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ペットボトルアーティスト

本間 ますみ

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人類が石油からつくり出した容器、ペットボトル。近年はプラスチック削減の掛け声のもと、悪者扱いされることも多いが、そこにアート材料としての可能性を見いだしたのが、ペットボトルアーティストの本間ますみ氏だ。ペットボトルとLED照明だけで表現するネイチャーワールド。ペットボトルを工芸美術にまで高めることで、人々の使い捨ての意識を変えたいという。

※本記事は2021年9月に掲載されたものです

「エコなクリスマス」なのに使い捨てている自分に違和感

本間ますみ(ほんま・ますみ)プロフィール

女子美術大学絵画科卒業。2006年からペットボトル・ソフィストケイティド・アートの制作を開始。生物学的見地に基づいた実物大のリアルな作品は、沼津港深海水族館、滋賀県立琵琶湖博物館、日田市立博物館などに常設展示。近年はあすたむらんど徳島 徳島県子ども科学館や福岡市科学館でのSDGs関連のイベントにも関わる。

※黒字= 本間ますみ 氏

──ペットボトルのリサイクル率は85%以上といわれますが、ポイ捨てされ、ゴミになるものも少なくありません。近年はマイクロプラスチックの海洋流出も危惧されています。そのペットボトルをアート作品としてよみがえらせようと考えたきっかけは何だったのでしょうか。

1992年に美大を卒業して、就職したのが動物園や水族館、博物館などの修景工事・展示演出を手がける専門の会社でした。自然豊かな佐渡で生まれ育ち、将来は生物学者になりたかったほど生物が大好きでしたから、まずはアルバイトから始め、1年後に就職できたんです。ちょうど、日本の動物園が「種の保存」の観点から生物が野生で生息している環境を再現する生態展示に取り組むようになった時期。私も会社に入るとすぐに、東京都立の動物園・水族館の修景工事に携わりました。横浜市立の動物園にも着工初期から関わり、オランウータン舎では生息地のボルネオ島の石灰質の地質を再現したこともあります。博物館や科学館でも学術的な展示に関わることができました。

上/萼(がく)が花びら状に変化したガクアジサイをペットボトルとLED照明で表現 中/体を立体的に表現したアマガエル。作品を展示しながら子ども向けのワークショップを開催することも 下/1枚1枚の羽にまでこだわったスズメ
上/萼(がく)が花びら状に変化したガクアジサイをペットボトルとLED照明で表現
中/体を立体的に表現したアマガエル。作品を展示しながら子ども向けのワークショップを開催することも
下/1枚1枚の羽にまでこだわったスズメ

生物学者にはなれませんでしたが、動物園や水族館の修景展示に携わり、生物学者や獣医師の方々と専門的な話をすることができて意欲的に頑張れていたところ、バブル崩壊で会社が解散。その後は装飾展示の工房を自分で立ち上げ、ホテルや駅のディスプレーにオリジナルのLEDイルミネーションを取り入れることも始めました。

そんな時、あるホテルのクリスマスイベントの話が舞い込みました。省エネ、省資源を意識した「エコなクリスマス」がテーマ。素材をリサイクルに絞り、木や空き缶などで試行錯誤した結果、クリスマスのオーナメント(装飾品)に、初めてペットボトルを使ってみました。LED照明で浮かび上がらせると、ガラスのような透明感でなおかつ、耐久性があり、元がペットボトルとは思えない美しい輝きを発してくれました。展示は大好評だったのですが、ふと思ったのです。

「この飾り物はクリスマスが終わったら、全部産業廃棄物になってしまうんだな」って。エコだというのに、材料を使い捨て、多くのゴミを排出している自分にわだかまりを感じました。そんな時、2011年の東日本大震災があって、改めて自分の姿勢を考え直し、地球環境のことを大きく広く意識するようになりました。

表現の可能性を感じるペットボトルのアートは続けよう。胸を張ってエコ活動の芸術性というものを追求してみよう。ただ、そのためには作品づくりに接着剤や塗料を使うのをやめようと、まずはそこから試行錯誤を始めました。

──接着剤や塗料を使わなければ、そのまま資源として再利用しやすいからですね。

そうなんです。私の作品の材料は、すべて家庭で使用済みのペットボトル。もちろん自宅で使ったものもあれば、近所の人が持ってきてくれるものもあります。それを作品のパーツに合うように切ってストックしておいて、組み立てる時は、接着剤ではなくハンダゴテで溶着。着彩はせずに、色はLED照明で演出します。作品を廃棄する際は、解体して資源ゴミの日に出せば、そのままリサイクル資源にしてもらえます。

ペットボトルをアートとして再生すれば、ペットボトルの価値が見直されるし、地球環境を考える何かのきっかけになるはず。アーティストがペットボトルに新たな価値を吹き込み、資源としてよみがえらせる作品を、私は「ペットボトル・ソフィストケイティド・アート」と名づけました。海外ではジャンクアートと呼ばれることも多いですが、リサイクルのことも考えながら精緻に設計、装飾するという意味で「ソフィストケイティド」なのです。

本間ますみ氏

──本間さんのアート作品に登場するのは、森や海や川にすみ、空を飛ぶ動物たち。生態系を再現するようなネイチャーワールドです。深海や水辺の生物たちが生き生きと躍動しています。

2010年に新江ノ島水族館で「サンゴ礁の世界」を展示したのが、本格的な展示の最初でした。翌年には沼津港深海水族館で4.6mサイズのリュウグウノツカイが初めて常設展示されました。リュウグウノツカイはめったに生きている姿を見ることはなく、資料も乏しい。それでも、実物標本や、インターネットで泳ぐ姿を見て創作しましたね。その後、私の活動はメディアにも盛んに取り上げられるようになりました。

──作品を通して、普段触れることのない大自然を感じ、それに癒やされる人も少なくありません。

私の作品展示にはタイトルがあるだけで、説明書きもなく、ナレーションもありません。ただ波の音と、LED照明に浮かび上がる動物たちがそこにいるだけです。それでも、作品の前に置いたベンチにぼーっと2時間も居続けた人がいます。その人のブログには「ペットボトルごときに癒やされてしまった」と書かれていました。私の作品に接することで「ペットボトルごとき」でも、何かを感じ取ってくれればいいな、と考えています。 「わあ、きれい!」という驚きでも、場合によっては、「海洋に捨てられたペットボトルで魚もプラスチックになってしまった」というシュールな印象でも、感想はどんなものでもいいんです。

地方の展示ではできるだけ、その地方の特徴的な景観や動物相、植生を再現しようとしています。沖縄の博物館ではジュゴンをつくったこともあります。今考えているのは北海道の動植物。シマフクロウなどの希少動物も含めた固有の生物環境を表現してみたい。日本は亜熱帯から亜寒帯まで季節が豊かな国ですから、その生態系をペットボトルですべて再現できたら素晴らしいけれど、あと何年かかりますかね。

作品のために生物の世界をゆがめることはしたくない

上/キャップを分別し、きれいに洗った空きペットボトル。これが画材のすべて 下/ペットボトルの形状や材質ごとに分けられた素材ストック
上/キャップを分別し、きれいに洗った空きペットボトル。これが画材のすべて
下/ペットボトルの形状や材質ごとに分けられた素材ストック

──本間さんがつくる動植物は、サイズも実物大、極めて精巧で、ウミガメの甲羅の模様や、イワシのうろこの一つひとつまで丁寧に刻まれています。標本ではなくアートなのに、そこまでこだわられるのはなぜですか。

展示を通して自然界のことに関心を持ってほしいという思いがありますし、そうであれば、嘘はつけないからですね。

展示イベントではよく子どもたちを集めてワークショップを開きます。「ここにカエルがいるよ、探してごらん」とか「トンボやメダカはどこにいるのかな」などとクイズを出して、子どもたちに探してもらう。「メダカはセリの葉の陰に隠れているかもね。冬にはトンボはいないから、きっと夏のコーナーだね」とか、時々ヒントを出しながら。子どもたちはなんとか見つけ出そうと目を凝らします。その時、メダカは本物のメダカ、カエルは本物のカエルに近い形でなければ、子どもたちの感性を育てる上では意味がありません。

これは私が動物園の生態展示に関わった経験があるからかもしれませんが、作品のために生物の姿をゆがめることはしたくないんです。特に子どもたちには姿や形を間違って受け取ってほしくない。ペットボトルのカエルを発見して、「あっ、僕がこの前草むらで見つけたカエルと同じだ」と言ってもらいたいんです。

裁断にはハサミ、パーツの溶着や模様づけにはハンダゴテが使われる。コテ先は0.5mmと細いものも
裁断にはハサミ、パーツの溶着や模様づけにはハンダゴテが使われる。コテ先は0.5mmと細いものも

──ただ、芸術には模倣がある一方で、省略や誇張もありますね。それが芸術性と呼ばれるゆえんではないのでしょうか。

自分の個性を主張したい芸術家にとってはそれが重要ですが、私は私という存在はできるだけ消して、作品の世界とだけ向き合ってほしいんです。その世界に没入していただくためにも、できるだけリアルに近づけたい。

例えば江戸期の画家、伊藤若冲が描いた鶏の絵を、鶏を実際に飼っている農家の人が見て、「これは、うちの庭のチャボじゃない」と言ったとしたら、若冲もしょげてしまったはずです。徹底的な写実があるからこそ、絵の中で鶏が生き生きと動きだす。私がつくる作品もそうありたいと思います。

もちろん最初からそんなに精密につくっていたわけではありません。ペットボトルアートをつくり始めた頃、スズメの作品をブログで紹介したところ、それを見た見知らぬ方から「雰囲気は出ていますが、羽が違います」というコメントをもらったことがありました。鳥の羽には、風切羽というのが何列かあり、さらに雨覆羽や小翼羽、尾羽などがあり、それぞれ形が異なるというのです。バードウォッチングをしている方のようでしたが、その指摘にハッとしました。

たかがスズメ一羽といってもおろそかにはできない。手を抜いたつもりはないのですが、そう指摘されると悔しいじゃないですか。そこで野鳥の羽だけを集めた図鑑を買ってきて、勉強し直しました。次の作品は「ちょっと太っているけれど、まあ、冬スズメということで」とOKをいただきました(笑)。

極細のハンダゴテで、うろこの一片一片を丹念に描く

本間ますみ 氏

──そもそも、作品はどのような工程でつくられるのですか。

イワシを例に取れば、モデルになるのは、息子が海で釣ってきたイワシです。我が家ではそれを食べる前に、私がまず観察し、型紙を取るのが習慣。成形時にプラスチックが縮む割合を計算して、イワシの体にラップをかけ、側線やうろこを写し取るように、マジックインクで点描していきます。その型紙をあたかもイワシを開きにする要領で展開し、それに沿ってペットボトルをハサミで切っていきます。魚体の膨らみを出すためには、ボトルの湾曲した部分を活用することもあります。さらに、表側にはうろこを一片一片、先の細いハンダゴテを使って描き、うろこがなくて銀色に光る部分はボトルの裏に紙ヤスリをかけて、独特の光沢感に近づけます。

こうしてできたイワシの開きを膨らみを保ちながら溶着すれば、1匹完成です。表側と裏側にほどこした模様は、展示の際にLED照明を当てると、うろこがきらきらと輝く一方で、裏側から魚体の質感が浮かび上がるようになります。ハンダゴテは電子回路の基板製作に使われる精密なものを使っています。先端が400℃近くになるので、温度管理と点描のスピードは重要ですね。

最初の頃は、イルカやジュゴンをつくるにしても、体の表と裏をパッチワークのように貼り合わせただけのもので、顔の部分はあまり似ていませんでした。しかし、今はもっと細かくパーツをつくって、湾曲部分も工夫するなど、つくり方も進化させました。制作方法の教科書のようなものがなかったので、試行錯誤で生み出すしかなかったんですけれどね。

──イワシ1匹が完成するまでに、どのくらい時間がかかるものですか。

2時間ぐらいでしょうか。コツさえのみ込めば、子どもでもできます。ただ、水族館などで、ジンベイザメに追われるイワシの群れを表現しようとすると、最低でも1000匹は必要なので大変です。

ペットボトルを工芸に高めればポイ捨てできなくなる

生態系を意識して、ウミガメの角度など展示の細部にも気を配る
生態系を意識して、ウミガメの角度など展示の細部にも気を配る

──ペットボトルを素材に使ったアート自体が珍しいものですが、ここまで精緻を極めたものも、世界には類を見ないでしょうね。

私がめざすのは、日本という国、日本人の器用さ、几帳面さだからこそ生まれた、ペットボトルの工芸美術です。そもそも、日本の工業製品としてのペットボトルは、海外のバックパッカーたちが水筒代わりに欲しがるというほど、高品質のプラスチック材料と成型技術でできています。その素材にアートというもう一つの価値を加えて、工芸作品として世の中に残したい、そう考えています。

陶芸の世界も、土という自然素材を使った工芸品です。ガラスも同様です。そこに新しい素材としてペットボトルを加えてもいいのではないでしょうか。ただ、陶器やガラスはもともとの材料が自然のものだから、いつかは風化して砂に戻ります。しかし、プラスチックは人間が人工的につくり出した石油化学製品。しかも人類は近代になって大量にこれをつくり出してしまった。

もう世界中、ペットボトルだらけ。それを人々は無意識のうちに、道路の中央分離帯や草むらにぽんぽん捨てる。海水浴でコーラを飲んだ後に、空きボトルを浜辺に埋めて帰る人もいます。だからこそなんです。ペットボトルだって工芸になり得ることを知れば、人はペットボトルをゴミではなく、資源として管理することにもっと意識的になるはずです。

上・下/ペットボトルで造形された生き物たちは基本的に無色。その周囲にLEDシート(下)をはわせ、調光装置で照明を制御しながら、体色や生息環境を演出する
上・下/ペットボトルで造形された生き物たちは基本的に無色。その周囲にLEDシート(下)をはわせ、調光装置で照明を制御しながら、体色や生息環境を演出する

──最近、政府や企業も熱心に取り組みだしたSDGsとも通じることですね。

プラスチック削減やレジ袋の有料化などを政府が言いだした頃、企業の方がよく相談にいらっしゃいました。「プラスチックを減らすといっても具体的に何をしたらいいか分からない」と言うのです。ただ、私に振られても実は困るところでして(笑)。企業や地方自治体、生活者やクリエイター、それぞれの立場でできることから取り組むしかないですからね。

私の作品は、そこに込めたメッセージということでいえば、SDGsの目標のうち「海の豊かさを守ろう」「陸の豊かさも守ろう」にも通じるものがあるのですが、それ以上に私がこだわるのは「つくる責任 つかう責任」という12番目の目標ですね。

私が作品を通して訴えたいことは、決して表立ったメッセージではないけれど、自分たちがつくり出した資源なのだから、最後まで管理しましょう。ポイ捨てはやめましょう。分別収集のゴミ箱にきちんと入れましょうという、実はシンプルなことなんです。

この10年、「ペットボトルのポイ捨てはやめよう」という気持ちでアート活動をしてきましたが、SDGsの流れを見ると、ようやく世界が追いついてきたのかもしれないという感じがします。これからはどんどん私を追い抜いて、ペットボトルの資源としての有用性やアートとしての再生の可能性について、皆さんが考えていくのだろうと思います。

本間ますみ氏
〈取材後記〉

東京・町田市にある自動車部品会社の倉庫が、本間さんのアトリエです。積まれた段ボールの中には、作品の素材になるペットボトルが裁断され、「イワシの背びれ」「クジャクの羽」などのようにパーツごとに細かく区分されて収められています。本来なら資源回収されたり、あるいは道端に捨てられていたものたち。プラスチックの製造から廃棄の過程にアートが介入することで、資源の意味が変わっていく。同時にそれは、モノを大量生産・大量廃棄して来た私たちの生活を問い直すきっかけにもなります。「モデルになる魚は、観察して、型紙を取った後は、もちろん夕飯のおかずになりますよ」と笑う本間さん。決してアーティストぶらず、生活感を失わない気さくな方でした」。

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