※本記事は2021年6月に掲載されたものです
支配するのではない新たなリーダー像
早稲田大学卒業後、株式会社リクルート、外資系金融会社、人材サービス会社設立を経て、株式会社レアリゼを設立。企業、医療機関、学校、行政機関、官公庁などにおいて、研修・コンサルティングの実績を持つ。『奉仕するリーダーが成果を上げる!サーバントリーダーシップ実践講座』(中央経済社)など著書多数。 |
※黒字= 真田茂人 氏
──まずはサーバントリーダーシップについて教えていただけますか。
「奉仕者」や「使用人」という意味を持つ「サーバント」と、「リーダーシップ」という相反する言葉を組み合わせたサーバントリーダーシップは、リーダーの存在意義を問うリーダーシップの実践哲学です。一般にリーダーとは人を支配して君臨する存在だと考えられています。しかし、サーバントリーダーシップは「リーダーである人は、まず相手に奉仕し、その後導くものである」という考え方に基づいています。こうした考え方自体は特別新しいものではなく、聖書や中国の古典、インド哲学など、古今東西で古くから伝わっている本質的な思想です。その考えを、米国の情報通信事業者であるAT&Tでマネジメントセンター長を務め、MITなどリーダーシップを指導していたロバート・グリーンリーフ氏が「サーバントリーダーシップ」という言葉として提唱したのです。
──サーバントリーダーシップの考え方のコアにあるものは何でしょうか。
サーバントリーダーシップは「奉仕」という言葉から「誰にでも従う人」「ただ優しい人」という誤解をされがちです。しかし、サーバントリーダーは、ただの優しい人ではありません。エゴ的でない、大義のあるミッションやビジョンを掲げ、そのことに情熱を燃やす、熱い人です。そしてメンバーの力を発揮できるように、全力で支援します。相手をコントロールするのではなく、相手を尊重し、力を引き出すのです。
──サーバントリーダーシップという考え方にはどのようにして出合ったのですか。
私がサーバントリーダーシップに出合ったのは2002年で、アメリカから帰国した知人に教えてもらいました。私は心理学的アプローチによる効率的な組織運営やリーダーシップ理論を学んでおり、その知見を軸としたリーダー育成や組織開発を行う会社を2001年に設立していました。そのため、自分がずっと考えてきたことと同じ考えを持つサーバントリーダーシップの存在を知った時には、大変驚きました。この考えはこれからの日本に必要であると確信し、2004年にNPO法人日本サーバント・リーダーシップ協会を立ち上げて普及活動を始めました。
わずかな気づきから組織は大きく変わる
上に立つリーダーからメンバーたちを下から支えるリーダーへ:サーバントリーダーシップの「奉仕」は図のように「下から支える」と考えるとイメージしやすい。
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──当時の日本企業は、サーバントリーダーシップに対してどのような反応でしたか。
サーバントリーダーシップなど誰も知りませんし、「組織を引っぱるべきリーダーがそんなやわなことを言ってどうする」といった否定的な意見ばかりでした。そんな考え方はくだらないと、怒鳴られて追い返されたことすらあります。それでも長年活動を続けたところ、やっとここ数年で多くの企業で受け入れられるようになりました。
──そのような状況の変化にはどのような理由があるのでしょうか。
長年にわたって支配型リーダーシップを推進してきた企業も今までのやり方が通用しないと痛感したからではないでしょうか。そこにはいくつかの環境要因もあります。まず、ビジネスが成熟した結果、多様化が進み、正解がない時代になったこと。従来はビジネス経験がある人ほど正解を知っていたので、上の人の言うことを聞いていればよかったのにそれが通じなくなってしまった。それに輪をかけて、ネット社会、SNS社会になったことで情報格差がなくなり、情報統制をするやり方で人を管理するのが難しくなったこともあります。中でも大きな理由は、人権意識の高まりだと感じています。世の中の成熟化にともない、働く人の価値観が変わってきました。以前は収益性だけを追求することで企業を成長させることができましたが、企業の姿勢としてそれが許されなくなり、経営にも影響し始めた。そういった背景があり、徐々に日本でも受け入れられるようになったのです。
──サーバントリーダーシップを導入するには、具体的にどのように取り組めばいいのでしょうか。
サーバントリーダーシップはノウハウではなく哲学だ、とロバート・グリーンリーフ氏も著書の中で強調しています。これは私の解釈ですが、人の能力を考える時には、パソコンに例えてみるといいでしょう。パソコンのアプリケーションに当たるのが知識やスキルで、OSに当たるのは人間観や価値観といった土台となる考え方。いくら最新のアプリケーションがあっても、それらを動かすOSが古いままでは使いこなせないということです。そこで私たちはOSをアップデートするよう働きかけます。
例えば、管理職であれば「部下の話を傾聴しましょう」と言われ、やり方も知っているはず。それでもやらないのは、どうせ部下は何も分かっていなくて、部下の話を聞いても仕方ないと思っているからです。このようにいくらスキル(アプリケーション)を知っていても、価値観(OS)が変わらなければスキルを使うことはできません。
──しかし、特に管理職層の人々にとっては、身についた意識を変えるのは難しいでしょうね。
今の管理職層は、自分が学んできて成功したことと逆をしなければいけないという、非常に難しい立場にいます。そこから転換するには、そのやり方が今の時代にマッチしていないということに気づいてもらうしかありません。
──リーダーが変わると組織はどのように変わっていくのでしょうか。
一つ例をご紹介します。ある外食サービスの大手会社は、当時、大変厳しい経営状態に陥っていました。その会社は経営層の強力なトップダウンにより成功を収めてきましたが、従業員を信じず、徹底的に否定して、経営層の指示を守らせ続けた。その結果、従業員は意見を言うことを諦め、何も考えない人たちになってしまいました。当然新しいアイデアなど生まれません。
私たちは、その一番の原因が部長クラスにあると判断し、まずは部長クラスの方々にその事実を理解してもらうよう注力しました。初めは私たちの言葉にまったく耳を貸さず全否定だった部長たちでしたが、途中から自分たちが部下の能力を殺していたのだと明確に気づいてくれた。その後、部下の力を引き出すコミュニケーションを学び、意識改革を役員、経営層へと広げていったところ、3年ほどで組織は大いに変わり、業績も改善し始めました。数年間子会社に出向して戻ってきた従業員が「別の会社のようだ」と大変驚いていたほどです。
ニューノーマルを新しい働き方の転機に
──コロナ禍でリモートワークが一般的になり、働き方や組織の在り方はどう変わりましたか。
コロナショックによりリモートワークが広がったことには、効率や生産性が上がるという良い側面もあります。その一方で、組織にとって大変重要なコミュニケーションを難しくしてしまいました。
コミュニケーションには「情報共有」と「相互理解」という2つの要素があり、情報共有においては、むしろオンラインのほうが効率的で優れています。ところが、ビジネスを円滑に進める上で不可欠な相互理解がオンラインでは得にくい。相互理解がないと、情報は伝わってもそこに込められた意図が見えないため、意思疎通に食い違いが生じて、人々が協力して物事を進められなくなります。
──確かに、オンライン会議などでは人の意思が伝えにくくなります。
ですから、リモートワークが中心になっている組織では、意図的にそこを補う必要があります。オンラインでも雑談だけの時間を設定する、雑談が起きやすいような業務以外のオンラインコミュニティーをつくる、または年に数回リアルの場を設定するといった方法が考えられます。
──ニューノーマル時代のリーダーとして意識すべきことは何でしょうか。
リモートワークでは、今までのような管理中心のマネジメントは通用しません。副業の推進など、組織においては遠心力が強くなる時代に変化しています。組織に求心力をつけることがリーダーの重要な役割なのです。
リーダーは目先の数値目標だけでなく、目的を明確にすることが大切です。この目的とはリーダーのエゴ的なものでなく、大義のあるミッション・ビジョンであるべきです。それが皆に深く共有されていれば、メンバーは離れていても、主体的に動くことができます。
──最後に、サーバントリーダーシップの導入をめざす方へのアドバイスをお願いします。
人類が生き残るための最大の武器は「協力」でした。他人に奉仕することは人間の本質そのものです。だからサーバントリーダーの思想は古今東西で太古から脈々と受け継がれてきました。ニューノーマルな時代に改めて、本質的なリーダーシップが求められています。
自分は「どんなリーダーになりたいか?」「どんな組織を創りたいか?」「メンバーの成長をどう支援したいか?」自分に問うてみましょう。
インタビュー中では各業界をリードする優良企業の名前を挙げつつ、サーバントリーダーシップが広く導入されていることを紹介していただきました。どうしても「答え」や「ノウハウ」を求めてしまいがちな私たちに対しても、柔らかい口調で分かりやすく、その根本となる思想を理解することの大切さを説いてくださった真田さん。これからも真田さんの活動を通じて、社会や人を幸せにする組織が増えていくことでしょう。