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野生動物の命を魅力的な製品に
生まれ変わらせる技 ~ジビエレザー~|久津 真実

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日本で1年間に駆除される野生動物は120万頭を超える。これまで、その多くは駆除後に廃棄されてきた。その野生動物の皮革を有効に活用して製品化するのがジビエレザー作家の仕事だ。自身のブランドを立ち上げ、ジビエレザーの魅力を発信している久津真実氏に話を聞いた。

※本記事は2023年7月に掲載されたものです。
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    久津 真実

    MAKAMI 代表・ジビエレザー作家

    1983年新潟県長岡市生まれ。情報系大学の大学院卒業後に一般企業のシステム部門に就職。会社勤めをしながら趣味で革靴づくりを学ぶ。職業訓練校で本格的に靴づくりを学んだ後、婦人靴メーカーに就職。その後独立して自身のブランドを立ち上げる。ジビエレザーとの出合いをきっかけに、新ブランド「MAKAMI」を2020年にスタートさせ、ジビエレザー製品のデザイン、生産、販売を始める。

1頭1頭が生きた証が革に残されている

自然素材である動物の革を使った皮革製品の多くが大量生産品としての品質を保てているのは、その素材が家畜由来のものだからだ。家畜は均一で安定した飼育環境で育てられるため、1頭ごとの差は僅少となる。それに対して、野生動物の革、すなわちジビエレザーを使った製品の魅力は、個体差がそのまま最終製品に反映される点にある。

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「獣の種類はもちろん、捕獲された時の年齢や季節、あるいは性別などによって革の厚みや質感は変わります。また、生きていた時にできた擦り傷などがそのまま残っていたりもします。そのそれぞれの革の性質を見極めながら製品をつくっていくところに、ジビエレザーの面白さと難しさがあります」

そう話すのは、東京都台東区でジビエレザーブランド「MAKAMI」を手がけるレザー作家の久津真実氏である。野生動物の革でつくった財布、キーケース、ポーチ、かばん、ブックカバーなどのジビエレザー製品を主に通販で販売している。使っているのは、クマ、イノシシ、ニホンジカの革だ。

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(右)革包丁を使って革を裁断する。「この作業は包丁の切れ味がすべて」と久津氏は話す

久津氏が革を使ったものづくりを始めたのは、一般企業の社内システム部門でSEとして働いていた20代の頃だった。

「趣味の習いごとで革靴づくりを始めました。当初は軽い気持ちで始めたのですが、奥が深い世界で、どんどんのめり込んでいきました。最初の会社を辞めたタイミングで、本格的に靴づくりを勉強してみたいと思い、職業訓練校に1年間通って、婦人靴のメーカーに再就職しました」

30代前半で独立し、牛革製の靴のブランドを立ち上げた。ジビエレザーのことを知ったのは、東京都に創業支援を申し込む際、中小企業診断士から、野生の動物の革を使ったレザークラフトがあると聞いた時だった。その時は特に興味が湧かなかったが、半年後のレザーフェアでジビエレザーの現物に触れて関心を持つようになったという。

「自分でもジビエレザーで何かつくってみようと思って調べたのですが、ネットで検索してもなかなか情報を見つけられませんでした。探し続けた結果、岩手県の町役場が、駆除した動物の革を東京のタンナー(革の鞣(なめ)し業者)に卸していることを知って、直接連絡して革のサンプルを送っていただきました。それでグッズをつくったのが最初でしたね」

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革用のパワーの強いミシンで縫製を行う。サイズが大きなものは縫製の工程を職人に発注している

事業の方向性を切り替え、ジビエレザーの様々なアイテムを販売する新たなブランド「MAKAMI」を立ち上げたのは2020年のことだった。ブランド名は、ニホンオオカミを神格化した「大口真神(おおくちのまかみ)」にちなんでいる。

一人ひとりの顧客に革の特徴を伝える

環境省の統計によれば、21年度のニホンジカ、イノシシ、クマの捕獲頭数はおよそ126万頭で、そのうちの多くは農作物などへの被害防止による駆除である。以前は駆除された動物はほぼ遺棄されていたが、近年は肉や革の有効利用が一部で進んでいる。肉は食肉加工場を通じてジビエレストランに卸され、革はタンナーが引き取って加工する。

「ジビエレザーの加工はスピードが勝負です。野生の動物はいつ捕殺されるか分かりません。狩ってから時間がたつと、革も肉も腐敗してしまいます。そうならないために、狩ってから短時間で皮を剝ぎ、塩漬けにして腐敗を防ぐ処理をします」

その革を、鞣し液を使って一次加工し、さらに革を使う人の要望に応じて硬さの調整、表面処理、着色などの二次加工を施す。そうして加工された革をどうアレンジするかがレザー職人の腕の見せどころとなる。

革靴のブランドを立ち上げた時から、久津氏は商品企画やデザインをすべて1人で手がけてきた。アイテムを使う人のペルソナや使用されるシチュエーションを想定し、どういう機能が必要で、どのようなサイズ感が適切かを考える。そこから先は自分の自由な発想でデザインを進める。製品づくりで一番面白いのは、試作づくりに入った段階だという。

「絵を描いた後で、どういうパーツを使うかを考え、資材店に足を運んで金具を見つけ、革の色や形との相性を見ながらいろいろなパーツを組みあわせて完成形に近づけていく。その過程がすごく楽しいですね」

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(左)卓上刻印機を使って革にロゴを焼きつける。数種類あるロゴはすべて久津氏がデザインしたものだ

(右)刻印機のアタッチメント。アイテムによってロゴの金型を取り換える。これはオオカミをかたどったロゴ

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(左)キーリングにプレス機で金具を取りつける作業。金具の種類によってプレス機のコマを取り換える

(右)革用ミシンに使うボビン。革の種類や色に合わせて糸を使い分ける

現時点でラインアップが十分だとは考えてはいないが、アイテムを増やしてビジネスを急速に拡大していくつもりはない。ジビエレザーの販売には丁寧なコミュニケーションが求められるからだ。

「ジビエレザーの商品を、百貨店などで売られている牛革アイテムと同じ感覚で購入されるお客様もいらっしゃいます。そうすると、"傷があったから取り換えてほしい"といったクレームにつながったりします。ジビエレザーの特徴は、野生の動物が生きていた頃の痕跡が残っているところにあります。その痕跡が何に由来するものかを一人ひとりのお客様に説明してご理解いただくことが大切です。それができるくらいの規模で商売をしていきたい。そんなふうに考えています」

久津氏は通販の梱包や発送作業なども1人で行っているが、一つひとつの商品にメッセージカードを添えて、ジビエレザーアイテムの特徴や扱い方などを伝えるようにしている。

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(左)久津氏が使用している道具の数々。日々の手入れは欠かさない

(右)カードや小物を入れるスマートケースにファスナーを貼り合わせる作業。両面テープで仮留め後にミシンで縫製する

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(左)縫製後の糸の凹凸をローラーで平らにしていく

(右)コバ(革の裁断面)にワックスを塗って丁寧に磨いていく。この作業によって裁断面からの劣化を防ぐことができる

何よりも大切なのは商品が魅力的なこと

ジビエレザーのもう1つの特徴は、「ストーリー」があることである。人間と野生動物の関係、あるいは人間と自然との関係の中で、やむなく生み出されるのがジビエレザーだ。自然に生きる動物を駆除することは本来望ましいことではないが、人間の生活を守るためには害獣とされる動物を捕殺せざるを得ない。人間と動物が共存する中で失われるほかなかった命を可能な限り有効に使わせてもらう。その有効活用の方法の1つが、ジビエレザーによる商品づくりである。商品を通じてそんなストーリーを伝えることで、人間と自然の共生の在り方を考えてもらえるかもしれない。

しかし久津氏は、そのような「エシカル」な視点を前面に出したくはないという。

「野生動物の革の有効活用を進めるためには、そこでお金が回らなければなりません。そのためには、何よりも革でつくった商品が魅力的でかっこいいものでなければならないと私は考えています。商品がかっこよければ多くのお客様に買っていただけるし、商品が売れれば、原料の需要が増えて、タンナーさんも多くの革を加工することができます。また、猟師の皆さんも、今まで廃棄していたものをお金に換えることができます。ジビエレザーの流通全体がビジネス化されて、多くの人にジビエレザーの魅力を知っていただく。その結果、ジビエレザーのストーリーがたくさんの人に伝わり、自然や環境について考えてもらえるようになる──。そんな道筋をつくっていくことが必要だと思います」

野生動物の駆除数が増えている要因の1つは、里山の荒廃にあるといわれる。自然と人間の生活の間で「緩衝地帯」の役割を果たす里山を再生し、動物と人間のすみ分けを明確にすれば、駆除の数を限りなくゼロに近づけることが可能になるはずである。

「それが実現できたらいいですよね。そうしたら、私はまた別のブランドを始めます」

MAKAMIをジビエレザーのトップブランドに育てること。そして、ジビエレザーの認知を広めていくこと。それが現在の目標だと久津氏は話す。その目標に向けて、彼女は今日も1人革と向き合っている。

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取材後記

東京・台東区の店舗兼アトリエで取材と撮影をさせていただきました。MAKAMIの商品はオンラインショップとイベントにて購入が可能だそうです。
独立独歩で自分のキャリアを切り開く聡明な女性──。それが久津さんとお話をした時の印象でした。
職人と協力して商品の企画から発送まで手がけているアイテムの数々。一つひとつのデザインや革の質感が素晴らしく、すぐにでも購入したくなりました。プレゼントの需要が多いというのにも納得させられます。これからも優れたアイテムをつくって、ジビエレザーの魅力を多くの人に伝えていただきたいと思います。

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