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HAZE 代表

櫨 佳佑

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蠟(ろう)を手で塗り重ねながら、一つひとつ丁寧に仕上げていく和蠟燭ろうそく。その世界に櫨佳佑氏が飛び込んだのは10年前のことだった。独学で蠟燭づくりを学び、これまでにない色彩鮮やかな和蠟燭をつくり続けている櫨氏に、この道を志したきっかけと、和蠟燭の魅力について聞いた。

※本記事は2023年1月に掲載されたものです

静かに揺らめく灯がかけがえのない時間の友となってくれる

櫨佳佑(はぜ・けいすけ)プロフィール

1981年奈良県生まれ。会社員を経て2012年にHAZE(ヘイズ)を立ち上げる。15年、埼玉県川越市に店舗兼工房を構え、現在は、制作担当2人、デザイン担当、広報担当の4人体制で運営。毎月の新月の日に和蠟燭を届けるサブスクリプションサービス「灯火日和(ともしびより)」を2021年から開始した。

2019年に亡くなった日本文学研究家のドナルド・キーンは、日本文化の特徴を「ほろび易さ」であると言っている。日本人が桜を愛でてきたのは、その花がわずかな時間で「散る」からであり、木材を好んで用いてきたのは、それがいずれ「朽ちる」ことを知っていたからである、と。「ほろび易さ」とは「はかなさ」であり、「無常」と言い換えることも可能だろう。炎を燃やし尽くして姿を消してしまう和蠟燭は、まさしく儚く無常な日本文化の象徴であると言ってもいいかもしれない。

和蠟燭は、洋蠟燭のように溶けた蠟をあとに残すことなく、芯と共にほぼ完全に燃え尽きる。すすを発することも極めて少ない。その命が続くのは、火を灯してから長くても1時間半程度である。その間、炎は時に揺らめき、様々な表情を見せ、時にぱちぱちとかすかな音を立て、程なく消えていく。「同じ火には二度と会えない」──。埼玉県・川越市で和蠟燭をつくる櫨佳佑氏は、和蠟燭と炎の儚さをそう表現する。

「人生の時間は限りあるものです。明日生きていることは決して当たり前ではありません。だからこそ、自分に向き合う時間がとても大切なのだと思います。そんな貴重な時間の友となってくれるのが蠟燭です」

本当に意味のあることに人生の時間を使いたい

HAZEが販売する和蝋燭の数々。植物色素や顔料を混ぜた蝋を原料に、彩りや質感が異なる多様な蝋燭をつくっている。大きさにもいくつかのバリエーションがある。写真右下は乾燥した櫨の実
HAZEが販売する和蠟燭の数々。植物色素や顔料を混ぜた蠟を原料に、彩りや質感が異なる多様な蠟燭をつくっている。大きさにもいくつかのバリエーションがある。写真右下は乾燥した櫨の実。

人生の時間には限りがある──。櫨氏がそれを強く感じたのは、11年3月11日の東日本大震災の時だった。電車が止まって帰宅困難者となった櫨氏は、徒歩で帰宅する道のりで日頃とは一変した街の様子を目にし、その後東北の数多くの人たちが津波にのまれていったことを知った。

「あの経験で自分の価値観が大きく変わりました。命はいつまでも続くものではない。だから、本当に意味があると思えることに自分の人生の時間を使いたい。そう考えるようになりました」

幼少期から人に抜きんでるものが何もなかったと櫨氏は言う。夢も、本気で打ち込めるものも、生涯をかけて追求したい目標も。しかし、震災をきっかけとして本当にやりたいことが見つかったのだと。それが和蠟燭づくりだった。

「奈良の実家では仏壇にいつも和蠟燭があって、自分にとってはごく当たり前のものでした。ある時、帰郷土産で会社の後輩に和蠟燭をあげたところ、彼はそのような蠟燭を初めて見たと言っていました。驚きましたね、知らない人がいるんだって。でも同時に彼は、和蠟燭の造形美にすごく感動していました」

その後、2人で国会図書館に足を運んで和蠟燭について調べた。本格的に和蠟燭づくりを始めるまで、それほど時間はかからなかった。

「弟子入りしたいと思い、日本に10軒ほどしかない和蠟燭づくりの職人さんに片っ端から電話をかけたのですが、すべて断られてしまいました。どこも人を雇う余裕はないということでした。それで、独学でやるしかないと決心がつきましたね」

12年。今からちょうど10年前のことである。

左:和紙にイグサを巻いてつくった一本一本の灯芯に鉄の串を刺すところから蝋燭づくりは始まる 右:灯芯の表面を溶かした蝋でコーティングする
左:和紙にイグサを巻いてつくった一本一本の灯芯に鉄の串を刺すところから蠟燭づくりは始まる。
右:灯芯の表面を溶かした蠟でコーティングする。

和蠟燭がつくられ始めたのは、室町時代だといわれる。中国から輸入された蜜蠟燭(ハチミツを原料とした蠟燭)を参考に、初期には松脂まつやにや鯨油を、のちには櫨蠟(櫨の実から搾った油)をイグサなどからつくられる芯に手で塗り重ねていく製法で和蠟燭はつくられた。現在の和蠟燭のつくり方も同様である。

和蠟燭が盛んにつくられたのは江戸期に入ってからだが、あくまでもぜいたく品で、庶民に手が出せるものではなかったようだ。一般の人々が蠟燭を使い始めたのは、開国後に洋蠟燭が大量に輸入されるようになってからである。

洋蠟燭の主原料は石油から生成されるパラフィンで、それを型に流し込んでつくるので一つひとつ同じものが出来上がる。それに対し、蠟を手で重ね塗りする和蠟燭は、一つとして同じものはない。それをできる限り均一な形と大きさに仕上げていくのがプロの職人の技である。

左:手で蝋を何度も重ね塗りしていく。塗っている過程で蝋が固まっていき、次第に太さが増していく。商品によって、異なる色の蝋を使い分ける 右:鉄串を抜いた後、はんだごてを改造した道具で先端を溶かすことで芯を出して、蝋燭は完成する
左:手で蠟を何度も重ね塗りしていく。塗っている過程で蠟が固まっていき、次第に太さが増していく。商品によって、異なる色の蠟を使い分ける。
右:鉄串を抜いた後、はんだごてを改造した道具で先端を溶かすことで芯を出して、蠟燭は完成する。

「夏は気温が高く、蠟が固まりにくいので、1日につくれる数は100本くらいです。冬には300本ほどつくります。1本の蠟燭をつくることは決して難しくはありません。しかし、気温や蠟の温度などを見ながら、数多くの蠟燭を均質に仕上げるには、やはり経験が必要だと感じます」

原料の櫨蠟は九州の2カ所の櫨畑から仕入れ、灯芯は奈良県の職人から調達する。現在、イグサの灯芯をつくっているのは全国でもその1カ所だけだと言う。

櫨蠟は、搾ったままの状態では濃い抹茶色をしている。これを「木蠟もくろう」と呼ぶ。この木蠟を3カ月間天日に干すと、真っ白な「白蠟はくろう」となる。櫨氏は、それに植物の色素や顔料を加えて、「ボタニカルシリーズ」「グラデーションシリーズ」など色とりどりの蠟燭をつくっている。多くの人に和蠟燭を使ってもらうための工夫だ。

芸術とビジネスを両輪で回していく

芸術とビジネスを両輪で回していく

原料の櫨と「かすみ」を意味する英語をかけて「HAZE(ヘイズ)」というブランドを立ち上げたのは、蠟燭づくりを始めた2012年だった。しかし、その時点で和蠟燭をビジネスとして成功させようという意識はほとんどなかったと言う。

「初めは芸術作品をつくる感覚でしたね。クラフトイベントなどには出展していましたが、あくまでアートとして蠟燭をつくりたいと思っていました。金銭的には大変でしたが、生涯をかけて取り組んでいきたいと思えるものに出合えた喜びが大きかったので、つらいとは全く感じませんでした」

しかし、徐々に「商売と両立してこそのアートである」という思いが強くなっていった。

「自分自身は、蠟燭の灯には何ものにも代えがたい価値があると感じています。しかし、それを認知してくれる人がゼロなら価値もゼロです。つくっているものの質がどれだけ確かでも、それを多くの人に知ってもらい、買ってもらわなければ続かない。そう考えるようになりました」

現在は、コーヒーやドライフルーツなどと共に蠟燭を毎月届ける定期便のメニューを用意し、ユーザーの裾野を広げることに注力している。卸での販売も拡大し、店舗を訪れる人も増えているという。この数年で確かな手応えが感じられるようになった。そう櫨氏は話す。

櫨という名字は本名ではない。4年ほど前、和蠟燭と共に生涯生きていくという決意を込めて名前を変えた。「和蠟燭は生活の必需品ではありません。しかし、この文化は絶対に残していかなければならないと思っています」と櫨氏は言う。

蠟燭づくりは決して楽な仕事ではない。しかし、やめようと思ったことはこれまで一度もなかった。もちろん、これからも。

「蠟燭も人の人生も儚いものです。しかし、それは決してネガティブなことではありません。限りある命だからこそ、より良く生きたいと願う。それが人間なのだと思います。日々を前向きに生きるために、蠟燭に火を灯す時間を大切にしてほしい。そんな思いをこれからも多くの人たちに伝えていきたいですね」

櫨佳佑氏
〈取材後記〉
古く味わい深い店舗が立ち並ぶ川越市役所近くの商店街に店舗兼工房を構えているHAZE。以前は花屋だったという木造のその店舗でインタビューと撮影をさせていただきました。取材で最も強く感じたのは、櫨さんのまっすぐなお人柄でした。「生涯蠟燭と生きていくと決めている」と静かに、しかし一切の迷いなく語るその姿には、ものづくりに人生をかけた方の凛々しさが溢れていました。これからも素敵な和蠟燭をつくり続けていただきたいと思います。
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