※本記事は2023年2月に掲載されたものです
それぞれの地域の魅力に
スポットライトを当てるには?
1990年生まれ。三重県尾鷲市出身。大学卒業後、企業勤務を経て2017年に退社。半年かけて全国を旅する中で、地域ごとの魅力を発信したいとの思いを強くし、18年7月に同社おてつだびを起業、19年1月にWEBサイトを立ち上げ本格稼働。日本経済新聞社「日経ソーシャルビジネスコンテスト」優秀賞他、いくつものビジネスコンテストで受賞。 |
※黒字= 永岡里菜 氏
──社名の「おてつたび」とは、どのような意味なのでしょうか。
「おてつたび」は、「お手伝い」と「旅」を掛け合わせた造語です。旅行先で地域の困りごとを解決するお手伝いをして、報酬を得ながら地域の人と深く関わり魅力を発見するという、新しい旅の形をこう名付けました。
当社は、そんなおてつたびをしたい人と、収穫期の農家のような短期的に人手が欲しい事業者、つまりおてつたびに来てほしい事業者をマッチングする、WEB上プラットフォームの運営会社です。
──具体的に、どのような旅になるのでしょうか。
おてつたびに行きたい人が当社のサイトを見て、作物の収穫に人手が欲しいという農家を"おてつたび先"に選んだとします。交通費は自前ですが、宿はおてつたび先の農家が用意し、働いた分の報酬が出ます。旅行者は報酬を旅費の一部に充てつつ、空き時間に近くで観光を楽しみ、地域の人とふれあい、地域を深く知るという旅になります。
──いわゆる住み込みバイトとは、どのように違うのでしょうか。
本質は同じです。でも会社員が「今年の夏休みに、住み込みバイトに行く」とは言いにくいですよね。スマートに出かけられるツールにリブランディングしたのがおてつたびです。
住み込みバイトの場合、主な目的は収入だと思いますが、おてつたびはお金ではない価値を訴求している点が異なります。おてつたび先の事業者も、審査で当社のビジョンに賛同していただけているところにお願いしています。
──どのようにして、このサービスを思いついたのですか。
私はもともと三重県
社会人になり、仕事で全国各地を訪れる中で、尾鷲市のような魅力的な地域がたくさんあることに気づき、どうしたらそういう地域にもっとスポットライトが当たるのか、考えるようになったのです。
そこで2017年、27歳で仕事を辞め、半年かけて夜行バスを乗り継ぎ、全国をめぐりました。行った先でいろいろな人とお話をし、地域の課題やニーズを知る中で生まれたのが、このアイデアです。
──地域にスポットライトを当てる方法として、なぜ「お手伝い」だったのでしょう。
「どこ? そこ」と言われるような地域は、過疎化や高齢化で消滅の危機にさらされています。存続していくには、人やお金を通わせる必要があり、それにはその地のファン、関係人口※をつくっていくことが有効だと、私はずっと思っています。
※移住をした「定住人口」や観光に来た「交流人口」ではない、地域と多様に関わる人々をさす
ファンを作るには、やっぱり来てもらって地元の人から魅力を聞くことが近道です。そこでまず、旅行者と地域の人が一緒にお酒を飲める仕掛けを作ってみました。でも、その場は盛り上がり旅行者は満足して帰ったのですが、受け入れる地域の人には負担が多く長く続かない。スポーツイベントも企画したのですが、それもうまくいきませんでした。いずれも、MUST HAVEではなくNICE TO HAVEだからです。
どうしたらMUST HAVEな形を作れるのか考え、思い至ったのが一緒に働くという方法でした。地域の農家や旅館から、通年雇用はできないけれど、収穫期だけ、ハイシーズンだけお手伝いがほしいという声を聞いていたので、そこをお手伝いする旅なら、双方にとって無理のない関わり方になるのではないか、と。短期労働力不足という課題が、人と人が出会うチャンスになると思ったのです。
──どのように事業化したのですか?
おてつたび先に関しては、インターン生と2人で、農家や旅館にひたすら電話し開拓しました。
参加者は、最初は知り合いをたどって集め、LINEのグループで小さくマッチングさせていました。ある程度流れができあがったので、19年に現在のWEBサイトを立ち上げ、対外的にもリリースしました。
現在、登録者数は約2万7000人。おてつたび先は全国で850カ所です。農家や旅館を中心に、食堂やイベント開催のサポートなど、幅広いお手伝いを掲載しています。
「おてつたび」の概要 |
一緒に働くからこそお客様ではなく
仲間になれる
──関係人口を増やす方法として、農業体験などが行われています。そうした方法をとらなかったのはなぜでしょう。
「体験」とは、お金を出していいところだけを見てもらうことだ、と私たちは解釈しています。でも美しいところだけではなく、大変な面も全部見てほしい。その上で一緒に働くことで、旅行者が地域の人にとって、お客様ではなく仲間になっていくのだと思います。だからおてつたびの仕事はけっこうハードだと思います(笑)。
──どのような方々が参加しているのですか。
半数がいわゆるZ世代です。この世代は、きれいな景色やおいしい食べ物もさることながら、「唯一無二の経験」を旅行に求めるようです。
残りの半数は、世代、立場など様々です。転職を考え自分に向いている仕事を探したい人、新しい体験をしたい人、ワーケーションのような形で午前中はお手伝いをして午後は自分の仕事をするという人、ボランティア休暇を使って地域支援として参加する人もいます。
──参加者からの反応は?
ちゃんとお仕事をするので、「筋肉痛になった」とか「農家さんをリスペクトした」という感想はよく聞きます。その分、おてつたび先の人と親しくなり、別れ際に涙ぐんでしまう人も多いようです。帰宅後も文通を続けているとか、同じ地域に何度も通う人もいます。
──おてつたび先の事業者からは、どのような反応が?
皆さん、最初は「この辺には何にもないよ」といいますが、参加者たちがいろいろと魅力を発見してくれるんです。「これは面白いですね」「すてきですね」など。それを聞くうちに「そうなんだよ、実はね......」となる。多分、地域に対する誇りに蓋がされていて、それを参加者が外してくれるのだと思います。「自分たちの地域の魅力が分かってうれしい」という声はよく聞きます。
他にも、「毎夏、若い人が来てくれることが、現地の従業員のいい刺激になっている」「孫のような世代の人が来てくれることが楽しみになっている」という声も。
この夏は北海道の平取町のブロッコリー農家さんに、68人もの若い人が、入れ違いにおてつたびに訪れたんです。平取町は人口5000人弱の町で、これだけの人が訪ねてくるのは一大事なんですよ。町全体が刺激されたようで、近所のコンビニの店長さんがバーベキュー会を開いてくれたり、ガソリンスタンドの経営者ご夫妻が差し入れを持ってきてくれたりと、町の皆さんで受け入れてくださった。町内のトマト農家もおてつたび先になると申し出てくれましたし、エリア内で受け入れ先を増やそうという動きも出ています。
──地域が活性化されたのですね。まさに狙い通りではないでしょうか。
本当にそうです。私たちは、最終的には、すべての地域にスポットライトが当たりファンがいる世界を作りたい。そのために、旅行者が労働力にも地域の魅力を発見する役にも、周囲の人に魅力を伝える役にもなる世界を作りたいと思っています。労働人口が減る中で、報酬を目的に他の地域から働きに来てもらうことは今後ますます困難になるでしょうし、行政からの助成金もずっと続くわけではありません。みんなが自分にとって特別な場所を持ち、1人が何役もこなすことでこそ、地域と人が支え合い、サステナブルに存続していくと思うのです。そんな私たちがめざす世界を、おてつたび先と参加者の皆さんが、作ってくれていると感じます。
課題を見つけ、協働する
おてつたびは人間力の育成にも
──会社員の参加も多いようですが、どのような声が聞かれますか。
ふだん接することのない人と話して視野が広がった、新たな視座を得たという声は多いですね。おてつたび先で大学生の子と一緒に作業をし、若い世代の考えを知って本業に役立ったという話も聞きます。シニア世代の参加もよくみられます。中には、社内でSDGsやダイバーシティを推進する立場の人もいます。第一次産業や旅館業など、日ごろ関わらない人と交流し多様な価値観を知ることは、いい経験のようです。
──企業との連携もあるそうですね。
今、法人向けのプランの実証実験を行っています。企業にとっては地域の生活者と接点を持つことができ、また地域の課題解決に自社の事業をどう活かせるのか探ることができます。
おてつたびにはコミュニケーション力や課題発見力といった非認知能力、つまり人間力を培う力があると思います。知らないところに行き、初めて会う人と心を通わせて、いろいろなことを成し遂げていくわけですから。そこを期待し、興味を持ってくださることもあります。
──今後の展望をお聞かせください。
おてつたびが、日常の選択肢の1つになってほしい。「今度の休みは旅行する?おてつたびにする?」が当たり前の会話になってほしいと思います。それには、社会人が使いやすいモデルを作ることが大切です。おてつたびは10日から1か月のプランが多く、会社員は行きづらいので、今後は週末で行けるプランや家族で行けるプランなどを増やしていきたいと思います。
「地域活性化に関する新規事業の立ち上げを考え、地域との接点を求めておてつたびに参加する人も見かけます」と永岡氏。「現地の声を聞き、アイデアをブラッシュアップして形にする。それがまた地域への関心を喚起し、プレーヤーが増えて別のアイデアが生まれる。いい循環が生まれるのではないでしょうか。おてつたびを使い倒してほしいですね」と期待を寄せます。旅とお手伝いを組み合わせ出会いの場にする。シンプルでありつつ画期的なこのアイデアの創造性の高さに驚いた取材でした。取材スタッフからは「私も行きたいな」のつぶやきが......。