになった。

修業期間の3年間は本当に楽しい時間だったと、山崎氏は振り返る。

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「朝早く起きたり、重いものを持ったりするのは大変でしたが、毎日植物と触れ合いながら、樹木に対する知識を深めたり、技能を身につけたりすることができるのがとても幸せでした。まさにこういう生活がしたかったと思いましたね」

鉢の持ち方から始まり、雑草抜きや施肥の方法を学び、樹種を覚え、2年目になってようやく水やりを任せてもらえるようになった。初めは商品の盆栽に触れることは許されなかった。失敗すると売り物にならないからである。「山崎専用」の練習用盆栽を与えられ、剪定など様々な手入れの練習を重ねた。

独立したのは2012年だった。プロの盆栽師になると屋号を名乗ることを許される。自身の屋号は「豆松屋」とした。豆のように小さな松、すなわちミニ盆栽をイメージしたものだ。現在は、日本盆栽協同組合が運営する上野グリーンクラブで盆栽の販売をしたり、盆栽教室の講師を務めたりしながら、各地で開催される盆栽イベントにも参加している。

育てる人がよしと思えばそれでよし

鉢で樹木を育てる「鉢植え」が始まったのは平安時代だと言われている。現在もしばしば演じられる「鉢木」という能曲がある。これは能楽の始祖である観阿弥・世阿弥の作であるとされるから、成立したのは室町時代ということになる。徳川家康もこの演目を愛好したという。

鉢植えの文化はもともと京都の公家社会や寺社で根づいたものだった。江戸時代になってその文化を武士が受け継ぐことになり、武家の文化として定着していった。江戸時代の書物には「盆栽」と書いて「はちうえ」と読ませる言葉が見える。江戸初期の盆栽は大型のものが多かったが、徐々に小鉢で育てる小品盆栽がつくられるようになった。これが今日のミニ盆栽の始まりだった。

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明治時代になって、盆栽文化は武家から政界、財界、文化人などに受け継がれていった。その頃から盆栽はそのまま「ぼんさい」と呼ばれるようになったようだ。富裕層などの一部の人たちの趣味であった盆栽文化は徐々に大衆に広まり、戦後になって本格的に大衆化することになる。

1960年代から始まるミニ盆栽ブームのきっかけをつくったのは、戦前から活躍していた俳優・中村是好である。彼がテレビの園芸番組でミニ盆栽を紹介し、著書『豆盆栽愛好』を上梓したことで、庶民がミニ盆栽の魅力を知ることになったのだった。

盆栽が日本の伝統文化である茶道や華道と異なるのは、「道」を形成しなかった点にある。今日のような盆栽の形が広まったのは近代になってからであり、長い歴史をもつ家元や流派もない。「盆栽を育てる人がよしと思えばそれでよし。それが盆栽の楽しさです」と山崎氏は言う。

とはいえ、誰もが認める盆栽の美しさももちろんある。手をかけていないもの、幹や枝がまっすぐすぎるもの、人が暮らす生活空間と調和しないものは「よい盆栽」とは言えない。よい盆栽を生み出すのは、「自然」と「人の手」との絶妙なバランスである。

「木々が自然で生きている姿を大切にするのが盆栽の基本です。でも、自然の中の樹木の姿かたちは、そのままでは荒々しすぎたり、枝が一方にかたよっていたりします。それを人の手で整えていかなければなりません」

大切なのが、針金かけ、剪定、植え替えといった作業である。まだ若く、幹や枝が柔軟な木に針金を巻きつけ、それを曲げることで木の形をつくっていくのが針金かけだ。一方、剪定の作業は木がある程度成長してからも常に続けていく必要がある。植え替えは、根を適切な長さに整え、土を取り換えることで、木が養分を吸収しやすくする作業である。

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「針金かけ」の作業。若木に針金を巻きつけ、それを曲げることで枝や幹の形を整える

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「植え替え」の作業。鉢から取り出し、根の土を落とし、伸びた根を切っていく

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新しい鉢に移し替える。鉢は、根が呼吸しやすい素焼きのものがお薦めだという

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木の傾きを防ぐために、鉢底に固定した針金で根と幹を支える

盆栽は自然の樹木である一方で、鑑賞するものであり、飾って絵になるものでなくてはならない。そのために懇切な手入れが必要になる。樹木の命が続く限り手入れも続く。それを面倒に思うか、面白いと思うか。そこが盆栽愛好家になれるかどうかの分岐点と言えるかもしれない。

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土の上に隙間なく苔を貼りつけていく。見た目を美しくするだけでなく土の流出を防ぐ効果がある

裾野が広がる盆栽の市場

盆栽には大きく「松柏(しょうはく)類」と「雑木類」の2種類がある。松などの常緑種が松柏類、もみじなどの落葉樹が雑木類で、後者は果実がなる「実もの」、花が咲く「花もの」、季節ごとの葉の変化が如実な「葉もの」に分けられる。

盆栽の中でも、鉢を含めない樹高が10cm以下のものをミニ盆栽という。文庫本の長辺が約15cmだからかなりの小ささだ。ミニ盆栽の魅力を山崎氏は「たまらない可愛らしさ」と表現する。

「手のひらで包める小さな鉢の中で樹木が生きていて、葉が紅葉したり花が咲いたりするわけです。それを間近で見るときの感動は言葉になりません」

一般的な盆栽よりもミニ盆栽の方が手入れの手間はかかる。枝が伸びるのを抑えなければならず、土が少ないぶん水やりの頻度も多くなるからだ。それでも、小ぶりの可憐な姿がSNSなどで映えることもあって、愛好家は年々増えているという。

「ミニ盆栽の育て方を学びたいという若い女性はたくさんいますし、ミニ盆栽を買いにくる若いカップルも多いですね。私がこの世界に入った頃には考えられないことです」

そう言って山崎氏は笑う。盆栽全体を見れば、新しい市場も広がっている。飲食店やアパレルショップなどに盆栽を貸し出すリース事業もその1つだ。観葉植物をインテリアに用いるのと同様の感覚で盆栽を飾りたいと考える事業者が増えているのだという。

山崎氏自身も、女性限定のオンライン盆栽コミュニティを共同運営するなど、新しいチャレンジを始めている。遠隔地に住む人たちがデジタルでつながり、時折リアルに顔を合わせ、盆栽の情報を実地で交換している。「デジタルを活用して愛好家の皆さんを応援していきたい」と山崎氏は話す。

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盆栽文化は時代とともに変わってきたし、今後も変わっていくだろう。しかし、「自然の樹木を愛でる」という盆栽の基本は守っていきたいと山崎氏は言う。

「育てている木に新芽が吹いて春を感じる。葉の色が変わるのを見て秋の訪れを知る。それが盆栽の文化だと私は思います。盆栽を育てることで、植物とともに暮らすことの喜びを知っていただきたい。そんなふうに思っています」

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様々なミニ盆栽。常緑の「松柏類」、季節ごとの葉の変化を味わう「葉もの」、
実がなるのを楽しむ「実もの」、花を愛でる「花もの」といった種類がある

取材後記

たくさんの盆栽の鉢が並ぶ上野グリーンクラブでインタビューと取材をさせていただきました。現在はここでの常設売店で盆栽を販売したり、教室の講師をしたりしている山崎さん。ゆくゆくは「盆栽カフェ」をつくって、そこで盆栽教室やワークショップを開き、盆栽愛好家が集まる空間にしたいという夢を語ってくださいました。以前は年配の方の趣味というイメージがあった盆栽ですが、山崎さんのお話をうかがい、手入れの実演を見せていただくと、盆栽には老若男女を惹きつける魅力があることがよくわかりました。これからも盆栽文化の裾野が広がっていくことを期待しています。

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