
HRテクノロジー領域に特化した世界最大級の業界イベント「HR Tech Conference 2025」が9月16日から3日間、米国ラスベガスで開催されました。今年のテーマは「Be the Change(変化の担い手になれ)」。会期中はキーノート、ブレイクアウトセッション、EXPO展示、スタートアップのピッチコンテストなどが開催されました。人事部門の管理職や実務担当者、経営層を中心に、7200人以上が参加しました。

川野 美里
Business Development Specialist
Business Development and Alliances Group (BDAG)
Hitachi Solutions America, Ltd.
2020年に日立ソリューションズ入社後、調達本部にて他社製品の購買業務を担当。2024年4月より、海外アライアンス契約業務に従事。2025年5月からHitachi Solutions Americaにて業務研修中。
HR(※1)の役割には、採用、研修、評価、報酬管理、労務管理、退職手続きといった従業員のライフサイクル管理に加え、組織開発や従業員体験(EX)向上といった人的資本を軸とした取り組みが含まれます。
ただし、カンファレンスで語られていたHRテクノロジーの背景を理解するには、日米でHRの前提条件が大きく異なる点(図1)を押さえておく必要があります。


日本では新卒一括採用とジョブローテーションによるジェネラリスト育成が一般的で、長期雇用を前提とした人財マネジメントが中心です。一方、米国は通年のジョブ型採用が前提で、明確に定義された職務に対し、合致した人財を採用します。さらに、企業と従業員が双方の意思で雇用関係を自由に終了できる"at will"の慣行があるため、雇用は流動的です。そのため、米国企業は採用活動を継続的に行う必要があり、同時にレイオフ時の補償や退職プロセスの設計も実務に組み込まれています。こうした構造が、採用の効率化やEX向上への投資を後押しし、HRテクノロジー市場の拡大につながっています。
本イベントのアジェンダを分析すると、AI関連が全体の4割程度を占めており、注目度の高さがうかがえます。Josh Bersin 氏が示したAIによる仕事再設計の4段階モデル(アシスタント→自動化→マルチエージェント→自律実行)は、AIがどこまで業務を担い、働き方の再設計がどこまで進んでいるかを示すフレームであり、今年の議論を整理する上でも有効でした。この4段階モデルを軸に見ると、昨年と今年の違いがより明確に浮かび上がります。
昨年は「AIエージェントの波が来る」という構想レベルの紹介にとどまっていましたが、今年は採用・育成・従業員対応などで実際に成果を伴う具体事例が多く共有され、限定的な試行導入から組織横断で本格活用へ移行しつつある印象でした。
一方で、AI活用が広がるほど新たな課題も顕在化します。特に採用領域では、候補者がAIを用いて応募書類や面接回答を生成するケースが増える中で、スキルや経験の真正性、本人性を確認するためのスクリーニングやディープフェイク検知技術にも注目が集まっていました。AIの高度化に伴い見抜く側の技術も発展している点が印象的でした。
イベントを通して語られたのは「AIは人間を代替するものではなく、人間の能力を拡張する」というメッセージです。事務処理をAIに任せ、人はよりクリエイティブな仕事に集中できるという考え方です。ただ、現場ではAIが人間を「補完する存在」であるという前提だけでは済まない現実もあります。効率化が進めば、一定の業務は縮小し、AIに仕事を奪われるのではないかという従業員の不安も生まれます。だからこそ、再配置とリスキリングの仕組みを整える必要があります。
AIを敵ではなく、「協働の相手」として受け止めてもらうには、人間中心のアプローチで仕事を再設計する必要があり、その推進役がHRです。各セッションでは、経営戦略とEXの双方を高めつつ、AI前提の新しい働き方や組織運用モデルを早急に整える重要性が強調されました。
キーノートではIBM社のCHRO(最高人事責任者)のNickle LaMoreaux 氏らが登壇し、判断力・創造力・協働力といった人にしか担えない価値を、AI時代の組織においても中核的な役割を果たすものとして明確に述べていました。イベント全体のテーマ「Be the Change」には、HR一人ひとりが変化の主体となり、未来の働き方そのものを形づくる存在であるという意味が込められています。企業と従業員の持続的成長を実現するかじ取りこそが、HRの次なる使命だといえます。
EXPO展示で印象的だったのは、本イベントの中心テーマではない「退職(オフボーディング)」領域に、返品管理の仕組みが転用されていた点です。テレワークの定着により退職者のIT機器回収が課題化する中、Eコマース向けに返品管理システムを展開する企業が、既存の返品フローをそのまま退職プロセスに応用し、HR向けのITアセット回収サービスを提供していました。返品文化と転職文化が根づく米国だからこそ成立した発想であり、HRテックと社会文化が結びつく好例だと感じました。
米国のHRテクノロジーは、文化や前提の違いから日本にそのまま適用するのは難しいものの、働き方の再設計や人財活用の示唆は多く得られます。本イベントでは何度もAIを前提に仕事の進め方を見直し、人がより価値を発揮しやすい環境を整える方向性が示されました。日本は依然として売り手市場にありますが、雇用構造の変化は避けられません。米国の事例から学べるのは、再配置とリスキリングを計画的に進める重要性であり、AIとの共存を前提に人をどう活かすのか、そのためのHRの「設計力」がこれから一層問われていきます。

会場エントランスに設置された大型ロゴ。参加者が記念撮影をするスポットとして常に賑わっていた